第49話『風』
──迫りくる、黒い奔流。
影使いの男が唇を歪め、両手を掲げる。
無数の影が波のように膨れ、ユウトとミナを飲み込まんとしていた。
ユウトは、ミナを背にかばいながら、
震える脚で、ただ立ち続けていた。
衝撃波の防壁は、すでに限界だ。
呼吸が乱れ、視界が揺らぐ。
それでも、ミナだけは、絶対に守る。
──その一心だけで。
だが。
影の津波が、容赦なく迫る。
ミナは震えながら、必死にユウトの背中にしがみついていた。
──その時だった。
突風が吹き抜けた。
黒い奔流が、空中で真っ二つに切り裂かれる。
「なっ──!」
影使いが驚愕の声を漏らすより早く、
一陣の風が路地裏を駆け抜けた。
その中心に、ひとりの女の姿。
銀色の髪。
黒い戦闘服。
──真堂レイコ。
彼女は無言のまま、影使いとユウトの間に立ちはだかっていた。
「……チッ」
影使いは舌打ちし、さらに影を操る。
鋭い槍、無数の刃、黒い鎖。
だが。
レイコは一歩も動かない。
次の瞬間、彼女の周囲に微細な風が螺旋を描いた。
見えない刃となった風が、影を次々と切り裂き、消し飛ばしていく。
「────ッ!」
影使いが後退する。
レイコは、一歩、踏み込んだ。
その動きは、無駄がなかった。
足元の風が膨れ、鋭く吹き上がる。
一瞬のうちに、
影使いの身体を、地面へ叩きつけた。
ゴンッ、と鈍い音が響き、男は呻き声を上げる。
地面にめり込んだまま、動けない。
レイコは冷たく言い放った。
「──無駄だ」
そして、動かぬ影使いを一瞥すると、興味を失ったかのように視線を外した。
◇ ◇ ◇
ユウトは、地面に膝をつきながら、
ミナを庇い続けていた。
レイコは静かに、ユウトの方へと歩み寄る。
その銀色の瞳に、微かな光を宿して。
「……ふむ」
短く、評価するように呟いた。
「見どころはあるな」
ユウトは顔を上げ、
目の前に立つ女の姿を見つめた。
その瞳には、ただ強い意志だけが映っていた。
ミナもまた、ユウトの背中にしがみつきながら、
驚きと安堵が入り混じった目で、レイコを見上げていた。
──静寂。
戦いは一瞬だった。




