転生したら魔法少女でした
「うーん……どこ、ここ?」
普通の高校生、佐倉遥は通学中にトラックに撥ねられた記憶を最後に、目を覚ました。
なんだか中世ヨーロッパっぽい、ちょっと懐かしい感じのする風景。
「おはよう、遥!」
「だ、誰⁉」
そこに現れたのは、空飛ぶ猫のような生き物。
「わちしの名前はミルフィ! 遥は選ばれし者。魔法少女として、この世界を救う使命があるの!」
「えっ、魔法少女って……あの?」
気づけば遥はフリル満載のドレス姿に変身し、手には星型のステッキ。
現実感ははっきり言ってゼロだ。
「グルルルル」
突然、目の前に黒い霧に包まれた巨大なクマのような魔獣が現れた。
その口元には血のような液体が滴っている。
「……冗談じゃないんだ」
恐怖で足がすくんで動けない。
今にも食べられようとするその時、ミルフィが叫んだ。
「恐れないで、遥の中にある光を信じて!」
遥はステッキを握りしめ、心の中で叫んだ。
「スターダスト・ブレイカー!」
するとステッキが輝き、まばゆい光が魔獣を包み込んだ。
光が収まると魔獣は消えていた。
信じられない。けど現実みたいだ。
「これが、魔法少女の力……」
「そうだよ! じゃあまずは星詠のギルドに行こっか!」
「ほしよみ? なにそれ?」
「この世界では冒険者として登録しないといけないんだよ」
そうして遥は、ミルフィに連れられてギルドの中に入った。
コワい傭兵さんやぶっそうな騎士さんの間をかいくぐり、受付に向かう。
「新規登録ですね。ではこちらに名前と職業を書いてください」
遥は戸惑いながらも「佐倉遥」「魔法少女」と記入した。
「……魔法少女、聞いたことない職ですね。前例がありませんが、登録は可能です。では、初級者ランクでの認定となります」
木札のようなギルドカードを渡された。
これが免許証みたいに身分証にもなるらしい。
「クエストはこの掲示板から選んでね。魔獣討伐は儲かるけど、あなたはこの薬草採取からやってみたらどう?」
「はーい。ところで魔獣って、さっき倒したあれの事?」
「ん? ちょっと待って! あなたもしかして森の主を倒したんですか⁉」
受付さんが驚きの声を上げると、ギルドの中がざわざわと騒がしくなった。
「ぬ、主?」
「ええ。あなたの討伐履歴にサイレンスグリズリーと書いてあります。こいつは町の人が沢山の被害にあっているし、手練れの冒険者でも倒せなかった凶悪な魔獣ですよ。多額の懸賞金がかけられているんだけど、本当にあなた一人で倒したんですか?」
「う、うーん。そうなんだけど、そんなに強かったかなぁ」
「強いなんてもんじゃないですよ! あなたって何者?」
答えに困っていると、真紅の髪と鋭い眼差しを持つ少女が受付にやってきた。
「ちょっと! 私の名前、ちゃんと書いておいてって言ったでしょ!」
その子は遥と同じく魔法少女の衣装をまとっていた。
「えっ……あなたも魔法少女?」
「そうだけど? あんたも?」
少女は振り返り、遥を見つめた。
「う、うん。さっきなったみたいなんだけど、何が何だか分からなくって」
「珍しいわね。あたしは九条レイナ。元の世界じゃ中学三年生だったけど、気づいたらここよ」
ミルフィが説明するには、稀に異世界に召喚される「多重魔法少女転生現象」とのことだった。
レイナはパラレルワールドっていう私の生前にいた世界とは違う世界の住人みたいだけど、意外と魔法少女ってたくさんいるんだなぁ。
「だったら、一緒に行動したほうがいいんじゃないかな?」
遥が提案すると、レイナは腕を組んで考えた末、頷いた。
「ま、ひとりで動くよりはマシね。あんた、ちゃんと戦えるんでしょうね?」
「うぅ。自信ないなぁ」
「森の主を倒したみたいだし、火力としては申し分ないかもね。じゃ、これからよろしく」
こうして、異世界に転生した二人の魔法少女はパーティを結成した。
「そうと決まればクエストの受注ね! さ、強い魔獣を狩りまくるわよー!」
「あ、でも私さっき薬草採取のクエストを受けちゃった」
「はぁ? そんな金にならない依頼捨てちゃいなさいよ!」
「いやでも引き受けたことを途中で投げ出すのは良くないよ。おばあちゃんがいってた」
「あんた意外とまじめね……。まあいいわ。さっさと終わらせちゃいましょう」
レイナは文句を言いながらもついてきてくれた。結構責任感があるというか面倒見がいいみたいだ。
そして薬草採取クエストの途中、二人は森の中で倒れている少女を発見した。
金髪で緩く巻かれた髪、大きなリボンに包まれたドレス姿。見た目はいかにも「お嬢様」って感じなのだが。
「あのー、大丈夫ですか?」
「ううん……ここはどこかしら……?」
起こしてみると、その少女は名を綾小路すみれと名乗り、上品な口調で語りだした。
「わたくし、目を覚ましたら見知らぬ場所にいて、ずっと彷徨っておりましたの……ふわふわしたネコのような方に『使命があります』とだけ言われて……」
ちらっとミルフィの方を見やると、てへへと照れ臭そうに頭を掻いた。
いや、ほめてないんだけど。
どうやら彼女もまた、異世界転生した魔法少女のようだ。
「ここは異世界よ。あんたも魔法少女ならあたしたちについてきなさい」
「はあ、異世界。それはどこの国ですの?」
「国じゃなくて世界! 剣とか魔法とかでモンスターと戦うファンタジーなやつよ!」
「はあ。アフリカやマダガスカルかしら? わたくしプライベートジェットでハワイに向かう途中だったのですけど……」
「だから私たちの元居た世界じゃないんだって。はぁ、この子大丈夫かしら」
すみれののほほんとした感じに、レイナはへきえきとしていた。
「でもこの世界に来たなら冒険者登録しとかないといけないんじゃない?」
「そうね。さっさと薬草採取を切り上げて、ギルドに向かいましょう」
その時、茂みの奥から低いうなり声が聞こえた。
「来るッ!」
レイナが叫ぶと同時に、巨大な狼のような魔獣が飛び出してきた。毛は黒く逆立ち、目は紅蓮に燃えている。
「輝焔の槍!」
レイナの杖から放たれたのは、灼熱の光をまとった巨大な槍。空気が震えるような轟音と共に、燃え上がる槍が魔獣に向かって一直線に飛び、黒い体を貫いた。
「わわ! また魔獣? 森の主ってどれだけいるの⁉」
「あれは森の主じゃなくて森の狩人、グリムウルフだ。強敵だよ、3人とも気を付けて」
グリムウルフは傷を負いながらも走り出し、いまだにのほほんとしているすみれに襲い掛かる。
「あ、危ない!」
「ローズ・ワルツ・シールド」
ピンク色の魔力が渦を巻きながら広がり、まるで舞う花びらが少女たちを優しく包むように、防御の結界を形成する。鋭い爪がそれに触れるたび、花びらの魔力が相手の心を和らげるかのように力をそいでいく。
「ふふ、乱暴なのは、ダメですわよ」
すみれの魔法が放たれると、足元に現れた幻の花が魔獣の意識をかすかに揺るがせた。
「よーし、私も! スターダスト・ブレイカー!」
遥かはステッキを握りしめ、さっきのように心で念じた。ステッキは夜空のように輝き、天に向かって星々の光を集めはじめた。それはまるで宇宙そのものを凝縮したような眩い光球。
光が地上に向けて放たれると、一直線の光柱となって黒牙のグリムウルフに命中。まばゆい爆発とともに、魔獣は光の中に包まれゆっくりとその巨体を崩した。
「すっご! やるじゃない遥! すみれも中々できるわね」
「うふふ。いえいえ、お二人には負けますわ。それにしても遥さんったらとってもお強いんですわね」
「いやぁ、私にも何が何だか。あ、あそこに何か落ちてるよ」
魔獣を浄化したところにあるキラキラとしたものを拾う。
さっき案で普通の雑草だったものが、いつの間にか薬草に代わっている。
「遥の浄化する力で毒を持った草が性質変換されたんだ」
「そうなんだ。魔法って便利だなぁ」
その魔法でできた薬草を採取すると、今までの分と含めてクエストの目標量に達した。
「よし、それじゃあ薬草も集まったし……ギルドに戻りましょ!」
三人は肩を並べて森を後にし、町のギルドへと足を向けた。
受付さんに採取してきた薬草をわたすと、目を丸くして驚いた声を上げた。
「こ、これは『月影の薬草』じゃないですか! どこでこれを?」
「え? グリムウルフだっけ?を倒したら落ちてたんだけど」
「黒牙のグリムウルフまで討伐したって……!?」
「ええ、ちょっと手こずったけど、三人で力を合わせれば何とかなったわ」
レイナが涼しい顔で答えると、受付嬢は目をぱちぱちさせた後、慌てて記録用の羽ペンを走らせ始めた。
「すごい……新人さんだけのパーティなのに、あなたたち只者じゃないわね」
そんなにすごいことなのだろうか。
でも周りの人たちも驚いているようだし、もしかしたらすごいレアアイテムだったのかも。
「あの、それでわたくしの冒険者登録は……?」
「ああそうだった。受付さん、この子の登録をお願いね」
こうしてすみれの冒険者登録を済ませて、職業欄には「魔法少女(支援型)」と記された。
「うふふ、わたくし、戦うのは少々苦手ですけれど、これでおふたりの力になれますわ」
「うん! よろしくね、すみれ!」
こうして、三人目のおっとり系お嬢様魔法少女が加わり、パーティは一層賑やかになった。
強大な敵に立ち向かうために、互いを支え合いながら、少しずつ絆を深めていった。
やがて、世界を脅かす魔王の存在が明らかになった。
「魔王城の場所が判明しました。しかし結界が貼られており、4つの塔に潜む四天王を倒さなければ最上階には辿り着けません」とギルドマスターが言った。
「とうとうこの時が来たようね。二人とも準備はいい?」
「うん!」
「ええ!」
私たちは3人で結託して魔王討伐クエストを受注した。
第一の塔では、溶岩が溢れる火山のフィールドに一人目はいた。
炎を操る戦士型魔族「紅蓮のヴァルゴ」。固そうなゴツゴツとした表皮に覆われ、巨大な斧から灼熱の火炎を放っている。
「来たな、小娘……その小枝のような杖で、俺を止められると思っているのか?」
「舐められたものね。あんたなんかこのあたしがぶっ倒してやるわ」
レイナが進んで前に出た。灼熱の槍を振り回し、どうどうと真正面から打って出る。
「輝焔の槍!」
レイナの得意技がさく裂した。しかしヴァルゴは同じく炎属性の斧で防いでいた。
「ふん。その程度の火力、ぬるすぎて風邪をひくわ!」
巨大な斧が振り回され、レイナが吹き飛ばされた。
「大丈夫⁉ ここは私の魔法で……!」
「待って遥。あなたは魔力を温存しなさい。ここはあたしがなんとかするわ」
ヴァルゴは空中で斧を振り回し、こちらを侮るように言った。
「ガハハ! 何度やっても同じこと! インフェルノクレイブ!」
斧は激しい黒の獄炎をまとい、巨人の一撃が降りかかってきた。
対するレイナが掲げた杖の先に、光の炎が螺旋状に渦を巻いて集中し始める。
「緋閃烈火斬!」
レイナの姿が一瞬消える。
閃光のように鋭い炎と同時に、遅れて光がまぶしく輝く。
レイナの姿を確認できた時には、黒炎をまとったヴァルゴの斧は完膚なきまで粉々に打ち砕かれていた。
「バカな、これほどの力が……こんな小娘ごときに……⁉」
ヴァルゴは叫びながら崩れ落ちた。
光速を超える槍の一撃が、溶岩に耐える強固な皮膚を持つヴァルゴの肉体を一閃したのだ。
「すごいすごい! やったねレイナ!」
「このくらい当然よ! それより、こういう場合最初に出て来る奴が一番弱いんだから。あんたはなるべく魔法を使わないこと」
「え、でも任せきりになるのは二人に悪いし……」
「あんたが一番強いから言ってんのよ! 雑魚戦はあたしとすみれに任せときなさい!」
ドンと胸を小突かれた。
本当は魔力をたくさん消耗してつらいはずなのに、とっても頼りになる子だ。
でもその優しさは、同時に危うさも感じさせた。
続いて第二の塔は、黒い靄が渦巻く怪し気なフィールド。
2人目に現れたのは、妖魔「幻影のミラリス」。
「おほほほほ! 一緒に踊りましょう! ファントムダンス!」
その魔法は無数の幻を生み出し、遥たちを取り囲んだ。
「どれが本物なの!? わからない! だったら私の魔法で一気に!」
すみれが静かに微笑む。
「わたくしにお任せあそばせ――マインドフローラル!」
バラの花びらの形をした魔力の断片が、薄暗いフィールド全体を包み込んだ。
すると、敵の分身たちが薄れていき、透明にならないものが一人だけ残った。
「ナイスすみれ! 緋閃烈火斬!」
閃光の炎がミラリスの体を貫いた。
「ガフッ! こんな、簡単に……! おのれえええええええ!」
しかしミラリスが狂ったように暴れ出し、黒い魔力がその体にたまっていく。
「まずい! ローズ・ワルツ・シールド!」
すみれが花びらの盾で遥たちを守る。しかし溢れてくる暴走する魔力が花びらの隙間を漏れ出て襲い掛かって来る。
「さ、せるかぁぁぁぁ!」
レイナが黒い魔力をかき分け、魔法の槍をミラリスに突き刺した。
「ギャアアアアアアアアアアアア‼」
断末魔の叫びをあげてミラリスは消滅した。
これで魔力の暴発は防げたが、突っ込んでいったレイナが大けがを負っている。
「全く、無茶しすぎですわ」
すみれが回復魔法をかけるが、レイナの体は回復しきっていない。
蓄積された呪いのダメージが体に残っているのだ。
「レイナ、もう無理しないで。次からは私も戦うから」
「ダメ。あんたは魔王と戦わないといけないんだから、次も休んでなさい」
「レイナ……」
第三の塔、周囲がゆがんだ空間の中に、いびつな時計が無数に浮かんでいる。
三人目は機械魔女「クロノ・マリス」。
「一瞬で決めてやるわ! 緋閃烈火斬!」
レイナの姿が消える。炎の一閃が瞬く。
しかしその攻撃はマリスの体にあたる直前に、消えていた。
「な! 私の攻撃が当たってない⁉」
「クロニクル・アフター。あなたたちの攻撃は、時を越えられない」
ミルフィが言うには時空の歪みを作って攻撃を未来に送る魔法のようだ。
かなりの強敵だ。やっぱり私が行くしか。
「すっこんでなさい! こいつもあたしが、倒す!」
レイナは地面に剣を突き立て、叫ぶ。
「時裂剣・絶刻!」
時間の流れを断ち切る禁呪剣技。
マリスの時間制御が止まて、袈裟切りに斬撃が魔女の体に刻まれる。
「ぐっ!」
「うおおおおおおお! 輝焔の槍!」
灼熱の光をまとった巨大な槍が、マリスの額を貫いた。
周囲に浮かんだ時計の針が、一斉にピタリと止まって、機械魔女は絶命する。
「ぜえ、ぜえ。……たはああ、疲れたぁ!」
ばったりとレイナがあおむけに地面に倒れる。
すみれが回復魔法をかけようとするも、それを手で制する。
「あたしはもう魔力がすっからかんよ。あんたの魔法は最後の4人目に取っておきなさい」
「ですがそれでは、レイナさんが無防備に……」
「いいのよ! これが最善策なんだから、あんたたちは先に行きなさい!」
レイナがそう言ったが、私はその手を掴んで抱き起こした。
「何言ってんの? ほら、一緒に行くよ」
「はぁ? 何言って、ちょっとすみれも回復魔法をかけないでよ!」
「あらら、つい手が勝手に」
すみれがニコニコとほほ笑む。
納得できていなそうなレイナに私は言った。
「私たちは3人でパーティの魔法少女なんだよ。だから誰かをおいて先に行くとか、絶対あり得ないから」
「遥……もう、バカなんだから!」
そういうレイナの頬は少し赤みを帯びていて、ちょっとだけ嬉しそうだった。
対してすみれはいつものほほんとしていた表情をこわばらせ、覚悟を決めたような顔つきをしていた。
そして第四の塔、墓石や十字架がまばらに生えた、市の雰囲気が漂う空間。
4人目、「墓守のセリオス」が鎮座していた。
「子供だけでよくぞここまで来たものだ。だが、これまでだ。ナイトメア・オブ・ザ・リビングデッド」
セリオスが魔法を唱えると、墓の下の地面から次々に人の骨がはい出てきた。
その骸骨はそれぞれ強固な鎧や強力な武器を手に、空洞の瞳でこちらをにらんでいる。
「こいつら、一人一人がSクラスの武器を持ってる!」
「左様。この者たちはかつて魔王様に挑んできた愚かなる勇者どもの亡骸。貴様らがいかに強かろうと、この数にはかなうまい」
じりじりと勇者の亡骸たちが迫って来る。
「こればっかりは本当に無理だよ! 私がどうにか!」
「お待ちください」
そう言ってすみれが瞳を閉じ、静かに祈るように詠唱する。
「命満ちる調べよ、咲き誇れ――エーデルワイス・グレース」
死者に祝福を与える最強の白魔術。その魔法が唱えられた時、純白の花が舞い、アンデッドたちに浄化の旋律が降り注いだ。
魔法の花びらが当たったアンデッドから、魂が抜け落ち、次々と安らかな笑顔で消えていく。
「な、バカな! 私の魔法を破るだと!」
「遥さんの魔法には及びませんが、わたくしだって魔法少女ですから。死人くらい浄化して見せますわ」
そしてすみれが疲れ切っているはずなのに、振り絞ったように笑顔を向けた。
「わたくしの魔法に攻撃魔法はありません。遥さん、申し訳ありませんが、最小限の力をお借りします」
その決死の覚悟を胸に、遥はステッキを構えた。
「すみれの思い、受け取ったよ。スターダスト・ブレイカー!」
魔力を最小限に抑え、魔法を発動する。
その光はセリオスの体を包み込み、強制的に浄化させて消滅させた。
「あ、ああ。この暖かな光、ふつくしい……」
眼から涙をこぼしながら、最後の四天王は息を引き取った。
そうして遥たちは、ついに魔王の間の扉を開いた。
「……待っていたわ、魔法少女たち」
そこにいたのは、漆黒のドレスに身を包み、漆黒のステッキを持つ一人の少女。
「あなた……まさか」
その姿は明らかに、魔法少女のそれだった。
「私は“闇の魔法少女”アリシア。かつて世界を救おうとして……闇に呑まれた存在よ」
遥の胸が騒いだ。彼女の瞳の奥に、自分と同じ「痛み」が見える。
「私たちと同じ……でも、どうして魔王に?」
「わたしはかつて、この世界を救おうとした。だけど……世界はわたしを拒絶したの」
遥は目を見開く。
「あなたも……転生者?」
アリシアは微笑む。
「そうよ。あなたたちと同じ、希望を背負った存在だった……でも、光を求めすぎた私は、闇に呑まれた」
アリシアがステッキを掲げると、黒い稲妻が空間を引き裂く。
「深淵ノ断罪!」
闇の奔流が三人に襲いかかる。その威力は四天王を凌駕していた。
「スターダスト・シールド!」
遥の魔法の盾が攻撃を防いだ。
これまで温存していたから、魔力は万端だ。
「これほどの力を防ぐなんて、さすがですわね。わたくしでは力不足で押し負けていましたわ」
攻撃を防ぎ切り、遥はステッキを魔王アリシアに向けた。
「スターダスト・ブレイカー!」
必殺の魔法を最大出力で放つ。
しかし魔王は微笑みを崩さなかった。
「虚無ノ抱擁」
漆黒の光が魔法の光ごと空間を飲み込み、存在そのものを消し去るような感覚が周囲に広がる。触れたものは形を失い、音さえも吸い込まれていく。
「わわわ! このままじゃ、世界が闇に包まれちゃうよ!」
ミルフィが焦りの声を上げた。
私の魔法にこれ以上の強力な呪文は無い。
でも私たちにはまだ魔法少女の最後の力が残されている。
「レイナ、すみれ、みんなの思いを、光を……束ねる!」
遥かがステッキを天にかざす。レイナとすみれもうなづいて杖を重ねた。
三人の魔力が一つに融合し、遥のステッキが純白に輝く。
「星華融合・エターナルプリズム‼」
魔法少女において最大の必殺技は、合体技だ。
友達との結束の力で一つの力を何倍にも増幅させることができる。
白銀の光がアリシアの闇を切り裂き、彼女の心の苦しみに優しく触れた。
「きゃあああああ!」
浄化の光を浴びて崩れ落ちたアリシアを、遥は抱きしめた。
「大丈夫、私たちが一緒にいるから」
「……あたたかい」
闇の魔力を聖なる光が浄化し、アリシアの瞳から涙がこぼれ落ちる。
こうして世界は救われた、かに思えた。
「ふふふ。遥、一緒に来て。混沌世界」
その魔法が唱えられた時、遥の体を闇が包んだ。
「そんな!」
「遥!」
レイナとすみれを置き去りに、遥とアリシアは異世界から消滅した。
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「うーん、ここは……?」
気づけばそこは緑や灰色、オレンジなどのいろいろな色のもやもやとした何かがまぜこぜになったような空間が広がっていた。
「わたしが負けたのはこれが初めてよ。遥、あなたは強いわね」
その空間にアリシアは一人ぽつりと浮かんでいた。
「ここは生と死のはざま。現世から異世界に送られる前段階の場所よ」
「えっと、つまりどういうこと? 元の世界に帰れるの?」
遥がそう聞くと、アリシアはほほ笑んで頷いた。
「ええ。元の世界に帰れるわ。その逆に帰らないことも出来る」
「そうなんだ。じゃあ一緒に帰る?」
「いいえ。わたしは帰らない。あなたも帰らない方がいいわよ」
アリシアがそう言うと遥たちの目の前に映像が移された。
それは病院のようなところで、遥が沢山の管につながれて、かろうじて生きているものだった。
「これ、私……?」
「そう。これはあなたが奇跡的に生きていた場合の世界線。生き返るとしたらこの世界を選ぶことになるけど、その場合あなたは事故の後遺症で重い障害を持って生きる可能性があるわ」
考えてみれば確かにそういうことになるのか。改めて聞くと途端に怖気づいてしまう。
でも世界が救われるのならそうした方がいいのかもしれない。
「でもね、こっちの世界も選べるわよ」
アリシアがそう言うと映像が二つ写された。
一つは遥の仏壇が置かれ、その前に座っている、父や母、学校の友達が泣いている世界。
もう一つは、レイナとすみれが必死になって遥を探している異世界。
「あなたが死んだ平行世界を選択すれば、あなたは異世界にいられるわ。ずっと友達と一られるし、友達とも一緒にいられる。すごくいいでしょう」
「それは、どっちかしか選べないの?」
「あなたの魂は一つなんだから、一つしか無理よ」
「そうかぁ……。もし私が異世界にいることを選んだらあなたはどうなるの?」
「わたしは時間を巻き戻してもう一度異世界に転生するわ。次は魔王になるのもいいし、勇者になってもいい。あなたたちと魔法少女として一緒に戦うのも悪くないかもね」
「あなたは元の世界に戻らないの?」
「……別に、いい」
すると、目の前にもう一個の映像が流れた。
アリシアと同じ顔をした女の子が、複数の女子にいじめられている。
「現実なんて最悪よ。死んだほうがましだわ」
「そっか……」
アリシアは異世界に拒絶されたのではなかった。元居た世界に拒絶されていたのだ。
いや、ひょとしたら彼女にとっては元の世界が異世界で、私にとっての異世界が彼女にとっての本当の世界なのかもしれない。
「私が元の世界を選んだらあなたはどうなるの?」
「……あなたは元の世界でトラックにひかれたわ。唯一生き残れたこの世界線でも数日間意識が目覚めていない。もし脳に何らかの障害が残っていたとしたら」
「私のことはどうでもいいよ。あなたはどうなるのって私は言ってるんだ」
「……お願い。異世界を選んで」
アリシアは目に涙を浮かべて、不安そうな顔で私に懇願した。
「私が元の世界に戻ったら、あなたも元の世界に戻っちゃうんだね」
「お願い。あなたも楽しかったでしょう。レイナやすみれみたいな友達もできて、魔法少女になれてうれしかったでしょう?」
「……そうだね。すごく楽しかった」
手に汗握る冒険。かけがえのない友達。楽しかった日々。
どれも手放すには惜しい、大切な宝物のような記憶だ。
遥はアリシアの手をつないだ。
「一緒に帰ろう。元の世界に」
「なんで⁉ どうして⁉ 現実なんて苦しいだけなのに」
確かに遥かに待ち受ける現実は苦しいものなのかもしれない。
過酷な未来が待っているのかもしれない。
でも、遥には元の世界に帰らなければならない理由があった。
「魔法少女は困っている人を放っておけないんだ」
アリシアを、現実世界で困っている人を見捨てるわけにはいかない 。
見て見ぬふりをするなんて、そんなの魔法少女のやる事じゃない。
「や、やめて!」
「さ、一緒に帰ろ」
大丈夫。コワくない。
魔法少女でいる限り、女の子は無敵なのだから。
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ぱちり、と目が覚める。
ムクッと起き上がると、近くにいた母親が歓喜の声を上げた。
「遥ぁ! よかったぁ!」
ゆすられながら遥は、自分の足が動かないことに気づいていた。
それから車いす生活となり、長いリハビリ生活にいそしんでいるときの事だった。
黒髪ショートで眼鏡をかけた地味目の女の子が、こちらをジトッとした目で見ている。
「あなた、もしかしてアリシア?」
「そうだよ。あなたのせいで、現実に戻る羽目になったアリシア」
彼女の名前は有田紫杏。頭文字を二つずつ取ってつけた名前みたいだ。
よく見ると魔王アリシアと同じ顔をしている。
そしてその額と右腕には包帯が巻かれていた。
「それ、いじめっ子にやられたの?」
「違う。わたしがつけた傷」
「そっか……」
アリシア改め、紫杏は仏頂面で言った。
「で、あなたはどう責任を取ってくれるの」
「うーん。まずは友達からかな」
遥が手を差し出すと、紫杏はプイっと顔をそむけた。
まだまだ仲良くなるには時間はかかりそうだ。
そんな中、病室のテレビに臨時ニュースが流れた。
突如町中に巨大な獣が出現して、次々に人々を襲っている。
「これって……」
「魔獣?」
2人してテレビにくぎ付けになっていると、ドンドンと窓が叩かれた。
そちらの方を見やると、よく見た懐かしい顔が二つ。
燃えるように明るく活発な魔法少女レイナ。
おっとりとしたお嬢様魔法少女すみれ。
「何しけた顔してんだよ、遥」
「ふふふ。お行儀が悪いですが、ごめんあそばせ」
2人が窓の外から入ってきた。私は驚きの余り大声を上げてしまった。
「レイナ! すみれ! どうしてここに⁉」
「時空がゆがんで異世界と現実がつながっちまったんだ。ったく、魔王を倒したってのに、次から次へと」
「ま、そのおかげであなたを見つけ出せたのですけどね。あれから必死に探し回ったのですわよ?」
「二人とも……。でも、私もう魔法少女にはなれないよ」
すると、ぴょんっとかわいらしい猫型マスコット、ミルフィが飛び出てきた。
「安心して! 遥の杖はここにあるよ!」
手渡された星形のステッキ。
久しぶりに持ったはずのそれは、じんわりと手になじんだ。
「よーし、それじゃ魔獣退治に~ってちょっと待って。紫杏はどうする?」
「どうするって、わたしは別に……」
「実はもう一本ステッキがあるんだ」
ミルフィが半ば押し付ける形で、紫杏に杖を握らせる。
「ちょ、ちょっと。わたしはやるって一言も!」
「大丈夫だよ! あなたの中にある光を信じて!」
ミルフィがかけてくれた言葉を、今度は遥がかけてあげる。
「でも、わたしはあなたたちに……」
「グジグジ言う前に早くしてくれない? 戦力は多い方がいいんですけど?」
「うふふ。悪役が味方になるのも、魔法少女の醍醐味ですわ」
2人も認めてくれているようだ。
紫杏は迷いながらもうなづいて、ステッキを掲げて魔法少女に変身した。
「よーし、行くよみんな!」
遥の姿が変わると、元気よく車いすから立ち上がり、窓の外に飛び立った。
他の3人と1匹も一斉に飛び出す。
魔法少女は一人じゃない。
どこにいても、どんな世界でも。