第5話『約束の地へ』
朝の光が、薄く差し込んでいた。
ユウトは、静かにベッドに近づき、ミナの寝顔を見下ろす。
安らかな寝息。
小さな身体は、まだ本調子ではない。
そっと、毛布をかけ直す。
(……絶対に、守る)
ミナに心配をかけたくない。
だから、今日も何も言わない。
普通通り、学校に行くふりをして、家を出た。
◆ ◆ ◆
団地の入り口で、リカが待っていた。
黒髪ロング。
制服の上に羽織った赤いスカジャン。
帽子を深く被り、表情はよく見えない。
「おはよう、如月くん」
「……おはようございます」
二人は、並んで歩き始めた。
目的地は、シェルター第七支部。
「ミナちゃんのことは、安心して」
不意に、リカが言った。
ユウトは足を止める。
「君が家を出たあと、シェルターの人が警護に入ってる。
できるだけ、本人には悟られないように」
ユウトは、驚きと、ほっとしたような顔をした。
「……ありがとうございます」
リカは、帽子の影で微笑んだ。
「ミナちゃんも、大切な存在だからね。君にとっても、私たちにとっても」
◆ ◆ ◆
街の雑踏を抜け、二人は地下鉄へ向かう。
移動中、リカが小さく呟いた。
「……異能者にとって、生きるって簡単なことじゃないんだよ」
「……?」
「異能を持つ者は、社会からは恐れられ、忌み嫌われる。
同時に、異能者同士でも争いが絶えない」
電車の窓に映るリカの横顔は、どこか寂しげだった。
「君がこれから向き合うのは、力だけじゃない。
人の心の闇――それも、だよ」
ユウトは、黙って前を向いた。
◆ ◆ ◆
たどり着いたのは、普通の雑居ビル。
外観はごく普通の、年季の入った建物。
リカは、何気ない仕草でドアを開けた。
「ようこそ、シェルターへ」
中に入ると、そこは別世界だった。
壁には無数のモニターと通信機器。
奥には訓練施設らしきスペースも見える。
異能保持者たちが行き交い、それぞれの任務や訓練に励んでいた。
ざわざわとした空気の中、
ユウトが入ってきた瞬間、いくつかの視線が集中する。
「新人?」
「……あれ、断片持ちって聞いたけど」
「しかも、固有能力未開花?」
小声で囁きあう声が耳に入る。
リカは、そんな周囲を気にせず、ユウトを案内した。
「大丈夫。君は君のままでいい」
その言葉に、ユウトは少しだけ肩の力を抜いた。
◆ ◆ ◆
案内がひと段落したころ、リカはふと呟いた。
「ねえ、如月くん」
「はい」
「“赤い雨”って、知ってる?」
ユウトは、一瞬だけ眉をひそめた。
記憶の奥に、赤く染まった空と、耳をつんざく叫び声――
そんなぼんやりとした映像が浮かぶ。
「……なんとなく。昔、何かあった気がする」
「そっか.....」
リカは、それ以上は何も言わなかった。
ただ、帽子の影で、目を細めるだけだった。
◆ ◆ ◆
夜。
シェルター本部の一室。
リカは、机の上に置かれた書類を見つめていた。
その中には、如月ユウトのプロフィール。
【特例対象:断片保持者】
【固有能力未覚醒】
【危険度:不明】
リカは、そっと書類に手を置いた。
「君は、きっと――」
その先の言葉は、誰にも聞こえなかった。




