第1話『目覚めの断片』
初投稿です!
現代異能×感情進化バトルファンタジー、始まります。
読んでくださってありがとうございます!
朝の光が、薄く揺れるカーテンを通して室内に差し込んでいた。
その光は、静かな団地の一室をほんのりと照らし、畳の目を金色に染めていく。
ピピッ、ピピッ。
スマートフォンのアラームが、控えめな音で鳴った。
布団の中から手が伸びてきて、それを止める。
ゆっくりと体を起こしたのは、高校二年生の少年――如月ユウト。
無造作な黒髪と整った顔立ち。そして、どこか感情の読み取れない瞳。
彼は静かに立ち上がると、隣の部屋の襖をそっと開けた。
そこには、少女が眠っていた。
彼の妹――如月ミナ。
病弱な彼女は今、自宅で療養している。
枕元には加湿器と薬のボトル。
机には、ユウトの字で書かれたスケジュール表が置かれている。
《8:00 起床・薬(青)》
《12:00 軽食・ストレッチ》
《18:00 薬(白)+安静》
ミナが微かに寝返りを打つ。
ユウトは一瞬だけ口元を緩めて、襖を閉じた。
「……今日も、何も起きませんように」
そんな言葉を、誰に聞かせるでもなく呟いた。
◆ ◆ ◆
キッチンで朝食をとりながら、テレビをつける。
ニュースキャスターの声が真剣な調子で響いていた。
――昨夜、新宿区にて異能犯罪が発生――
画面に映るのは、崩壊したビル群と逃げ惑う人々。
その中に、巨体の男が映る。
フードを被り、顔の下半分をマスクで覆った大柄な人物。
拳を振り下ろすたびに、地面が爆ぜ、瓦礫が舞う。
『異能集団“紅眼”の構成員。通称“烈震”。本名・獅堂カイ。』
ユウトは無言で画面を見つめた。
数秒後、リモコンを手に取り、テレビを切る。
「関係ない……俺には」
静かな声。
けれど、目元にはかすかな緊張が残っていた。
制服のポケットに、保冷バッグと薬局のメモを入れて、玄関を出る。
◆ ◆ ◆
イヤホンから流れるのは、ミナがよく聴いていたピアノ曲。
春の風が制服をなびかせる。
(ミナの薬、忘れないように……)
スマホに通知が表示される。
【速報】“紅眼”構成員、再出没の可能性――
画面を消す。
表情は変えずに、ただ歩く。
けれど、胸の奥で、ほんのわずかに何かが揺れていた。
◆ ◆ ◆
昼下がりの教室。
周囲の騒がしさから浮いたように、ユウトは静かにノートをとっていた。
他人と話すことはない。
誰も近づかない。
それが彼にとって、一番心地いい“距離”だった。
(誰かと関われば、無駄な感情が生まれる。
感情は、俺には――危険すぎる)
「如月、次、答えてみろ」
「x は……3、です」
正確で、何の色もない声。
だが、ノートの片隅には、こう書かれていた。
《ミナ薬:18時 忘れずに》
たった一行だけが、彼の心に残された“熱”だった。
◆ ◆ ◆
昼休み、屋上。
ユウトは、コンクリートの片隅に腰を下ろし、パンを食べていた。
耳にはイヤホン。ピアノの旋律が流れる。
その音が、彼の感情を鎮めていた。
昨日までの静けさを、保つためのリズム。
(……あの夜みたいには、ならない)
ミナの泣き声が、記憶の奥から微かに蘇る。
それをかき消すように、音量を上げようとしたその時。
「やっぱり、ここだと思った」
突然、背後から声がした。
振り返ると、風に揺れる長い黒髪――東雲リカが立っていた。
鋭く観察するような目。
どこか人の心を覗くことに慣れているような、そんな空気。
「……俺に、何か用?」
「ないよ。ただ――君、無理してるでしょ」
「……は?」
「感情。全部押し込めて。
でも、それ、限界近いよ?」
一瞬、ユウトの目がわずかに揺れた。
「……放っておいてくれ」
「うん、そう言うと思った。
でもね、覚えておいて。感情ってのは――
“押し込んだままじゃ、消えない”よ」
それだけ言って、彼女は立ち去った。
ユウトは、なぜかイヤホンを外すことができなかった。
(俺は……何を怖がってるんだ?)
◆ ◆ ◆
放課後。
ユウトは薬局で薬を受け取り、保冷バッグにしまう。
空は夕焼けに染まりはじめていた。
帰宅途中、近道の裏路地に入ったその瞬間――
ドンッ!
爆風が吹き抜け、風が巻き、視界が灰色に染まった。
「ッ……なに、これ……!」
視界の奥に、フードを被った巨体が現れる。
見覚えがある。
テレビで見た顔――紅眼の構成員、“烈震”の獅堂カイ。
カイは、周囲の瓦礫の中に倒れている誰かを踏みつけると、
こちらに顔を向けた。
「……通りすがりか? まぁいい、どっちにしろ踏み潰す」
風に煽られ、ユウトの手から薬袋が落ちる。
中身が、コロリと地面を転がった。
「――!」
手を伸ばす。
だがその瞬間、カイの拳が空気を裂いて飛ぶ。
「消えろや、小僧!!」
強烈な衝撃が、ユウトの体を吹き飛ばした。
背中を地面に打ちつけ、視界がぐらつく。
肺に空気が入らない。音も、光も、ぐしゃぐしゃに混ざっている。
(また……守れないのか?)
妹の笑顔が、ふと浮かぶ。
『お兄ちゃん、わたし……信じてるよ』
涙の跡が残る笑顔。
それだけが、ユウトの胸を強く締めつけた。
「……いやだ……また……!」
「俺は……ミナを守るために……!」
感情が、爆ぜる。
怒りと恐怖、悔しさと願い――
そのすべてが、心の奥から溢れ出した。
――断片、発動。
衝撃波が走る。
カイの巨体が、吹き飛ばされる。
ユウトは、ただ立ち尽くしていた。
震える手。荒い息。
でも、その目だけは、確かに“何か”を宿していた。
◆ ◆ ◆
粉塵が舞い、しばらくしてから――
瓦礫の山の中で、カイの腕がゆっくりと動いた。
擦れたフード越しに見えたその目は、怒りと戸惑いに満ちていた。
「チッ……なんだよ、あのガキ……」
唸るような声。
拳を握り、立ち上がろうとするが、その動きは鈍い。
「まだ……終わっちゃいねぇからな……」
その背後から現れた仲間の“紅眼”構成員が、静かに撤退の合図を出す。
カイは渋々従い、瓦礫の影に姿を消した。
◆ ◆ ◆
その場に、ひとりの少女が音もなく降り立った。
長い黒髪を風に揺らしながら、東雲リカがこちらを見ていた。
「やっと目覚めたね、如月ユウト」
彼女は、微笑む。
「ようこそ――“断片”の世界へ」