出会いと旅立ちの序曲 その14
長い長い夜だった。フェザーウルフが退治されてすぐ、自警団が集まり、少年を血の海から助け出すと、すぐさま魔獣の遺体を回収し始め、いつの間にかサファイアイーグルを討伐したメルキドも合流し、見張り塔周辺の片付けが行われ、いつしか全てなくなっていた。
そんな光景を、少年は見張り塔から少し離れた塀のそばで膝を抱えて見つめていた。そして、全てが片付いた頃、ゆっくりと夜が明け初め、辺りを包んでいた青がゆっくりと薄れていた。
「ふぅ、終わった終わった、大丈夫か?」
少年のもとへと歩いてきたのは、フェザーウルフの侵入事件に巻き込まれた自警団員とメルキドだった。自警団員は、今まで2匹の魔獣処理と散らばった荷台の片付けに駆り出されて、ようやく全てが済んで晴れ晴れとした表情で歩いてきた。その表情が、少年に嫌悪感を感じさせていた。
「そんなに落ち込むなって、お前さんはよくやったよ。フェザーウルフを1人で討伐するなんて、並の冒険者じゃ無理なんだからさ」
そう言いながら、膝を抱えて座り込んでいる少年に話しかけた。彼なりの優しさなのだろうが、少年にとってはそれが嫌で嫌でしょうがなかった。
「お前さんが街を救ったんだぜ! あのフェザーウルフの親子には悪いとは思うが、それでも俺はお前さんがやったことは正しかったと思うぞ」
暗い顔の少年を必死に慰めようと、自警団員はそう言葉を続けた。
そんな中、横に立っていたメルキドが彼を制すると、少年の前に一歩出ると真っ直ぐな瞳で彼を見つめた。
「いつまでそうしておるつもりじゃ? あれは仕方ないことじゃった、おぬしはよくやった、素直に受け止めても良いはずじゃ」
メルキドの言葉に、少年は顔をしかめた。そして、ゆっくりと口を開くと、メルキドに尋ねた。
「ばーさんだったら、あのフェザーウルフを斬ることは無かったかな?」
それは、聞いてはいけない問いだった。少年も理解していた。けれど、どうしても聞かずには居られなかった。
「もしもの問いに意味は無いぞ、それを尋ねても何も変わらん。そう教えたはずじゃ」
「それでも!」
メルキドの言葉に、少年は思わず大声を出していた。それを見たメルキドは、僅かに目を細めると、そのまま彼の問いに答えた。
「ワシならば剣を抜くこと無く、収める事ができたじゃろう」
それは、少年が一番聞きたくなかった答えであり、一番予想していた答えだった。彼は知っていた、メルキドなら全て解決できたはずだと。
「俺は強くなったはずだった……けど、弱かった……ヒヨッ子だった」
必死に涙を堪えながら、絞り出した言葉がそれだった。
「ヒロ、おぬしはまだ弱い。確かに、ワシと出会った頃に比べれば随分と強くなった。じゃが、まだまだ弱い」
そのメルキドの言葉に、少年は何も言えなかった。さっき自分の弱さを実感してしまった。自分は強くなったと思い込んでいた、魔獣だって倒せる、仕事だってこなせる、1人前になったんだと思っていた。
「剣術は、斬れて三流、生かして二流、抜かずして一流じゃ。今のおぬしは三流じゃ」
そう言われても仕方ないことをした、そうわかっている。だからこそ、少年は顔を両手で覆い、涙を流していた。
「もっと、もっと、俺が強かったら、斬らずに済んだはずなのに……」
「それは理想論じゃ。今のおぬしではあれが限界じゃった、あの時フェザーウルフを斬ったのは良い判断じゃ」
淡々と話すメルキドに、少年は涙目のままぐちゃぐちゃの表情で睨みつけた。
「けど、俺はあのフェザーウルフを斬りたくなかった!」
「ならば、おぬしはあのフェザーウルフに殺されれば良かったのか?」
必死に訴えた言葉と向けられた瞳を、メルキドはジッと見つめたまま、少年に問いかけた。
「おぬしが斬らずにおった方が良かったか? そんな事をすれば、この周辺の家は半壊し、街の人々にも甚大な被害が出たじゃろう。死人が何人出たかわからん、それでも良かったのか?」
メルキドの鋭い言葉に、少年はビクッと肩を震わせた。確かに、あのまま暴れさせれば、街に大きな被害が出たかもしれない。何も知らない街の人々が死んでいたかもしれない、そう考えれば、あのフェザーウルフを止める必要があったはずだ。それでも、少年はすんなりと割り切ることはできなかった。
「ヒロ、おぬしの言いたいこともわかる。じゃが、今のおぬしにできる事をやらぬという選択肢は無い。おぬしの背には、街の人々の今日という日がかかっておったんじゃ。ならば、おぬしはその剣で斬らねばならん。それが、アーヴァイン流の騎士じゃ」
そう告げると、メルキドは少年に背を向けた。
「先に宿に戻っておる。落ち着いたら戻ってこい」
そう言い残して、その場を去って行った。取り残された少年は、視線を落とし、丸くうずくまった。
理解はしていた、ずっと聞かされ続けたことだ。メルキドが使うアーヴァイン流剣術は、誇り高き騎士の剣術であり、弱きを救い、悪しきを挫く剣術だ。少年が習い始めてから、ずっとそう教わってきた。そして、その気持ちは少年にもあった。正義のために振るう剣でありたい、本物の剣を手にしたときからそう思ってきた。だから、フェザーウルフを斬ったことは、決して全て間違いだったとは言えない。けれど、少年には割り切ることができなかった。
「お前の師匠さん、厳しい人だな」
メルキドの迫力に口を出せなかった自警団員が、ゆっくりと少年の側に座り込むと、肩を叩いた。
「俺の言葉なんかじゃ説得力はないかもしれないが、あまり気にするなよ。お前さんは、本当に良くやったよ、街を救った英雄だ」
優しくかけられた言葉が、少年には重く感じられた。
「あのフェザーウルフは何も悪くはなかった、本当に悪いのは……」
だからこそ、少年はそう呟いた。
「そんなことは誰だって分かっているさ、本当に悪い連中は別にいる。けれど、あのときとった行動は間違っちゃいなかった。お前さんはよくやったと思う、街のみんなを代表して言うよ、ありがとう」
できるだけ優しく、少年に届くように告げられた感謝の言葉は、少年に再び涙をこぼさせた。けれど、その涙は、必要なものだろう。この世界に生きる誰もが通る道、だからこそ自警団員も何も言わず、彼の横に座ったまま、夜明けと共に明るく染まっていく街の景色を見つめていた。
「……さぁ、そろそろ街も動き出す。そんな湿っぽい顔してないで」
どれくらいの時間が過ぎたかわからない。ただ、辺りがすっかり明るくなった頃、自警団員は少年にそう告げた。夜明けとともに、その涙を置いて行けと言わんばかりに。
「前を向け」
少年に告げた。
その言葉に促されるように顔を上げた少年の前には、新しい朝を迎え明るく照らし出された見張り塔の姿があった。
To be Continued...




