恋愛はマーケティング
ホワイトボード!(ドーン)
水性ペン!(ドーン)
講義スタート!!(ドーンドーンドーン!)
「まずは情報提供ありがとう。だいぶ矢本倫也くんという人が見えてきたよ。まず大切なのは、相手を知ることなんだ。そういう意味では渚の行動は正解だよ。素晴らしい。でもここまでは誰でもできる。次の行動に移せるかどうかがとても重要だ」
胡散臭い自己啓発セミナーのような語り口で渚の心を掴む。心が安定している人が聞けば胡散臭さに気がつくのだが、心が弱い時には意外と刺さってしまうものだ。
渚は持参したA4ノートに講義内容を書き写している。まだ大したことを喋っていないにも関わらず、ページは黒い文字で埋まり始めている。
「ただ、まだ何もしていないというのはある意味チャンス。初頭効果といって、第一印象は人の記憶に残りやすいからね。ポジティブでもネガティブでもいいから最初になるべく大きなインパクトを与えよう」
えーと、情報によると、月曜日は放課後友達と二人で校庭でサッカーをすることが多い。夢はJリーガー。ただこの友達というのが、月曜日は習い事があるらしく、16時に帰ってしまう。
倫也くんは家にそのまま帰ってもつまらないので、小腹を満たしに学校近くの駄菓子屋であるスプーンへと足を運ぶのだという。ご両親は共働きで家に帰るのは20時頃。いわゆる鍵っ子、か。
好きな駄菓子はブタ●ン。駄菓子じゃねえじゃん。まあでも高価格帯なのは好材料だ。
ーーそれではさっそく実践。
渚はスプーンで“たまたま”倫也くんと居合わせる。倫也くんが商品を選んでいる時に、渚はレジへ。手にはブタ●ン。お会計すると、あらかじめ手を回しておいた楓が言う。
「渚ちゃん、あなたでスプーン開業以来1万人目のお客さんよ。おめでとう。記念にお店のお菓子で好きなもの一つプレゼントしちゃう」
無論、「駄菓子一品無料券」代として前もって渚からは300円を徴収済みである。
「えー、嬉しい。でもブタ●ン買っちゃったから、ほかのお菓子食べられないかも。ねえ君、お姉さんの代わりになんでも好きなの選んでいいよ」
倫也くんは突然の幸運にどきりとする。まさか自分にお鉢が回ってこようとは。青天の霹靂、棚からぼたもちである。
「じゃあ、ブタ●ンを……」
これで第一印象は、高くてたまにしか買えない大好物をタダでくれた人という特大のインパクトを与えられる。
「せっかくだし一緒に食べない?」
駄菓子屋スプーンにはレジの横にポットが設置してあり、そこでお湯を注ぐ。そして店の外のガレージに置かれたベンチで皆ブタ●ンを啜るのである。
「気を遣って合わせてくれなくても、好きなもの選んでよかったのに」
並んでベンチに座る。案外自然に話せているではないか。雰囲気も悪くない。
「そんなんじゃねえし。……好きなんだよ、ブタ●ン」
「ひゃぁう……」
あ。
「お、おい大丈夫か。お前、えーと、なぎさ」
「ひゃぁぁうぅ……」
渚は、倫也くんの天然スケコマシぶりに卒倒し鼻血を噴いて倒れた。第一印象は大きく変わってしまったが、ある意味インパクトは残せた……のかも。
最後はあれだったけど、これがマーケティングで言う“リード”の獲得だ。
簡単に言えば、顧客(倫也)は、商品(渚)のことを全く知らなかった未認知層から、存在を知った認知層にランクアップし、商品購入(恋愛成就)のスタートラインに立ったということである。そしてここからようやく顧客とのコミュニケーションが始まっていくのだ。




