絡め取られる蜘蛛
俺は住宅街の道端で、跪き空を見た。
横にはそれを心配そうに眺める、女性がいた⋯⋯俺は彼女の名前を知っている。
そうだこの状況は、前に読んだ小説の冒頭じゃないか。
俺ーー中村 颯汰はその内容を思い出していた。
小説のタイトルは『蜘蛛の檻』⋯この話は中村が偶然遭遇した女性⋯⋯白石 美咲に一目惚れ。
中村颯汰は文句を言い、半ば強制的に、彼女に家事手伝いをさせる。
そして彼女の心を、蜘蛛の糸に絡め取られた虫の様に⋯⋯彼女の心を蝕んでいく。
ついには同居生活を始め、最終的に彼女は⋯⋯駄目だ、考えたくない。
だが今一番考えたくないのは、俺がその中村という事実である。
俺は彼女の方を見た。 彼女は心配そうにこちらを見ていた。
この状況をなんとかしないと⋯⋯俺は彼女に話かける。
「あ、ごめんちょっと目眩がしただけだから⋯⋯もう大丈夫だから、じゃこの辺で」
「いえ、心配ですので、ついて行きますね。私の名前は白石美咲と言います」
「へ?⋯いえいえ、ご心配なく。何の問題もないですから」
「大丈夫じゃない人はそう言うんです。 さあ行きましょう」
断ったはずなのに、何故か自分の名前を言い、しかもついて来ると言う⋯⋯状況は違うが、小説と同じじゃないか。
「ここが家です。無事に着きましたので、それでは、ありがとうございます」
「心配ですので一緒に行きますね。 家族の方にも説明が必要ですから」
「え?あっその⋯⋯俺家族いないので問題ないです」
「そうだったのですか、なら家に上がらせてください。心配で仕方ないんです」
しまった安心させないといけないのに、むしろ不安にさせてしまった。
彼女がそんな人間だなんて、小説を読んでいたから知っていたのに⋯⋯
「散らかってますね、掃除します」
「いいよ、えっと⋯⋯白石さんだっけ? 無関係なあなたに、そんなことさせる訳にわいかないからさ」
「なにを言っているんです。わたしがしたいだけなので、気にしないでください」
「はぁ、もうわかったよ。 じゃあ、よろしくお願いします」
彼女と協力して掃除をしていく、最初は彼女は「一人でします」と言っていたが、俺が「必要なものか、そうじゃないのかわからないだろ」と言うと渋々、同意してくれた。
「ご飯作りますね、冷蔵庫の中は、賞味期限切れの物しか入ってないですね。処分して買い物に行ってきます」
「待てよ!自分のご飯くらい、自分で用意するから! 君が買いに行く必要はない」
「そうですね、すみませんでした⋯⋯私、突然押しかけて、あれこれと、迷惑でしたよね」
「いや⋯⋯そんなことない、むしろ嬉しいよ。 いままでこんなに親切にしてくれる人は、いなかったから」
「じゃあ問題ないですね。 それでは、買い物に行って来ますね」
「待てよ! 一緒に行くから。 ⋯⋯いい人すぎだろ白石」
それからも、白石は俺の家に来ては家事をしてくれる。 流れは違うが小説通りの展開だ。
小説では、彼女に文句をつけて家事手伝いを強引にさせていた。
⋯⋯自分の事ながら最低な人間だと思う。
「中村さん、美味しいですか? ちょっと味付け変えたから心配で」
「すごく美味しいよ。 いつも白石さんの作るご飯は美味しいけどね」
「本当ですか、ありがとうございます。そう言ってもらえてとても嬉しいです」
「当然の事を言っているだけだよ。⋯⋯でもこんなに毎日来てくれるけどさ、家族の人に何か言われないかな」
「はい、問題ありません。しっかり説明していますので」
「そうなんだ⋯⋯でも俺なんかの世話をしなくていいんだよ、君には、ほかにやる事があるだろう」
「いえ、これと言ってありません。 それとも⋯⋯私がいることがご迷惑なのでしょうか。 すみません、あなたの事を考えず、自分のことだけを考えて、行動してしまいました。 申し訳ございません、⋯⋯貴方の前から消えます」
「え!いやいや、そんなことないって。 君に会えるのは、とても嬉しいよ。ずっとそばにいたいぐらい」
「本当ですか。ありがとうございます。安心しました⋯⋯それにしても中村さんがここまで思ってくれるなんて、とてもうれしいです」
まずい何だか嫌な予感がしてきた。⋯⋯でも彼女の喜んでいる顔をみたら、発言を撤回することはできない。
俺は不安になりながらも、帰る彼女の後ろ姿を見ることしかできなかった。
「今日からお世話になります、中村さん改めてよろしくお願いしますね」
「えっと、白石さん?⋯⋯どういうことかな。その大きな荷物はどうしたのかな、改めてってなにを?」
「嫌ですね中村さん、『ずっとそばにいたい』って言ってくれたじゃないですか」
「いやそれは⋯⋯確かにそういったけど」
「だから今日から同棲です。それともあれは嘘だったんですか? もしかして⋯⋯私、一人で勝手に喜んで、勘違いしたと言うことですか? それって私が馬鹿みたいじゃないですか、ごめんなさい。期待してごめんなさい。
そうですよね、⋯⋯私が颯汰さんといれる訳ないか。きっと私のこと颯汰さんは嫌いですよね」
「そんな事ないぞ美咲、だって俺は⋯⋯始めてあった時から、お前のことが好きだったから」
「本当ですか、嬉しいです。 ではお互い様ですね、これからもよろしくお願いします。颯汰さん」
「あぁこちらこそ、よろしく美咲」
小説の内容どおりに話しが進んで行く。でもそれでも俺たちなら違う結末に辿りつけるだろう。
ところで白石美咲ってこんな性格だったけ? これじゃまるで⋯⋯
「ふふふ⋯⋯うまく行きましたね。 逃がしませんよ、颯汰」