第50話『静かなる帰還』
──路地裏に、静寂が戻っていた。
影使いを倒した後も、ユウトはミナを背に、必死に立ち続けていた。
しかし。
緊張の糸が切れた瞬間──
その身体がふらりと揺れる。
「──お兄ちゃん!?」
ミナの叫びも届かぬうちに、
ユウトは崩れるように、その場に倒れた。
ミナは慌てて駆け寄り、地面に伏せたユウトに覆いかぶさる。
「だ、だめっ……お兄ちゃんに近づかないで!」
震える声。
小さな身体で、必死に兄を守ろうとする。
レイコはそんなミナを、無言で見下ろしていた。
しばしの沈黙の後、
彼女はふう、と短く息を吐く。
「心配するな」
低く、しかし冷たさのない声だった。
「私は……ユウトの知り合いだ」
ミナがびくりと肩を震わせる。
それでも、怯えながらレイコを睨んでいる。
レイコは、ゆっくりと手を広げ、敵意がないことを示した。
「助けに来ただけだ。……信用しろとは言わない」
その声音には、軍人らしい冷静な重みがあった。
ミナは震える手でユウトのシャツを握りしめたまま、
しばらく黙っていたが、小さく頷いた。
◇ ◇ ◇
レイコは風を操る。
まず、ミナとユウトを包み込むように持ち上げた。
そして──倒れたままの影使いも、風で拘束し、無造作に持ち上げる。
ミナには丁寧に、影使いには必要最低限の力加減。
その差は歴然だった。
レイコは無言で、三人を宙に浮かばせ、
ビル群を越え、一直線に空を飛んだ。
──向かう先は、第七支部。
◇ ◇ ◇
シェルター第七支部、医療フロア。
ガシャン、と自動ドアが開く。
レイコはミナとユウトをゆっくりと降ろし、
影使いはそのまま、拘束班のスタッフに引き渡した。
「こいつは捕虜だ。すぐに尋問へ回せ」
手短に指示を出す。
ミナは、ユウトの隣から離れようとしなかった。
レイコはそれを咎めることもなく、
医療班にだけ冷静に告げた。
「──至急、処置を。意識はないが、命に別状はない」
医療班が迅速に動き出す。
ユウトはストレッチャーに乗せられ、ミナはぴたりと付き添う。
◇ ◇ ◇
──数分後。
タケル、リカ、セイ、シュン、ハルたちが医療フロアに駆け込んできた。
「ユウトはどこだ!」
タケルがスタッフに声を荒げる。
案内された先には、
ベッドで静かに眠るユウトと、その隣で心配そうに座るミナの姿があった。
リカが、驚いたように眉をひそめる。
「……ミナ? どうしてここに?」
ミナは俯き、ユウトの手を握り締めたまま答えられない。
そんな中。
無言で立っていたレイコが、一歩、前に出た。
「──真堂レイコだ」
短く、はっきりと名乗る。
五人の視線が、レイコに集中する。
レイコは、軍人らしい冷静な口調で続けた。
「ユウトは、街で異能者に襲われた。私が救った」
タケルが険しい表情になる。
「誰だ、紅眼か?」
レイコは首を横に振った。
「違う。不律の一人。影を操る異能者だった」
緊張が走る。
不律──。
その名を聞いて、誰もが表情を引き締めた。
「ユウトは、妹を守りながら、限界まで戦った」
レイコの声に、僅かな感情が滲む。
それは、彼女なりの最大限の評価だった。
室内に、重い沈黙が落ちた。
みんなの視線が、ベッドに眠るユウトに集まる。
──守ったんだ。
命を賭して。




