出会いと旅立ちの序曲 その15
少年が宿に戻ったのは、夜が明け日も高く上がった頃だった。そこでメルキドと合流すると、既に荷物をまとめていた彼女とともに2人は宿を後にした。向かう先はわかりきっている、討伐報告と報酬の受取の為、ギルドへ向かった。
そして、ギルドの前までやってきたとき、少年はメルキドに声をかけた。
「ばーさん、俺……外で待ってようか?」
少年は急に怖気づいてしまった。覚悟はしていたし、心のどこかで、あの連中に何か言ってやろうとも考えていた。けれど、目の前まで来たとき、急に怖くなった、中に入っていくことが、彼らと同じ場所にいる、同じなんだと感じることが怖くなったのだ。
「いや、おぬしもついてこい」
しかし、メルキドは、いつもと変わらない落ち着いた声でそう答えた。いつも通りの静かな声、だからこそ余計に断ることができなかった。ただ、黙ってついていくことしかできなかった。
ギルドの中に入ると、シンと静まり返り、静寂が包み込んでいた。誰一人として騒ぐ者はおらず、その静けさが少しだけ少年の心を癒してくれた。そんな中を、メルキドは気にする様子も無く、奥のカウンターへと歩いて行く。それに続くように、少年も奥へと進んでいった。
「どーした?」
そんなとき、突然聞こえた声に、少年はビクッと肩を震わせていた。彼が一番聞きたくない声が聞こえてしまったのだ。
「坊主、依頼は成功したのか?」
今までの人生の中で、一番会いたくなかった人物の声が、少年にそう尋ねてくる。
「俺達が連れてきた奴が、依頼のターゲットも倒してくれたんじゃないか?」
「そりゃ言えてら! なんせ、俺達が苦労して連れてきてやったんだからな!」
静寂の中、下品に笑う声が響く。その声を聞く度に、少年の中で何が何だかわからなくなっていく。彼らの発する言葉の意味が理解できない、頭の中がぐちゃぐちゃにかき回されている様な気分の中で、少年は必死に堪えた。
「ホラ見ろよ、このケガ。ここまで苦労して連れてきてやったんだから、依頼料の半分くらいは貰わないとな?」
怪我、苦労、その言葉の意味がわからなくなっていく。彼らの言葉が、雑音のように聞こえて、気持ち悪くなる。そして、突き出された男の腕についた無数の小さな傷を見たとき、頭の中で何かが壊れるような音が響いていた。
「貴様が、あんなことをするから!」
気づいたときには、その男を殴り飛ばしていた。そのまま殴られてよろめいた隙に、足を薙ぐように蹴りあげて、そこら中のテーブルと一緒にひっくり返した。
「てっ、てめぇ! 調子に乗るなよ、ガキが!」
ひっくり返った男が、怒鳴り声とともに顔を真っ赤にして起き上がった。当然と言えば当然、少年もまた怒らせるつもりでやった行為だった。こんな喧嘩に、メルキドから教わった剣術や体術を使うことはいけないことだというのはわかる。けれど、もう止まらない、彼には止められない。自分自身でも、歯止めが効かないくらい頭に血が上っていた。
「ヒロ!」
「うっせぇ! ばーさん、これだけは譲れねぇ!」
メルキドの大声に反応するように、そんなことは絶対に言えないと思っていた言葉を、こともあろうか彼女に投げつけていた。胸の奥で痛みが走る。けれど、今だけは、これだけは譲れない。その思いを胸に、少年は目の前の男を睨みつけた。
「馬鹿者!」
次の瞬間、メルキドの怒鳴り声が響いた。辺りがシンと静まりかえり、少年も思わず振り返っていた。
「誰が止めろと言った」
その言葉と同時に、背筋が凍るほどの冷たい感覚が辺りを包んでいた。少年が振り返った先には、恐ろしい程に冷たい視線をしたメルキドの姿があった。
「わしは、おぬしにただの暴力を振るう為の剣を教えたつもりはない。そして、無駄に命を散らせる為の剣を教えたわけでも無い」
「ばーさん?」
「わしが教えたアーヴァイン流は、勇気を剣に変えて悪を砕く、由緒正しき流派じゃ。弱きを守り、悪しきを挫く、それこそがアーヴァイン流の騎士の役目。剣術は殺人術とも破壊術とも言われるが、わしが教えたのは、それを否定し正義を貫く剣術、そう教えたはずじゃ」
メルキドが真っ直ぐな言葉を告げると、少年は少しだけ落ち着いていた。回りくどい言い方ではあったが、彼の血の上った頭を覚ますには十分だった。そして、メルキド自身の怒りを彼に伝えるのにも、十分だった。
「魔獣といえど、弱きモノに振るって良い剣ではない。正しきモノに振るって良い剣でも無い。されど、さらに弱きを、何も知らず懸命に日々を生きようとする者達を、守るためにその剣を振るうことは仕方ない、特別に許そう。しかし、その要因となった、人の形をした屑を許してやる道理は無い。灸を据えてやるのも、アーヴァイン流の役目、わしが許す」
言葉とともに、全身の毛が逆立つほどの強力なプレッシャーが辺りを包んでいた。メルキドの本気の威圧は、もはやここに居る全員が一言も口に出来なくなるほど、恐ろしく冷たく重いものであった。
「わかった、俺がやる」
そんな中、そのプレッシャーをもはねのけて見せた少年は、メルキドと男達の間に立つと、彼らを睨みつけた。これまで、メルキドに稽古をつけられてきた少年にとって、アーヴァイン流の心得は一言一句暗記しているほど聞かされてきたことだった。だからこそ、彼もまたこの男達を許せなかった。
「表に出ろ、相手をしてやる」
少年自身も驚くほど、頭の中がすっきりと冴え渡り、冷たく言葉を投げていた。そんなメルキドと少年の威圧の前に、男達はただ無言でうなずくことしかできなかった。
ギルドは公的機関である。中には裏の仕事を請けることもあるが、表向きは運営に当たって国や貴族が資金を提供している。その為か、ギルドは大通りに面した場所に作られることが多く、非常に目立つ様に建てられる。
中にいるのは、どんなに汚い屑だろうともだ。
「おいっ! いっとくがな、ガキだろうと何だろうと手加減するつもりはねぇからな」
バトルアックスを手にした男が偉そうに言い放つと、少年を睨みつけていた。辺りには人だかりができ、大通りをふさいでしまっていた。その中心で、3人の男達は、それぞれの獲物を手に、少年へと殺気を放っていた。
「ガキだろうと手加減はできない、か」
偉そうな台詞に僅かに乾いた笑みを零すと、少年も納得した。あのフェザーウルフの子供のことを考えれば、彼らの言葉も間違ってはいないだろう。あんな小さな子供にさえも、手加減できない程度の実力しか有していないということなのだろう。
「どうした? 今更怖くなって剣も抜けねぇってか?」
そんな少年に向かってケタケタと笑っている男は、手にした短剣を器用にくるくると手の上で回しながら、そんな事を口にしている。それが、酷く汚い物のように見えて、少年は眉をひそめた。そんな笑いをあげながら、あの子供を殺したのかと思うと、吐いてしまいそうだった。
「ほれっ、剣を抜いてかかってきてみろよ。俺様が遊んでやるぜ、ボロボロになるまでな」
中央に立つバトルアックスを手にした大男が、醜い笑みで少年を挑発してくる。そんな姿を見て、少年はどうしても尋ねたかった言葉を口にした。
「そうやって遊び心で、あの子を殺したのか?」
その答えは、決して良いものではなく、彼にとって嫌な答えしか返ってこない気はしていた。それでも、聞きたかった。その答えだけは、どうしても聞いておきたかったのだ。
「うぜぇよ、ランク無しのガキのくせに。相手は魔物だ、殺して何が悪い? 弱っちいうちに切り刻んでおいた方が、世の為じゃねぇか」
想像を遥かに超える汚い答えに、胃の奥から何かがこみ上げてきそうになるのを必死に堪えた。この男達は腐っていた。それが人に害をなしたわけでもないのに、何の罪もない生き物を殺しておいて……完全に腐っていた。
「聞いた俺が馬鹿だったよ。もう良い、かかって来いよ」
少年は、彼らの言葉を聞いて、諦めた。彼らにつけてやる薬はない、そう思い腰に下げていた剣に手をかける。極く落ち着いた気持ちで、どう抜くべきか、どう斬るべきか、その全てが頭の中にイメージされていく。迷いなど1つもなかった。人を相手に剣を振るうことは初めてだったが、目の前に居る男達を、少年は人と考えることが出来なかった。だからこそ、冷静に冷酷に彼らの前に立てたのだろう。
「来いよ」
それは、誇り高きアーヴァインの騎士の姿だった。
To be Continued...




