第9話『牙を剥く紅眼』
静かな路地の奥――
揺れる黒い影が、じわりと近づいてくる。
1人はフードを深く被り、長身で腕が妙に長い。
もう1人はゴーグルをつけ、無言で足を踏み鳴らすように歩いている。
リカが帽子を少し上げて言った。
「紅眼、確定」
ユウトが言葉を飲み込んだその瞬間、
タケルが前へ出る。
「来やがったか、噂の“異能狩り”」
リカがすぐに状況を読み取る。
「後衛のやつ、オーラが揺れてる。遠距離型。
もう1人は……突進してくる。ガチの前衛」
「了解――いつも通り頼むぜ、リカ」
◆ ◆ ◆
「その異能者、引き渡せ」
ゴーグルの男が、無機質な声で言った。
「拒否すれば、排除する」
タケルは、少年の前に立った。
「悪いが、そいつは俺らの仲間だ。
連れてくってんなら――熱くなるぜ?」
次の瞬間、ゴーグルの男が地面を踏み鳴らし、一直線に突進。
「ユウト、下がってろ!」
タケルの体が、一気に熱を帯びる。
空気が歪み、蒸気が立ち上る。
体温の急上昇――〈鉄火〉、発動。
「おらっ……! 一発、あっついのいくぞ!!」
周囲の金属フェンスに手を触れる。
バチバチッ――!!
一瞬で赤熱化した鉄パイプを引き抜き、
そのまま溶けかけたそれを火炎弾のようにぶん投げる!
「焼き立てだ、持ってけッ!」
ゴーグルの男が両腕を硬化――〈鉄皮化〉。
顔すら変えず、真っ向から衝突!
ズガァンッ!!
地面が割れ、爆風が路地を揺らした。
◆ ◆ ◆
その間に、フードの男――〈延伸腕〉の能力者が腕をしならせる。
「……ッ、来る!」
リカが銃を抜いた。
小型ハンドガン。
右手で構え、量子視が射線を追う。
「動き、読めた。
右から、時計回り……そこ――!」
バンッ!
銃声。
フード男の伸びた腕に、鉛弾が直撃。
軌道がズレ、リカの足元をかすめて外れた。
「……命中確認。次、1.2秒後に第二波」
リカの声は冷静そのもの。
銃を持つ手が、まったくブレていない。
◆ ◆ ◆
ユウトは――ただ、見ていた。
リカの射撃。
タケルの加熱乱打。
敵の異能。
バトルのスピード。
全部が、自分とは別世界に見えた。
後ろで、少年が必死にユウトの背にしがみついている。
「……怖い……」
その声に、ユウトは拳を握る。
(俺は……まだ、何もできない)
(この人たちは、戦ってるのに――
俺は、ただ、見てるだけ……)
胸が、焦げるように熱くなった。
けれどその熱は、
まだ力には、変わらない。
ユウトの目が、敵と仲間の背中を、ただ焼きつけていた。