みじかい小説 / 023 / 美紀のキャンバス
真っ白なキャンバスを前に、美紀はうなり声をあげたくなっていた。
場所はとある高校の技術棟2階、美術室の片隅である。
十月に開催される文化祭に出展する絵のテーマが決まらない。
美紀の頭を悩ませているのは、その一点だった。
友人の綾は既に半分ほど描き上げているし、後輩の井上君ももう下書きを終えていた。
一年に一度、一般の人を含めて自分の絵を見てもらえる貴重な機会だ。
手は抜きたくない。
そう思えば思うほど、ますます頭の中が散らかってゆく。
家に帰っても、美紀はあれこれと落書きをしては消すを繰り返していた。
そこへ、夕飯ができたと母の呼ぶ声がした。
はぁいと返事をしてリビングへ行く。
夕飯は美紀の大好物のハンバーグだった。
美紀はそれに箸をつけながら、「ねぇ、お母さんが創作で大事にしてることってなあに」と尋ねた。
美紀の母は趣味でハンドメイドをしており、アクセサリーを作っていた。
「そうねぇ、わくわく感かしら」
母の答えに、「わくわく感かぁ」と美紀は曖昧に返事をする。
「じゃあ、お父さんは?」
と、今度は父に尋ねてみた。
美紀の父は建築家である。
「そうだなぁ、実用性、かな」
予想に反して現実的な答えに、美紀は「えー」と曖昧に笑った。
「今度の文化祭の絵のテーマが決まらないんだよね。何かいい案ない?」と、美紀は面倒くさくなり思い切って尋ねてみた。
すると両親は「それは自分で考えなさい」と揃って言った。
「えー」と美紀は不満を口にした。
その晩、美紀は夢を見た。
その夢は、わくわくして、でもどこか現実味を帯びた夢だった。
次の日の放課後、美紀は美術室でキャンバスに向かっていた。
「あれ、美紀ちゃんやっとテーマ決まったの」
友人の綾が背後から声をかける。
「うん、わくわくして、現実味のあるSF世界の風景を描くことにした」
果たしてこの絵は、「我が家の世界」という題で、文化祭でひときわ人目をひくことになるのだった。
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