第44話『静かな時間』
モールの奥、少し人通りの少ないエリア。
ユウトとリカは、静かに並んで歩いていた。
カジュアルな洋服店の前で、リカが足を止める。
「……これ、どうかな」
リカが手に取ったのは、落ち着いた色合いのカットソーだった。
ユウトはちらりとそれを見て、
小さく頷く。
「似合うと思う」
リカは無表情のまま、
でもほんの少しだけ目を細めた。
「……そっか」
カットソーを棚に戻して、また静かに歩き出す。
──やがて。
モールの隅に置かれた、
小さな休憩スペースにたどり着いた。
ベンチに腰掛けたリカが、
ふと、ぽつりと呟く。
「……ねぇ。あなた、覚えてる?」
ユウトは顔を向けず、
ただリカの声だけを聞いた。
「五年前の、赤い雨のこと」
──その言葉に、
ユウトの胸の奥が、微かにざわめいた。
しばらく、沈黙。
ユウトは静かに目を伏せた。
「……赤い空、血みたいな雨。
壊れていく町……叫び声.....消えた両親」
絞り出すような声だった。
「ミナを……必死に抱きしめてた。
誰にも、触れさせたくなかった」
拳を、そっと握りしめる。
リカはユウトを見つめた。
「私も、あの日……
暴走した人たちに囲まれて、絶望しかけた」
リカの瞳は、どこまでも静かだった。
「でも、突然──
あたたかいものが広がった」
リカは目を伏せたまま、言葉を続ける。
「頭の中の混乱が、すっと消えて……
涙が止まって、正気を取り戻せた」
ユウトはじっと聞いていた。
「その中心に、誰かがいた。
小さな背中だった。……たぶん」
リカが、小さく笑う。
「あなた、だったんだろうね」
ユウトは答えなかった。
けれど、胸の奥で、
何かが確かに熱を帯びた。
「……怖かったんだ。何もできなくて。
でも、ミナだけは守りたかった」
ユウトの声は震えていた。
リカは静かに首を振った。
「守れてたよ」
ぽつりと、言った。
「私も……多分、あなたに、助けられた」
また、しばらく沈黙が流れる。
やがて、リカが立ち上がった。
「……もっと、ちゃんと知りたいな。あなたのこと」
振り返らず、
リカは先に歩き出す。
ユウトは、一拍遅れて、
静かにその背中を追いかけた。
──静かな時間が、
少しずつ、過去と今を繋ぎ始めていた。




