第4話『目覚めの理由』
夜の静寂が、団地を包んでいた。
ユウトは、ミナの寝顔を確認してから、リビングの床に腰を下ろしていた。
制服は泥だらけ。
身体は、未だにじんわりと痛みを訴えている。
けれど、胸の奥では、
小さな火が確かに灯っていた。
(あれが……俺の力……なのか)
呼吸を整えようとしたとき――
ピンポーン。
インターホンの音に、ユウトは立ち上がる。
モニターに映ったのは、長い黒髪の少女――東雲リカだった。
◆ ◆ ◆
「無事だったみたいだね、如月くん」
そう言ってリカは、そっと家に入った。
ミナの様子を確認してから、ソファに腰を下ろす。
「東雲さん……」
「まずは、無事でよかった。ほんとに」
リカは、安心したように微笑んだあと、真剣な顔に戻った。
「本題、話してもいい?」
ユウトは小さく頷いた。
「君が使ったあの力。
あれは“断片”って呼ばれてる異能の一種だよ」
ユウトは黙って続きを促す。
「断片はね、ただの異能じゃない。
感情を極限まで燃やして、力に変える……特別な異能媒体」
リカは、そっと表情を曇らせた。
「普通の異能者――つまり“固有能力”を持つ人たちは、感情を燃料にはしてない。
彼らは、自分の内側に目覚めた力を普通に使ってるだけ」
「……普通の異能者は、感情を消費しない?」
「うん。消耗はするけど、心そのものが削れるわけじゃない。
でも――断片を使うと、違う。
力を引き出すたびに、精神が壊れていくリスクがあるんだ」
リカは、ユウトを真っ直ぐに見た。
「しかも……」
一瞬、言葉を選ぶように沈黙する。
「固有能力をまだ開花させてないのに、断片だけが発動してるケースなんて――
私は、見たことがない」
ユウトは、思わず息を呑んだ。
「本来、断片を発動できるのは、固有能力を完全に制御できるようになった後。
つまり、“本物の異能者”だけなんだよ」
リカの声には、かすかな震えがあった。
「君は、異常だよ。如月くん。
……でも、それはきっと、奇跡でもある」
◆ ◆ ◆
しばらくの沈黙のあと、リカは話を続けた。
「そして、君みたいな特別な存在を、狙ってる連中がいる」
ユウトは顔を上げる。
リカは、静かに世界の闇を告げた。
「力で支配する【紅眼】。
世界を情報で制御しようとする【黒環】。
異能を自由に解き放とうとする【不律】。
正義を騙り異能を管理する【白庭】。
異能を兵器に変えようとする【黒鋼】。
異能そのものを滅ぼそうとする【焔輪】――」
淡々と語られるその名前たちが、
ユウトの中に静かに重く沈んでいく。
「君がこれから向き合うのは、単なる敵じゃない。
世界の在り方そのものなんだ」
◆ ◆ ◆
思い出す。
重力に押し潰されかけたとき。
それでも、ただ一つだけ、立ち上がらせたもの。
(ミナを、守るために――)
身体はまだ軋む。
心もまだ揺れている。
けれど、迷いはなかった。
「俺は……守りたいもののために、この力を使う」
ユウトは、まっすぐに答えた。
リカは、ふっと微笑んだ。
「うん。それでいい」
彼女は、ポケットから小さなカードを取り出した。
「よかったら、シェルター第七支部に来ない?
君みたいな子を守るために、あそこはあるんだ」
ユウトは、そのカードを受け取り、しばらく見つめた。
そこには、小さな文字で、こう記されていた。
【SHELTER:保護者登録申請書】
「……少し、考えさせてください」
「うん。焦らなくていいよ」
リカは立ち上がり、玄関に向かう。
その背中に、ユウトはふと声をかけた。
「東雲さん」
「なに?」
「……ありがとう」
リカは振り返らずに、そっと笑った。




