出会いと旅立ちの序曲 その13
激しい衝突音と共に、辺りに荷台の破片がはじけ飛び、少年達に降りかかった。いくつかの破片が体に当たったものの、2人はうまく逃げたおかげか、それほど大きな傷を負うこともなく、やり過ごすことができた。
「どわぁっ!? なっ、何じゃ?」
そんな中、見張り塔の上からメルキドの叫び声が響く。当然と言えば当然で、下に居た少年達も地震でも起きたかと思うほど激しい衝突だった。
「ばーさん、無事か?」
「こっちは何ともない! しかし、一体どうし……フェザーウルフ!? なっ、何がどうなっておる、何でそんなモノがこんなところにおるんじゃ?」
少年が上に向かって大声で尋ねると、サファイアイーグルの隙を突いてメルキドが顔を出して下をのぞき込んだ。その瞬間、視界に飛び込んできたのは、本来ここには居ないはずのフェザーウルフだった。さすがに、いつも冷静なメルキドらしくない口調で、辺りをキョロキョロと見渡しながら状況がわからず焦っている様だ。
「馬車が突っ込んできたんだ! 昼間、ギルドで難癖つけてきた連中がウルフの子供を捕まえて、運んで来やがった!」
「なんじゃと?!」
あまりのことに、メルキドの怒鳴り声が響くが、いつの間にか顔は引っ込んで見張り塔の上からは金属音が響いてくる。おそらく、サファイアイーグルがまた襲いかかってきたのだろう。そして、それは同時にメルキドの助力は望めないことを意味していた。少年はゆっくりと視線を向けると、フェザーウルフも彼を真っ直ぐと見つめていた。
『ゥゥゥ……』
「ちょっと待てよ。言っとくけどな、俺達が無理矢理連れてきたわけじゃないからな」
目が合ってしまい、少年は嫌な予感がした。これでもかと鋭い牙をむき出しにしたフェザーウルフは、凄まじいほどの怒気と殺気を辺りに振りまきながら、少年を見つめている。
とりあえず、魔獣相手に声をかけてみたが、通じるはずもなく、フェザーウルフは毛を逆立ててうなり声を上げた。それを見ると、あまりの迫力に、少年の中にも僅かな恐怖が生まれてくる。
「冗談になってないぞ。待ってくれ、落ち着け!」
少年は、必死に両手をあげて見せながら、自分が戦う意志がないことを示してみせた。しかし、フェザーウルフは、その言葉を聞くと同時に少年と自警団員に向かって突っ込んできた。
「はやっ!?」
急激な勢いで間合いを詰めてくるフェザーウルフに、少年は咄嗟に脇に転がっていた自警団員を蹴り飛ばすと、咄嗟に地面を蹴って体を宙に浮かせた。次の瞬間、目の前が真っ白になるのと同時に、前方からの凄まじい衝撃が体を襲っていた。視界がぐにゃりと歪んだかと思うと左右あちこちに地面がぶつかる衝撃が走り、低いうなり声のような声が勝手に口からこぼれ落ちた。
突進してきたフェザーウルフの頭突きを喰らい、吹き飛ばされて地面に叩きつけられた少年は、あまりの衝撃に頭の中が真っ白になりそうになる。しかし、僅かに飛んで衝撃を殺したおかげで、どうにか一発で気絶することは防いでいた。修行の成果は十分出ているようだった。
「痛ぅ、なんて威力だ」
少年は、なんとか起き上がると、見張り塔の方を見た。そこには、まだこちらを睨みつけながら唸りを上げているフェザーウルフの姿があった。一発の突進で体中が痛い、おそらく威力だけならメルキドの一撃も遙かに超えているだろう。そう考えると、何発も喰らってはいられない。
「待ってくれ! 俺達が悪かった、子供は返すから」
言葉が通じるとは思っていないが、それでも少年はフェザーウルフに訴えていた。どうしても聞いてほしかったのだ、これは自分達人間が冒した罪なのだから、ただ戦って終わりにしてはいけない、そう思えた。
「傷つけたことは悪かった! この通り、謝るから! 俺達人間が悪いのはわかるから、だから……」
少しでも怒りを収めてくれれば、傷ついた子供と一緒に森に帰ってくれるかもしれない、少年はそう考えていた。だから、何度でも訴えるつもりだった。少しでも落ち着いてくれるように、何度でも……いつまでも……
しかし、フェザーウルフは少しだけ体勢を低くすると、大きなうなり声をあげた。間違いなく攻撃の意志、そう少年は感じると、同時に背筋に冷たい物が走った。
「やっ、やめっ!?」
少年の言葉が最後まで口から溢れるよりも早く、一瞬で間合いを詰められると、大きく横に振られた前足で彼は弾き飛ばされていた。あまりの衝撃に意識が飛びそうになるが、次の瞬間、殴られたのと逆側から衝撃が走り一気に覚醒する。前足で吹き飛ばされた少年は、勢いよく見張り塔にぶつかるとその場に倒れ込んだ。そこは、先ほどバラバラになった荷台の上だった。
「頼む……から」
叩きつけられた側の腕から激痛が走る。一瞬折れたかと思われたが、少年が自分の腕を見るとどうやら大丈夫のようだった。だからこそ、少年はまだフェザーウルフへと言葉を投げ掛けていた。もう少し、もう少しだけ暴れたら、きっと落ち着いてくれると信じて……
「やめてくれ……お前と戦う気はないんだ」
必死に訴える中、少年の口に血の味が広がる。どこからか血が流れているのだろうが、今はそんな事は気にならなかった。きっと、この味をフェザーウルフも味わったはずだ、自身の痛みではない、心に突き刺さるような苦痛を……なぜなら、自分の子供が傷つけられたのだ。
「???」
色々な思いが湧き起こり、どうすれば良いのかわからず混乱する中、少年は起き上がろうと地面に手をついた。正確に言うなら、地面に手をつこうとしたのだ。瓦礫の上に転がっていた為、その瓦礫に手をかけたつもりだった。しかし、全く違う手の感触に違和感を覚え、眉をひそめた。
「……」
それは、触れたことのない感触だった。地球にいた頃も、ガイヤに来てからも、一度も触れたことのない感触、それは少しだけふわふわしていて、柔らかくて、それでいて所々がびがびで……
「何で……」
そして、冷たかった。
「どうして……」
その感触が何かを理解した時、少年は涙が止まらなかった。それは、本来柔らかくてふわふわで、とても美しく、月夜の光に輝くはずだった。親と同じ薄い灰色のとても誇らしいものだったはずなのだ。けれど、それは血でがびがびになっていた。
「ちぃっ、ヒロ! 仕方ない、剣を抜け!」
そんな中、塔の上からメルキドの声が響いた。それは、すぐさま降りてこれない状況と、このままでは危ないと察した彼女の決断だった。
「ヒロッ! 聞くんじゃ、奴はもう荒れ狂った魔獣じゃ! おぬしが斬るしかないんじゃ!」
必死なメルキドの声が響くが、少年は子供のフェザーウルフから手を離すことができなかった。先ほどまでの恐怖よりも、深い悲しみが心を支配した。だからこそ、彼は動けなかった。
「悪くないんだ、悪くなかったんだ……」
どうしてこうなってしまったのか考えたが、その答えなど見つかるはずも無い。何が間違いだったのか、必死に思案するが、疑問ばかりが頭に浮かび消えていく。少年には、自分が悪いのか、それとも別の誰かが悪いのか、それさえもわからなかった。ただ、1つ言えることは……
「しっかりせんか! 剣を抜くんじゃ、ヒロ!」
少年は斬りたくなかった、剣を抜きたくなかった、目の前で怒り狂うフェザーウルフに罪はなく、自分達人間の罪ばかりが彼に覆い被さってきた。だから、フェザーウルフを斬り殺すことはできない、そう思った。それが、例え師匠であるメルキドの言葉であっても。
「おぬししかおらん! まだ教えてやれておらんかったことは謝る、じゃから斬るんじゃ!」
メルキドの必死な叫びが響き、それでも少年は立ち上がるのがやっとで、剣を抜くこともできず、そのフェザーウルフを見つめていた。しかし、そんな少年の思いは届くことなく、怒りに染まったその瞳は、ただひたすらに少年に殺意を向けた。
「ヒロ!」
「どうしてなんだよぉ!」
2人の叫びが響いた瞬間、フェザーウルフは少年へと飛びかかり、一気に間合いを詰めて鋭い爪を大きく振り上げた。それは、間違いなく彼を殺そうとしていたが、どうしても剣を抜きたくない彼は、必死に考えようとしたが、その答えはなく、頭が真っ白になったその瞬間、その先に死が見えた。
「………」
『ゥゥゥゥッ』
少年にも何が起きたのかわからなかった。気づくと、手には剣が抜かれていた。小さく唸るフェザーウルフの声が聞こえた。いつの間にか、瓦礫から少し離れた場所に立っていた。
「えっ?」
少年が意味もわからずそう呟いた時、突然辺りに雨が降り出した。真っ赤な真っ赤な雨が、少年へと降り注ぎ、為す術もなく打たれていた。
小さな唸り声が止むと、ドサリと嫌な落下音が響いて、剣に付いたべっとりとした赤い液体を見つめながら、彼は知った。生き物を殺すこと、切り捨てる肉の感触、血の本当の重さ……
「何で抜いた?」
そして、自分も生きようと足掻いている、ちっぽけな人間だということ。
「違う……こいつらは悪くないんだ、悪いのは子供を殺したあいつらなんだ。だから、殺したくなかったんだ」
自分に降り注いだ返り血が、信じられない程重く、立っていられず思わず膝をついてしまう。そのとき、ベチャッという液体音で吐き出しそうになる。その瞬間、初めてあの言葉の意味がわかった気がした。
『ヒヨッ子』
自分は強くないと知った。
「違う……抜きたかったんじゃ無い」
まだまだ弱いヒヨッ子だと知った。
「違う……殺したかったんじゃ無い」
何もわかっていない、何も知らない、ヒヨッ子だった。だから……
「違う……違うんだぁぁ!」
叫ばずにはいられなかった。
少年が初めて斬った獲物は、何の罪もない1匹のフェザーウルフ。
少年が初めて殺した獲物は、何の罪もない1匹のフェザーウルフ。
それが、彼がこの世界に来て初めて斬り殺した獲物だった……
To be Continued...




