出会いと旅立ちの序曲 その9
少年は知らなかった。今の彼に一番合う言葉は、予想外、それが一番わかりやすい表現かもしれない。とにかく、彼の想像を絶する世界がそこにあった。
「おい、兄ちゃん、新入りか?」
大柄の男が、表現が極めて難しい形相で睨みつけてくる。少年は、必死に視線をそらしながら、自分に声をかけてきているんじゃないと自分に言い聞かせた。
「あぁっ!?」
「……はぃ」
あまりの迫力に、思わず小さな声で答えてしまう。とりあえず、必死に視線だけは合わせないように頑張った。
少年は、ギルドとは仕事を斡旋してくれる場所、求人サイトのような物、そう考え、きっちりとしたお役所仕事のように、整った場所だと考えていた。しかし、現実は大きく異なっていたのだ。酒場のような場所の奥にカウンターがあり、壁には掲示板のように、たくさんの張り紙が貼られている。しかも、ただの酒場ではない、映画や漫画に出てきそうな、悪党がたむろっているような雰囲気の悪い酒場の中だ。メルキドが案内してくれなければ、少年は一生ここに立ち入ることはないだろうと思えるような場所、そこがギルドだった。
「ほぉ~、新入りか」
どんどん近づいてくる男から逃げるように、小さくなっている少年。そんな中、頼りのメルキドは、当然のようにカウンターで酒場のマスターらしき男と色々と話をしている。おそらく、仕事があるかどうかを尋ねているのだろう……が、問題はそこではない。今、自分が置かれている状況が問題なのだと、必死な視線でメルキドに訴えかけた。
「それで、ランクは? 何のランクをもってんだ?」
そんな少年の健闘もむなしく、男は次々と尋ねてくる。
そもそも、この酒場の様なギルドの中、周りは強面の冒険者達がたむろっている場所で、少年のような若造が1人ぽつんと残されたら、浮かないはずはない、そこに馴染めというほうが無理な話だ。当然のように、周りの視線は彼に集中し、見事に絡まれてしまった。
「ラッ、ランクですか?」
必死に受け答えをしている少年は、よりにもよって、周りに居る冒険者達の中でも一番身長の大きい男に絡まれてしまった。筋肉があるというより、筋肉ダルマのようにパンパンに膨れ上がった身長2mはあるだろう大男だ。そんなのに絡まれてしまい、少年はタジタジになっていた。
「そうだ、ランクだ」
そう尋ねられ、なんと答えればよいのかわからず、とりあえず、視界に入ってくる大男の獲物をチラリと見てしまう。武器などという物をほぼ知らない少年にとって、それは初めて見るものだったが、おそらく、これが噂に聞くバトルアックスという奴だろう。この巨大な図体からもはみ出す程の巨大な斧、あれで殴られることを想像すると、切れるというより潰れるの表現が頭をよぎった。
「ラッ、ランクと言われても……」
少年は、必死にどう答えるのが正解なのかを思案したが、どれも不正解な気がしてならない。目の前に立ち、見下ろすようにしながら顔を近づけてくる大男の威圧感に、上目遣いで言葉を探す少年、そんな中……
「その子はランク持ちじゃないぞ」
「なにっ!?」
「ばーさん!」
聞き慣れた声が、2人の会話を遮った。もうありのままを話そうかと思ったところでの助け船に、少年は思わず涙が出そうになった。
「おいおい、ランク持ちじゃない奴は、仕事は受けられないという規則を知らないとは言わせねぇぞ」
今度はメルキドの方を睨みつける大男だが、その言葉を聞いて、少年は驚きの色を隠せなかった。ランクがないとギルドからの仕事を請けることができない、その事実を知らなかった少年は、すぐにメルキドへと視線を向けた。
「しかし、パートナーとしてなら、仕事を請けることも許可されておるはずじゃが?」
メルキドは、見下ろすように睨みつけてくる大男を、不愉快げな表情で睨むと、そう返した。
「じゃあ何か? このガキが、お前みたいな老いぼれのパートナーだってのか?」
「そういうことになるのぉ」
睨みつけたまま笑みを浮かべると、自信ありげに答えるメルキドだが、単純な迫力だけはやはり大男の方が数倍上だ。メルキドも女性の中では身長もある方だとは思われるが、少年よりも少し小さい位だとせいぜい165cm程といった所だ。
「問題でもあるのかのぉ?」
「大ありだね、そんなガキとババアのコンビに仕事をとられたんじゃ、笑い話にもならねぇ」
からかうような大男の言葉に、周りに居た他の冒険者達も騒ぎ出してしまった。まるで皆がこうなることを待っていたかのように、急に騒ぎたてて罵倒を投げつけてくる。笑う者、同意する者、罵倒する者、様々だ。
「うるさい奴らじゃのぅ、まったく」
「おいっ、ババァ。今すぐ仕事をキャンセルしてきな」
そう言いながら、大男はメルキドに顔を近づけると、今まで以上に鋭い瞳で睨みつけてきた。しかし、少年の意識はその男ではなく、メルキドをジッと見つめている男に向けられていた。黒いローブを纏った男は、見たところ魔導師のようだが、その視線は、まるで剣士のように鋭く研ぎ澄まされていた。そして、何を考えているかはわからないが、その視線はずっとメルキドへと向けられ、少しもブレることはない。
「冗談を言うでない、せっかく受けてきた依頼じゃ。そんなことできるわけなかろう」
「じゃあ何か? 大怪我してから、仕方なくキャンセルがお望みか?」
メルキドの言葉に、大男も食ってかかり、状況はどんどん悪化していき乱闘騒ぎにまで発展しそうな所まで来たとき……
「やめておけ」
ほんの一瞬、少年がメルキドへと意識を移した間に、ローブの男は2人の間に割り込んでもめ事を止めに入っていた。
「けどな、大将」
「いいから、やめておけ」
納得がいかないと言わんばかりの表情で、食い下がる大男だが、ローブの男は鋭い視線ときつい口調で遮ると、その場を収めていた。
「申し訳ない。今回は、俺に免じて許してやってくれ」
今度は、メルキドに小さく頭を下げて、そう言ってくる。どうやら、このギルドでそれなりの立場にいる人物なのだろうが、その姿を見ていた他の連中は、納得がいかないという視線で少年達を睨みつけていた。
そんな事を気にすること無く、メルキドは冷ややかな目で頭を下げたローブの男を見つめていた。せっかく止めに入ってくれた人物に、随分と冷たい対応をするなと思いながら、少年は少しだけ胸をなでおろした。どうにか、乱闘騒ぎだけは避けられたようだ。
「仕方ないのぉ、今回だけじゃぞ」
「あんだと!?」
「なっ!?」
そんな少年の安堵を吹き飛ばすかのように、メルキドはそんな言葉をローブの男に返した。その瞬間、大男の怒りはぶり返し、少年の焦りも一気に巻き返してきた。なんてことをしてくれる、と思ったがそれを彼女に言えるほど、少年も強くは無い。これは乱闘騒ぎになる、そう思った瞬間。
「黙れ」
ローブの男が発したその一言と共に、辺りはシンと静まりかえった。
「すまなかった」
改めてメルキドに謝ると、周りに他の冒険者達も、元々座っていた席に戻っていってしまった。目の前に立っていた、あの大男さえも、渋々と戻っていく。
「ヒロ、行くぞ」
「あっ、あぁ」
その様子を確認すると、メルキドはさっさとギルドの出入口へと歩き出した。少年もまた、彼女の後を追いかけるように出入口へと向かったが、後ろから突き刺さるような視線は、決して2人を許すものではなかった。
To be Continued...




