もう面接は始まっている
電車で面接会場である某社本社ビルの最寄駅に降り立った。予め配布された地図によると、ここから10分ほど歩くらしい。予定通りの時間に着いてもそわそわしてしまうところに、自分の小心者ぶりを感じる。
にしても、普段は遊びに来るだけの都会に仕事を求めてやってくるとは、すっかり社会の歯車として生きる覚悟ができたというものだ。
「ふぇぇぇぇぇん」
おっと。働くことへの拒絶反応からか、思わず心の叫び声が口から漏れてしまったか。いかんいかん、ここは心を鬼にして、歩みを進めねばならぬ。
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇん」
ん。この声は自分の身体から発せられているものではないらしい。どうやら、目を真っ赤にして泣き腫らしている、眼前の少女の声であるようだ。辺りを見回しても、気付かぬフリして通り過ぎてゆく人ばかりだ。
(都会は冷たいなあ……)
腕時計の針は、10時50分を指している。いや、まあ早く着き過ぎてもなんだし。それにここは、言わば会社のお膝元。面接官がどこかで見ているやもしれぬ。
そういえば聞いたことがある。ある若者が面接会場への道中、困っている老人を見つけて助けた。その老人は、実は面接を受けようとしていた企業の会長で、若者の親切心に感銘を受けた老人は、若者を重用したのだという。
いや、そうに違いない。これは面接なんだ。この子は雇われた子役で、どこかにこれを見ている面接官がいるはずだ。よく考えれば、面接の道中にそう都合よく、困っている人が現れるものか。すでに選考は始まっているのだ。
「どうしたの」
しゃがんできちんと目線を合わせてから、問いかける。少女は、不安でいっぱいといった表情だ。だがさっきまで流していた滂沱の涙は、突然話しかけられた緊張からか、一時的に引っ込んでいる様子だ。
「誰」
きた。ここは丁寧に、そして面接官にも聞こえる声で応対しなければ。
「はい、明朗大学から参りました、経営学部4年の和泉澄人です」
急に大きな声を出したせいか、少女はビクッとし、身を縮めた。
(しまった。ここはあくまでも街中。面接での正解がここでも正解とは限らないんだ。TPOを弁えると言うことも、当然社会人には必要な素養だ。そこを見られているんだ)
一度呼吸を整えてから、再び少女に向き合う。
「おうちはどこかな?」
「ママ……」
「お名前は」
「ママ……」
少女は俯いて、身を縮こめたままつぶやく。むぅ。この子役、なかなかに手強い。しかし、こんな時こそ冷静な行動を選択せねば。
「よし、交番に行こう」
立ち上がって少女の手をとり、歩き出そうとした瞬間。背後からの叫び声に近い呼び声が耳に届いた。
「冴ーーーーーーっ!」
おそらく母親だ。どうやらこれが正解の行動だったらしい。よしよし。これで一次面接は通過確実だろう。さあ、ママの元へ行っておいで。それで君はクランクアップだ。
「うちの子を離しなさい!」
……ん? 非難めいた声が俺に向かって発せられた気がする。気のせい、ではなさそう。いや、これ面接でしょ。そろそろテッテレーの看板を持ってタネ明かしときても良さそうなものだが。母親の声は駅前のロータリーで反響し、周囲の視線が一斉に俺へと集まる。
「どこへ連れて行くつもりよ」
「ええと、交番へ……?」
そこへ向かいから自転車でやってきたお巡りさんが現場へと到着する。
「それじゃあ交番で話を聞かせてもらおうかな」
(自首かな?)
この後、めちゃくちゃ事情聴取された。




