見、観、魅
「今日も素敵……いいよ、魅力的……」
鏡の中で仕上がっていく顔に、私は話しかける。そうすることで、さらに魅力が増すかのように。
「みんなきっと私に釘付け……誰も目が離せないくらい、素敵になったね……」
最後に両手の十爪に、真っ赤なネイルを施して――
「さ、これで完璧。では……」
私、印南 二千代は、今日も夜の街に繰り出すのだった。
「ねぇねぇ、おねーさん! ちょっといいかな?」
通りを歩く私に、早速1人の男が声をかけてくる。
「はい?」
振り返る私の顔を見て、彼は目を丸くした。
「えぇ!? ちょっと、めっちゃ美人じゃん! いや、後ろ姿もキレイだったけど、正面から見たら、めちゃくちゃタイプだわ!」
「うふふ、ありがとう」
よくあるナンパ。だけど私は、美辞麗句を並べて私の容姿を褒めてくれる彼に、私にできる最高の笑顔を返したのだった。
「いやぁ、ホントついてるなぁ、オレ。こんなステキな人と、呑めるだけじゃなくて、お家にまでお邪魔させてもらえるなんて」
頬を上気させて興奮気味にそう話す彼は、私のマンションの玄関をくぐりながら、私に微笑みかける。
私の姿をその目に映す度に、瞳が大きく見開かれるのが、堪らなく愛おしく感じられる。
ーーあぁ、そのまま、ずっと、私に見惚れていてほしい。
と、私の部屋の前に着いた時だった。
『Rrrrrrrーー』
彼のポケットから、着信を告げる音が鳴り響く。
「あ、ごめんね、ニチヨちゃん。ちょっとだけ」
そう言いながら、スマホを取り出す彼を、ドアを開けながら振り向いた時。
着信を知らせる画面に映る、女の名前を、見た。
ガリ
「いや、ごめんねー、ニチヨちゃん。友達からの急な誘いでさ! もちろん断ったけど……ニチヨちゃん?」
数度のやり取りで電話を終えた彼は、私の方を見て、不思議そうな声をあげた。
「……電話……女の子?」
ガリ
「ん? いや、そうだけど……あ、気分悪くさせちゃった?」
ガリ
「……ないでよ」
「え?」
「私じゃない女の子の方、向かないでよ」
ガリ ガリ
「ニチヨ……ちゃん……?」
「今の子だけじゃないよね。ここに来るまでに3回、あなたは他の女の子を、目で追ってた」
ガリ ガリ ガリ
そこで彼は、私が壁を爪で引っ掻いていることに気づいたようで、
「え、ニチヨちゃん……大丈夫? ネイル、剥がれちゃうよ……」
ガリ ガリ ガリ ガリ
「そ、それに、3回って……いや、ごめんね、気を、悪くさせたね」
ガリ ガリ ガリ ガリ ガリ
「じ、じゃあ、やっぱり悪いから、オレ、今日は……」
「ーーなんで、私から、目を離すの?」
「え……」
「なんで ガリ 私 ガリ から ガリ 目を ガリ 離 ガリ す ガリ の?」
彼の目に浮かぶ色が、戸惑いから恐れへと変わり始めた時、彼は私のネイルがとっくに剥がれている事に気づき。
「ひっ……」
私の部屋の壁に刻まれた、真っ赤な爪痕の数々に気づいたようだった。
「ねえ!」
「うぁ……ぐ……!」
私は、爪がぼろぼろになって血の滲んだ指先を、彼の首に這わせ、
「なんで、なんで、なんで、なんでなんでなんでなんで!?」
ガタガタになった爪が食い込むのも構わず。
彼の気道が圧迫されるのも構わず。
彼の身体が宙に持ち上がるのも構わず。
首の骨が軋みを上げるのも構わず。
「ーーなんで、私から、目を逸らしちゃったの?」
scp-173 『彫刻 -オリジナル』
タイトル: SCP-173 - 彫刻 - オリジナル
原語版タイトル: SCP-173 - The Sculpture - The Original
訳者: Dr Devan
原語版作者: Moto42
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-173
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-173
作成年: 2013
原語版作成年: 2008
ライセンス: CC BY-SA 3.0