出会いと旅立ちの序曲 その12
「どうかしたのか?」
ふと、自警団員が少年の様子がおかしいことに気づくと、そう尋ねてきた。しかし、少年は彼の言葉に反応するよりも、自分が感じた違和感が何なのかを思案していた。確かに感じる違和感、変な感覚、それが何かに気づいた時……
「臭い」
少年はそう呟いていた。
「そういえば、確かに少し生臭いような?」
自警団員も少年の言葉に反応して、クンクンと鼻を動かしてみると、確かにどこか生臭い匂いがする。まるで大量の血がどこか遠くで流されたような、薄らとした生臭さだ。そんな嫌な香りが、いつの間にか辺りを包み込んでいた。
「上か?」
そう言って上を見上げるが、上ではまだ戦っているのか、激しい金属音とメルキドやサファイアイーグルの声が聞こえてくる。そう考えると、大量の血の香りがするのもおかしな話だ。それに、風向きからすれば上からとは考えにくかった。
「どこから?」
「臭いが?」
少年と自警団員の2人は、キョロキョロと辺りを見渡しながら、鼻をクンクンと動かしてその匂いの元を探っている。なんとも情けない光景だが、そのおかげか、その匂いが少しだけ強くなる方角がわかった。
「あっちか?」
風上にある街の入り口、魔獣の森の方へと視線を向けると、確かにそちらから匂いが流れてきている気がする。2人は、目を凝らして森の方を見つめると、その原因を探した。しかし、魔獣の森の奥は暗く何も見えることはない。ただ、風の音と木々が揺れて葉がすれる音、そして獣の唸り声のようなモノが聞こえるが、それも魔獣の森ならおかしい所は無い。少年の耳に届いたのはそれだけだった。
「誰かいるのか?」
2人して目を凝らして、必死に辺りを警戒する。しかし、何も見つけられない。そんな中、今度は遠くの方から別の音が聞こえてくる。
「なんだこの音?」
少年は聞いたことが無い音だった。だんだんと近づいているのか、徐々に大きくなってくる。ガラガラという重たいモノが転がるような音、それは一定の速度を保ち、不思議なリズムを刻みながら近づいてくる。
「馬車だ、馬車の走ってくる音だぞ」
その音が大きくなってきた所で、自警団員がその音に気づいて少年に答えた。確かに、少年のいた世界には馬車はすでに無く、自動車が一般的であった。馬車が見られる場所など、ごく一部の観光地や映画や漫画などのフィクションの世界だけだった。初めて知る馬車の音が、こんな激しい音がするとは思ってもみなかったのだ。そして、その音が近づくということは、同時に馬車が街を目指して走ってきていることを意味していた。
「こんな夜更けになって街に向かってくる馬車が?」
「おかしい、かなり急いでるみたいだ」
少年の問いに、自警団員はうなずいて答えると同時に、違和感を感じていた。普通の馬車なら、これほどまで激しい音はしないはずだった。その音から、急いで街を目指していると感じたのだ。しかし、こんな夜に馬車を走らせるのも、街へ急ぐのも違和感しかなかった。
「……来た!?」
街のはずれにある見張り塔、その周りは大きな広場になるように他の建物は建てられていない。おかげで、魔獣の森の奥から街道を走ってくる馬車の姿も鮮明に浮かび上がっていた。
「やっぱり、馬車だ。けど、何であんなに急いでるんだ?」
確かに、自警団員が言うとおり、かなり急いでる様に少年にも見えた。何かおかしい、そう感じながら2人は馬車を見つめていたが、少年は、その馬車に乗っている人物に見覚えがあった。
「何であの連中が乗ってるんだ?」
少年がこの世界で知る人物など、片手程度しかいない。この1年近く、山小屋でメルキドと暮らしてきたのだから、他の誰かに出会うことなど無かった。だからこそ、その人物が記憶に残っていたとも言えるだろう。
「知っているのか?」
「知り合いって訳じゃないけど、見覚えがあるんだ」
少年が曖昧な答えを返す。しかし、言う通り見覚えがある程度、正確には絡まれた経験もある程度だ。馬車に乗って運転しているのは3人の男、それは昼間にギルドで少年とメルキドに絡んできた男達だった。
「様子がおかしい」
必死に馬車を飛ばしている連中を見て、自警団員がそう呟いた。馬車に乗っている男達の様子を見る限り、確かにおかしいことはわかる。だが、それが何故なのか、そこがわからなかった。しかし、次の瞬間、それを知る事になる。
「逃げてきてるみたい……なっ!?」
「嘘だろ?」
2人の表情が引きつる。
確かに連中は逃げてきていた。なぜなら、とんでもないモノに追われていたからだ。馬車の後ろから迫ってくるのは体高3m近くある巨大な狼だ。
「なんだありゃ?」
「”フェザーウルフ”だ!」
少年の問いを聞いてか聞かずか、自警団員がその名を叫んだ。その言葉で、少年も一目でわかるほど有名な魔獣だと理解したが、重要なのは奴がどれくらい強いかだ。連中は絡んできた嫌な奴とは思うが、逃げてきている以上、助けないわけにはいかない。そう考えると、少年は自警団員に尋ねた。
「あのフェザーウルフって強いのか?」
そう言って、横を振り向くと、さっきまで立っていた彼がいなくなっていた。驚きのあまり、ビクッと肩を震わせてしまったが、よく見ると、腰を抜かしたのか隣でへたり込んでいた。魔獣の知識が殆ど無い少年にとって、あれがどれほどの脅威かわからない為、腰を抜かすほど恐ろしい存在なのかどうか、さっぱり見当が付かない。
「当たり前だ!」
大声で怒鳴りつけられて、少年は一歩後ずさってしまった。実感はないが、相当強いのだろうということは理解した。そうなると、問題はフェザーウルフが少年達の居る街へ向かって走ってきていることだ。
「なんで馬車を追いかけてるんだ?」
少年の問いは、至極当然のことだった。魔獣とはいえ、他の獣たちと同じ自分達の縄張りを有しており、お互いの縄張りに干渉しないように暮らしている。当然、縄張り争いもあり例外もあるが、それもごくわずかで、何より人間の居る街に近づくなど、非常に危険な行為だと理解している為、自ら出向く魔獣は少ない。それは、メルキドに習った基本的な知識だ。
しかし、フェザーウルフは牙をむき出しにして、街に近づくことも厭わず馬車を追いかけている。それは、非常におかしなことだった。
「あの狼、なんか様子がおかしいような?」
馬車に乗っている連中が、よほど怒らせることをしたのだろう。そこは少年も予想が付くが、それでも街まで近づけば、討伐される可能性があるのだから、魔獣達も警戒する。それなのにやってくるほどのこと、それが少年には想像できなかった。
「あの馬車、まさか……」
少年が悩んでいる最中、自警団員は尻餅をついたまま、馬車を真っ直ぐ見つめたまま指さしていた。少年が視線をそちらに向けて、再び彼の指さす馬車へと向けたとき、それは起きた。
「んんっ?」
思わず眉をひそめて変な声を上げてしまう。それくらい、おかしな行動だった。
馬車に乗っていた男達が、乗り捨てるかのように、馬車から飛び降りると森の中に転がり込むように逃げていってたのである。そして、馬車だけがフェザーウルフから逃げるように、真っ直ぐ街の入り口へと向かっており、その後ろには引き続きフェザーウルフが追いかけてきてた。
「ちょい待て!? なんで、目標が降りたのにこっちに走ってくるんだ?」
男達に怒って追いかけてきているなら、彼らが飛び降りた時点で、目標は森の中に逃げたのだから、そちらを追うはずだ。なのに、そのまま馬車を追いかけてくる。
「馬鹿っ、よく見ろ! あの馬車に乗ってるのは!」
自警団員の怒鳴り声が再び響き、少年は一瞬ビクッと肩を震わせると、すぐさま馬車へと視線を移した。段々近づいてくる馬車、そこにはもう男達はいない。そして、その後ろの荷台には丸く黒い物体が乗っていた。
「……あれって、まさか?」
「あのフェザーウルフ、母親だ!」
その言葉を聞いて、少年は自身の目を疑ってしまった。けれど、確かに小さい狼が乗っているのが見えた。小さく丸く、そして黒い物体は、馬車から降りようともせず、物凄い勢いでこちらに向かって走ってくる馬車の荷台に横たわっていた。
「あいつら、まさかあのフェザーウルフの子供を……」
少年は苦虫を噛んだような表情をしながら、その馬車の荷台を見つめていた。
何故この様なことをしたのかはわからないが、少年の想像は自分達への当てつけや嫌がらせの類だろうと予想して、チッと舌打ちをした。
「おいっ、逃げるぞ!」
そんな事を考えている間に、馬車はどんどんと近づいてくる。そして、自警団員は大声で叫ぶと、少年の手を掴んで引っ張った。
「突っ込まれるぞ!」
そこまで言われて、ようやく少年は自分の置かれた状況を把握した。馬車は見張り塔へ向かって一直線に進んできており、逃げなければ巻き込まれてしまう状況だ。
「何で俺達が!」
「仕方ないだろ!」
尻餅をついていた自警団員も転げるように、少年の手を引っ張りながら、見張り塔から離れようと走り出した。そして、馬車が見張り塔へと突っ込むと、荷台ははじけ飛び、繋がれていた馬は辺りに転がりながらも必死に逃げ出して、辺りには大きな衝突音と地震でも起きたかのような衝撃が走っていた。
To be Continued...




