第2話『招かれざる訪問者』
視界に、白い天井が広がっていた。
眩しさはない。けれど、どこか無機質な明るさだった。
(……ここは……)
ぼんやりとした意識が、じわじわと戻ってくる。
シーツの感触、掛け布団の重み。
ただ、病院にしては静かすぎる。
「やっと、目が覚めた?」
声がした。
振り向くと、長い黒髪を後ろで束ねた少女――東雲リカが、ソファに座ってこちらを見ていた。
缶ジュースを手にしながら、軽く微笑んでいる。
「ここは、“シェルター”って呼んでる場所。
君みたいな子を保護するための、ちょっとした秘密基地みたいなもの、かな」
「……東雲さん」
ユウトは自然にそう呼んだ。
名前は知っているが、まだ距離は遠い。
屋上で交わした短い会話だけが、記憶に残っていた。
◆ ◆ ◆
シェルター――外から見ると、ごく普通の一軒家だった。
だが、内部は異様だった。
壁の角にはいくつもの監視カメラ。
玄関や窓には電子ロック。
裏手には、目立たない非常階段と隠し通路。
表向きは民家。
だが、実態は異能者たちの“避難所”として密かに整備された施設。
「普通に見えるけど、中は結構ゴツいんだよね」
「外から来た人にはバレないようにしてあるから、チャイムもドアもわざと普通の作り」
リカ――東雲は、少し冗談っぽく肩をすくめた。
「でも、来てほしくない人が来たら、チャイムの鳴らし方でだいたいわかるんだ」
◆ ◆ ◆
しばらくして、ユウトはベッドから身体を起こし、冷たい水を手渡された。
飲みながら、静かに呟く。
「……やっぱり、俺には普通じゃない何かがあったんだな」
子供の頃。
あの赤い夜。
あの日、自分の中から何かが噴き出した記憶がある。
だから、ずっと感情を抑えて生きてきた。
「でも、それが何なのか、ちゃんとは……知らなかった」
リカは、優しく頷いた。
「無理もないよ。
誰も、そんなの教えてくれないもんね」
そして、少しだけ表情を引き締める。
「君の中にある力は、“断片”って呼ばれてる。
感情をきっかけに発動する、ちょっとだけ特別な異能だよ」
「……断片」
ユウトは、その言葉を噛み締めるように繰り返した。
「怒り、悲しみ、恐怖、希望……。
強い感情が湧き上がったときにだけ、反応するの」
「でもね――」
リカは、少しだけ視線を落とす。
「力を使うたびに、心も身体も、少しずつ削られていくんだ。
だから、無理しちゃダメだよ」
言葉の端に、確かな優しさが滲んでいた。
ユウトは静かに目を伏せる。
昨日、自分が感じた虚脱感と、震え。
それはただの疲れではなかった。
(これが、“代償”……)
「けどね、ちゃんと向き合えれば、断片は君の力になる。
抑え込むんじゃなくて、受け止めること。
それが、これからの君に必要なこと、だと思う」
リカの声は、優しく、けれど真剣だった。
◆ ◆ ◆
数十分後、ユウトは立ち上がれる程度には回復していた。
ソファの上には、保冷バッグと薬袋。
リカが拾い、冷蔵保存してくれていたらしい。
「……助かりました、東雲さん」
「ううん、気にしないで。
薬、大事なんでしょ?」
彼女は、ニコッと笑った。
そのとき――
ピンポーン……ピンポーン……ピンポーン……
玄関のチャイムが、執拗に鳴り続けた。
「……来た、かも」
リカはすぐに立ち上がり、モニターを見る。
画面には、黒いローブと仮面の人物が映っていた。
「“紅眼”だね。間違いない」
彼女の声が、わずかに低くなる。
「君を追ってきたんだよ。断片を持つ君を」
素早く、非常階段へのルートを指し示すリカ。
「裏から逃げて。まだ間に合うから」
ユウトは、保冷バッグを強く握った。
ミナの顔が、脳裏に浮かぶ。
(絶対に……届ける)
「……ありがとう、東雲さん」
短く礼を言い、ユウトは非常階段へと走った。
◆ ◆ ◆
逃げる背中を見送りながら、リカは小さく呟いた。
「……ほんと、無茶ばっかり」
でも、そんな言葉の奥には――ほんの少し、嬉しそうな響きがあった。
「きっと、大丈夫。君なら」




