ストーカーのスキルアップ
「師匠も渚の標的ですよ」
澄ました顔して言うもんだから誤解を招く。(重い惚気話を聴いてくれる)標的だろうが。
片桐さんは何かを察したのか、オレンジジュースと小皿に盛ったポテトチップスをカウンターに置き、「仕込みしてるから、ゆっくりしてってね」と裏の厨房へと消えていった。
営業中は小洒落たジャズが流れている店内も、開店前とあってしんとしている。
無音の中、しばしの沈黙。
「あのっ……」
渚が口を開きかけた時、片桐さんが戻ってきた。
「あ、なんか曲流そうか?」
間の悪い男である。
「ごめんごめん、今度こそおじさん消えるから。ごめんね」
彼は俺の方にウインクをばちんばちんに決めながら再び去っていった。いらぬ気遣いである。
程なくして流れてきたのはムーディーなシャンソン。思わず吹き出した。絶対にこれじゃない。
渚は小さく一つ咳払いすると、改めてという空気で俺の目を見た。
「師匠って……、好きな人いるんですか」
え、あれ、そういう感じ? てっきり倫也くんの惚気話を聞かされるのかと思いきや、え、そういう感じ?
俺は頭の整理ができないまま、渚のことを見る。
「師匠だったら、好きな相手も思い通りに自分のものにしちゃうんじゃないかなって」
切なげな表情。BGMのムーディーなシャンソンが余計に演出を助長する。
いかん、向こうのペースに飲まれている。もっとこちらの土俵で戦わなくては。というかプレゼンを終えた直後になんでまた戦わなきゃいけないんだ。コミュニケーションコストがかかるのは管理職の宿命である。
「なんで世の中にコンサルが蔓延ってるかわかる?」
渚は思ってもみない方向から矢が飛んできて戸惑っている。一通りコンサルという業態について説明してから、
「正解を持っているなら自分でビジネスすればいいと思わない? それと一緒かな。結局自分で何かやるのって大変なんだよ」
と言ってみた。だから俺は恋しない、という真意は伝わったかな。
「要は、自分の気持ちに素直になれないということですね」
マセガキめ……。
「だって叶さんのこと、好きなんでしょう?」
なぜそれを。というか、そっち? 渚からこちらにベクトルが向いているのかと誤解した自分が恥ずかしい。なぜ叶に好意を寄せていることがバレているんだ。
「そりゃあ見ればわかりますよ。一緒にいる時の、行動、仕草、声色。隠し事をしていることまで」
こいつ探偵か? ストーカーがスキルアップして探偵になったのか?
「渚が“コンサル”して差し上げましょうか、行方不明の和泉澄人師匠」




