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苦手な方はご注意ください。

順番

作者: 隣の黒猫

 ♫ ちゃっらっちゃ 

     ちゃっちゃらら

          ちゃっちゃちゃ ♫


 深夜、高速道路を走る車の中で、陽気な音楽がラジオから流れ。


『今夜のミッドナイト日本は。・・・初夏の寝苦しい夜を深々と冷やす・・・夏夜の怪談話・・・を、テーマにお送りいたします』


 ラジオのパーソナリティーが、陽気なオープニング曲とは真逆の、低く、恐怖を煽ってくる低音ボイスで、今夜のテーマを告げる。


「オープニングとテーマ曲の落差に風邪引きそうね、これ?」

 車のハンドルを握る女性が、助手席に座る少女に横目を向けながら、可笑しそうに笑い。


 助手席に座る少女は。

「でしたら、空調の設定温度を上げたらいいのでは?」

 運転席の女性を一瞥し、ぶっきら棒に答えると。

 窓の方へ顔を向け。

 右から左へ流れていく夜景を、面倒臭さそうな表情で見詰めた。


 運転席の女性は、助手席に座る少女の反応に、苦笑いを浮かべながら。

(はる)ちゃんは、ちょっとご機嫌斜めかしら?」

 ラジオから流れる、怪談話を盛り上げる為のおどろおどろしいBGMにそぐわない陽気な声で、助手席の少女に話し掛ける。


 春ちゃんと呼ばれた助手席の少女は。

 大袈裟に溜息を吐き。

「こんな夜中に連れ出されて、睡眠を妨害されたらご機嫌も斜めになります。あと、春ちゃんて呼ばないで下さい。私は春命(しゅんめい)です」

 助手席の窓ガラスに映る、運転席の女性をガラス越しに睨む。


 運転席の女性は。

 ハンドルを握り、車が走る先を見詰めながら。

 身体をウネウネとくねらせ。

「えぇ~私も春ちゃんて呼びたいぃ~。義恭(よしやす)だけズルいじゃん!」

 ふざけた様子で、春命の言葉に不満の声を上げた。


 春命は、気持ち悪い動きをする運転席の女性に。

「義恭さんは、私の保護者ですから良いんです」

 窓ガラス越しにジト目を向け。

「私だって、春ちゃんの保護者でしょう?」

 運転席の女性は、そう言いながら。

 横目で春命を見る。


(さくら)さんは、勝手に住み着いた居候です。私の保護者じゃありません」

「えぇ~、そんな悲しい事言わないでよぉ~・・・お姉さん泣いちゃうぞぉ~!」

「貴方がこの程度で泣くわけないです。それに保護者と言うのなら、未成年をこんな夜中に連れ回したりしません。あと、春ちゃんじゃなく、春命です」


 2人は、ラジオから聞こえてくる怪談話をそっちのけに。

 深夜の高速道路を走る車の中で、普段の姦しいやり取りを続けていく。


 だが、そんな姦しさはいつまでも続かず。

 運転席の女性ー桜ーは、深夜の運転に集中し。

 助手席の少女ー春命ーは、普段は寝ている時間な上に、昼間の学校の疲れからか、助手席をリクライニングして深く背を預けて、眠気に船を漕ぎだす。

 

 車のタイヤが、アスファルトの上を走る音とエンジン音だけの静かな車内の中に。

 ラジオのパーソナリティーが、視聴者から送られてきた怪談話を読み上げる声が響いていた。


 桜が運転する車が、高速道路を降り。

 目的地に続く山道に差し掛かる所で、時刻は深夜の1時を少し過ぎていた。


 桜は、山道に入る手前に在ったコンビニに立ち寄り。

 助手席で、静かに寝息を立てている春命の肩を揺らして。

「春ちゃん、起きて。今のうちにトイレ行っとこ」

「うぅ・・・っんぅ・・・此処はぁ?」

 眠っている春命を起こし。

 無理やり起こされた春命は、眠そうな目を擦りながら、寝ぼけたように周囲を見渡す。


 春命が起きたのを確認した桜は。

 車から降り。

 座席と自分の背中で潰していた、生まれつき色素が薄く、茶色掛かっている長髪を指で梳いてから。

 男なら誰もが振り返るであろうプロポーションの身体を、見せ付けるように、胸を張り、背筋を伸ばしながら、周囲を見渡す。

 

 見渡したコンビニの駐車場には、走り屋と思われる改造された車が2台止まり。

 車の周囲に男性が数名たむろして、デカい声で話をしていた。


 桜は、少し不味そうな表情を男達に向けていると。

 助手席のドアが勢いよく開き。

「桜さん!ここ何処ですか!?」

 小柄で猫のような愛嬌を感じさせる可愛らしい少女の春命が。

 猫っ毛の黒髪ショートヘアーに寝癖を付けたまま。

 桜の方へ、ドスドスと足音が鳴りそうな勢いで、歩み寄る。


「ちょ、ちょっと。声大きいよ春ちゃん」

「春ちゃんじゃないです!ここ何処なんですか桜さん!?」


 桜は、走り屋達に目を付けられるのは、マズイと思いながら、声を張り上げる春命を落ち着けようとするが。

 春命は、そんな桜の思いなど察することもなく。

 ここが何処なのかと、桜に食って掛かる。


「えっと・・・ここは〇〇県と〇〇県の堺目辺りかな?」

「・・・なんで、そんな所に来てるんです?こんな時間に?」

 

 春命の勢いに押される形で、桜が今いる場所を答えると。

 何時までも、怒りを引きずって、人の話を聞かないような子ではない春命は。

 落ち着いて、桜がこの場所に訪れた理由を確認する。


 ・・・が。


「あぁ~・・・それはねぇ~・・・」

 桜が言い辛らそうにしていると。


「なぁにぃ~どうしたのぉ~」

 2人の騒ぎを聞いて。

 同じ駐車場にいた走り屋の男達が、彼女達の元へ歩み寄ってくる。


 桜は、春命を庇うように背中に隠し。

「いいえぇ~。何でもありませんよぉ~」

 男達に愛想笑いを浮かべながら手を振り『なんでも無いからあっちへ行け』とジェスチャーするが。

 男達は、距離を詰めてくる毎に、コンビニから漏れ出る光で照らされた、桜の美しい容姿に気付き。

「えぇ、そうなのぉ?」

「何か困ってるなら助けになるぜ」

「1人なの?俺達とあそばねぇ?」

 桜のジェスチャーを無視して。

 下心を隠さない態度と表情で、桜の眼前まで近づいてきた。

 

「困ってる事もないし、予定があるから遊べないんだ。ごめんねぇ」

 桜は、内心で男達の態度に辟易しながら、適当にあしらうと。

「・・・なんです、貴方達。私がこの人と話していたのに、邪魔しないで下さい」

 桜の背中に隠れていた春命が。

 不機嫌そうな態度で、桜の前に躍り出て、見上げる程に身長差がある男達を、睨みつけた。


 男達は、桜に隠れていた所為で、急に現れたように見えた、少学生ぐらいの少女に面食らい。

 不遜な態度には似つかわしくない、可愛らしい容姿とのギャップに、可笑しく思ったのか、大声で笑い出す。

 

 男の1人が、腹を抱えながら。

「悪かったなガキ。でもな、お兄さん達はこのお姉さんと大事なお話があるから、ガキは黙ってくれるかなぁ?」

 そう言って。

 春命の頭に手を伸ばす。


 そして。

 男の手が、春命の頭に触れようとした瞬間。


 パチン!


 春命は男の手を弾き、気持ちのいい音を立て。

「汚い手で触れるな!。あと、息が臭いのよ!此処から消えなさい!」

 睨みつけた。

 

 手を弾かれた男は。

 一瞬、何が起きたのか理解が追いつかず、呆けていたが。

 事態を理解すると、瞬間湯沸かし器が如く、怒りの表情を浮かべ。

「このガキ!調子こいてんじゃねぇぞぉ!」

 舌を巻きながら。

 自分より小さな少女に凄み、ヤンキーのように睨みつけ。

 他2人の男も、春命と桜を囲うように立ち、睨みを効かせた。


 そんな状況でも、2人は慌てる事なく。

「春ちゃん・・・もう少し穏便にいこうよぉ~・・・」

「私は悪くありません。悪いのは、汚い手で私に触れようとしたゴミムシです。あと、息臭い」

 男達を無視して、桜と春命は普段通りの会話を始める。


 コレに我慢が出来なくなった男の1人が。

「あぁ!無視してんじゃねぇぞコラ!!」

 桜に手を伸ばすが。


 桜は、男の手を避け。

 懐に飛び込み。

 伸ばしてき腕を掴み、手を伸ばしてきた男の勢いを利用して、一本背負いを決め。

 アスフェルトに背中を打ち付け、痛みで藻掻く男の腕を掴んだまま、関節を極めて、見下ろした。


「い゛て゛ぇ゛~!!い゛て゛ぇ゛!て、手を・・・はな・・・あ゛ぁ゛~!!」

 桜は、痛みで声を上げる男の関節を極めながら。

「申し訳ないんだけどさぁ・・・消えてくんない?」

 他2人に微笑む。


 2人の男は、桜に襲い掛かろうとする。

「ふっざけんな!ぶっころ「あ゛ぁ゛~!!」・・・」

 ・・・が。

 少しでも動くと、関節を極められている男が痛みに声を上げて、動けなくなった。


 桜は、男達の態度に、仲間を見捨てる程の馬鹿ではないと感じ。

「・・・私達も悪かったよ。謝るから、もう関わらないでくれるかな?」

 地面に頬を付け、涙を浮かべながら痛みに耐える男の関節を極めたまま立たせ。

 盾にするように前へ出す。

 

 男達は、暫く渋い顔をしてから。

「・・・分かったから。ソイツを離せ」

 1人がそう言って、桜と春命を囲うのを止めて、距離を取る。


「ありがとう。でも、ちょっと怖いからさ。2人は自分達の車に乗って、エンジンを掛けてくれないかな?それが確認できたら、この人を離すわ」

 桜は、男達の車へ視線を向けて、指示を出し。

「・・・あぁ」

 指示を了承した男達は。

 渋々と言った感じで、車に向かって歩き。

 桜はその後ろを、男の関節を極めたまま、少し距離を置いて付いて歩く。


 春命も、桜の後ろに付いていき。

 2人の男が、桜の指示通り車に乗り込む所で。

「目上の方に失礼な物言いをしました。申し訳ありません」

 桜が、先程約束した通りに、男達へ謝罪した。


 明らかに子供である、春命の頭を下げる姿を見て。

 男達は、苦々しい表情を浮かべ。

 最後に、桜が関節を極めていた男が、腕を抑えながら車に乗り込むと。

 男達は何も言わず、けたたましい排気音を上げて、コンビニの駐車場から去っていった。


 2人は、街灯の少ない山道へ、テールランプが消えていくのを見送りながら。

「はぁ~・・・春ちゃん。義恭が居ない時に、こういうのは勘弁だよ、わたしゃぁ」

「こんな目に遭ったのも。桜さんが、こんな時間に、こんな所に、私を連れてきたのがイケないんです。私は悪くありません。あと、春命です」

 普段の軽口を言い合った。


 とんだ休憩になったと思いながら。

 桜は、コンビニのトイレで用を足した後。

 ブラックコーヒー缶を購入して車に戻ると。

 外の暑苦しい空気から、空調の効いた涼しい空気に変わり、少し身震いしてしまう。


 『ーーーー。AとB、そして私が、廃屋の二階へ上がっていく事になった。Aを先頭に、一歩ずつ階段を上がっていく毎に、空気が重く、冷たくなっていくのを感じ・・・』


 車の中では。

 春命が、缶ジュースを片手に、ラジオから流れる怪談話に耳を傾け、つまらなそうな表情を浮かべていた。


「春ちゃんは、お化けが居ると思う?」

 桜は、そんな春命に話し掛けながら、運転席を少しだけリクライニングさせて、コーヒーを煽り。


 その姿を横目に見ていた春命は。

 呆れるたように小さな溜息を吐き、缶ジュースに口をつけ。

「どうでしょうね?科学が、世界に溢れていた、不思議と言われていたモノの正体を明るみにして行く今の世の中でも。正体を未だに明かさない『何か』は、有るとは思っています」

 春命は、桜に顔を向け。

「・・・それにしても。お化けですか?・・・霊じゃなくお化け?(かえで)さんの妹なのに、随分と可愛らしい表現ですね・・・お化けですか・・・フフ・・・」

 少し馬鹿にした、スカした顔を見せ付けた。

  

 自分よりも小さい。

 実際、8歳程年が離れている、まだ義務教育も終えていない子供に、バカにされた態度を取られた桜は。


 不貞腐れた顔で、リクライニングを起こし。

 ブレーキとクラッチを踏み、ハンドブレーキを降ろして、車のギアを一速に入れると。

「お姉ぇさんは、可愛いお姉ぇさんだから、お化けでいいのよ!」

 エンジンを吹かして、コンビニの駐車場から急発進する。


 桜と春命が乗った車が。

 街灯の少ない山道をハイビームで照らしながら、走っていく。


 車が走る山道の状態がよろしくな所為か。

 車内を、小さな揺れが襲う。

「それで?いい加減こんな時間に、無断で義恭さんの車を持ち出して、何処(どこ)だかの山道を走っている理由を聞かせて頂けますか?」

 そんな中で、春命はドアの上にある取手を掴み、運転する桜に視線を向けて、此処まで来た理由を改めて問う。


 桜は、ハンドルを握りながら、一瞬だけ横目を春命に向けた後。

 車のライトが照らす、道の先を見詰めながら。

「いまだ科学で正体が暴けない『何か』の調査よ」

 意味深な笑みを、静かに浮かべた。





 山が隔てる〇〇県と☓☓県を繋ぐ県道は。

 県同士の移動に高速道路や高速鉄道が主流となった為に使われなくなって久しく。

 禄に整備もされず、いわゆる険道と言われるような状態だった。

 

 地元の者も使わず、誰も通らなくなった県道は。

 誰からも忘れられ、誰の目にも止まらず、只々朽ちていく筈だったのだが。


 とある界隈で。

 険道や酷道と言われ、使われなくなって廃れた道に。  肝試し的な行為として、深夜に訪れる事が流行り。


 ある大学で車好きが集まったドライブサークルが、その県道に目を付け、肝試しに訪れた事から、話は始まった。


 7月の初め。

 肝試しに参加したサークルメンバーは、男性4人と女性3人の計7名。

 車2台で男女に分かれて、目的地である県道へ向かった。


 サークルメンバーは、県道に入る前に、山の麓に在ったコンビニに寄り、適当に買い物をして時間を潰した後。

 目的の県道に向け。

 深夜2時前に、コンビニを出発する。


 県道までの途中の道は、比較的広く、走りやすい対向二車線の国道で、街灯は少ないが、等間隔で道を照らし、それなりに整備もされていた。

 ただ、交通量が少ないためか、山道の所為なのか、所々で道は荒れ、車内を揺らしていた。


 そんな国道をある程度走ると。

 道は二股に分かれる。


 一方は、街灯が照らす国道で、そのまま走れば、☓☓県へ寄り道もせず、向かうことができ。


 もう一方は。

 道が一車線に変わり、街灯もなく、アスフェルトも所々剥がれているような道であり。

 地図によれば、☓☓県へと続いてはいるが、道中で幾つかの廃村を通って行く事になっていた。


 そして。

 まるで、深淵へと誘うような、暗闇へ続くその道が、目的の県道であった。


 サークルメンバーは。

 県道に入る手前で、車を路肩に止め。

 暗闇が区切る県道へ、徒歩で向かう。

 

 サークルメンバーの誰もが、国道の街灯が微かに照らしている場所から、県道を覆う暗闇の先へと、足を踏み出そうとはしなかった。


 街灯の光が届かない道の先は、視界が塞がれたかのように何も見えず。


 気の所為か。

 背にしている国道の方から聞こえてくる、鳥などの生き物の鳴き声や気配が。

 視線の先の暗闇からは感じることが出来なかった。


 いざ、このような状況に置かれると。

 サークルメンバーの中で、怖気づいてしまう者も現れ。


 特に女性の1人が、恐怖で泣き出し、帰ることを主張しだした。


 男性陣の中にも、内心では腰が引けている者も居たが。

 女性が居る前で、虚勢を張ってしまし、帰るに帰れない状態だった。

 

 サークルメンバーは。

 どうしても行きたくないと、泣いて主張する子が居た為に、二手に分かれる事にする。


 一方は、このまま県道を走り、☓☓県へと向かい。


 もう一方が、泣いている子と共に、県道が続いてる先の☓☓県へ、国道で向かい。

 県道からくるメンバーを待つことになった。


 県道を走るメンバーは。

 男性3人と女性が1人。


 国道を走るメンバーは。

 泣いて嫌がる女性と、それに付き添う形で女性が1人と。

 念の為の男手として、男性が1人付くことになった。


 出発前に、持ってきた地図を確認する。

 県道を抜けた先を少し走ると、国道と合流して、ちょうど合流地点の丁路地にコンビニが在ったので、そこで落ち合う事にした。


 そして。

 時刻は深夜の2時を過ぎ。


 県道を走るサークルメンバーは。

 暗闇が覆う道を車のライトで照らしながら、荒れた道に気をつけながら発進させ。


 国道を走るサークルメンバーは。

 暗闇に飲み込まれていく車のテールランプを見送った後。 県道メンバーが出てくる道の先へ、先回りする為に、国道を走った。


 国道メンバーは。

 整備され、街灯があると言っても、曲がりくねった山道の為に、スピードは出せず。

 ☓☓県に入り、山道を抜けるのに1時間程掛かった。

 

 山道を抜けると、泣いていた女性は落ち着きを取り戻しはしたが。

 終始顔色を悪くして、自分の身を守るように、自分自身を抱きせめて、小刻みに震えていた。


 その姿を見ていた2人の国道メンバーは。

 震える女性のあまりの態度に心配になり、病院へ行こうと声を開けるが。

 震える女性は、大丈夫だと言って、それを拒否した。


 国道メンバーの2人は、ならどうしてそんなに震えているのかを問うが。

 震える女性自身も、寒いわけでもないのに、何故自分がこんなに震えているのか分からないと、困惑の表情を見せた。


 そして。

 国道メンバーが合流地点であるコンビニに到着して、駐車場に車を止めて、県道メンバーが訪れるのを待っていると。


 その頃には。

 震えていた女性も、震えが止まり。

 同乗していた女性と、笑顔でお喋りが出来るようになっていた。


 国道メンバーで運転をしていた男性は。

 このような環境下からくる好奇心で、震えていた女性に問い掛ける。


『もしかして・・・見えたり、感じたりするタイプ?』


 ・・・と。


 だが、男性の期待は外れ。

 震えていた女性は、首を横に振り。

 今まで、幽霊や怪奇現象は、見たり、遭遇した事がないと返した。

 

『じゃぁ、どうしてなんだろうね?』

『何か、病気とか持ってたりするのか?』


 男性と付き添いの女性に質問された、震えていた女性は首を横に振り。


 暫しの沈黙の後。

 困った表情を浮かべ。


『分からないけど・・・凄く怖かった』

『病気は無いけど・・・何か、あそこに居たらイケないって、本気で思った』


 震えていた女性はそう言った。


 何とも言えない空気が、彼らを取り巻く。


 県道メンバーが向かった先に、自分達の理解が及ばない『何か』があるのではと、3人の心に過り。

 誰もが口にしなかったが、内心に不安を感じた。


 国道メンバーが、コンビニに付いてから一時間後。


 県道メンバーの車が、コンビニの駐車所に入ってくる。


『今夜のミッドナイト日本は、貴方の懐かしメロディに乗せて、青春を語ろうがテーマです』


 県道メンバーの車からは、不自然な程に音量を上げたラジオが響き。

 外から見ていても、何やら車の中にいるメンバーのテンションが高いことが窺えた。


 国道メンバーの車の横に、県道メンバーの車が止まると。

 その異様なテンションの高さが、よく分かる。


 県道メンバーは、車から降りて来るなり。

 待っていた国道メンバーへ『ヤバイ』と連呼し、『凄いことがあった』と興奮しながら話し出した。





 彼らが、県道に入って間もなく。

 泣いてまでこの道に入るのを拒んだ女性の反応や。

 車のライトが届かない周囲が、何も見えない暗闇の状況で。

 彼らも内心では、恐怖を抱えていた。

 

 そんな恐怖を紛らわす為、車に搭乗した誰かが、ラジオを掛ける事を提案した。

 

 4方を山に囲われた道は。

 道に面した雑木林は、誰も手を付けていない為に、伸び放題で、月や星明かりも入らない道だったが。


 そんな状態でも、一局だけ受信できたラジオ番組は、陽気なパーソナリティーが、楽しげなテーマを音楽に合わせて語っていた。


 そのお陰で。

 彼らの恐怖心が薄れ、ラジオのテーマに合わせて、彼らも語りながら。

 県道の険道たる所以のスリルを楽しんでいた。

 

 県道には、街灯が無く。

 道に面した雑木林の枝が伸びて、進行方向が見えづらい箇所があったり。

 木の根っこがアスファルトを押し上げてる箇所や、土砂や腐葉土等が道路を覆っていたりと、車を走らせうには中々険しい道だった。


 それでも、倒木や岩等で道が塞がれていた訳では無かったので。

 彼らは、県道を進んでいく事が出来た。


 やがて、そんな状況にも慣れはじめた彼らは。

 1つの廃村を通り掛かる。

 

 道に沿って、木造の戸建ての家が何軒か並び。

 山の傾斜には、棚田が月明かりに照らされていた。

 

 誰も住む者が居なくなった家屋は、朽ち果て。

 世話をする者が居なくなった畑には、雑草や木々が生い茂っていたが。

 山の中に突然現れた、月明かりのみが照らす、その空間を見た彼らには。

 儚い美しさとノスタルジーを感じさせるような風景だった。


 そのような廃村を2つ程過ぎた頃。

 彼らの今まで生きてきた日常では、感じたことが無かった異常な出来事が起こる。


 地図上では、行程の3分の2を過ぎた頃だろうか。

 県道の上に架かるように、神社の鳥居が設けられており。

 車が、その下を潜った時。

 

『ーーでー次ーくをーーー・・・』

 

 今まで車内で流れていたラジオが乱れだすと。


 ・・・ザ・ザッザ・ザー!!


 電波を受信しなくなった。


 恐怖を紛らわす為に、大音量で掛けていたラジオから聞こえてくるノイズ音は。

 車内の者達に、耳を塞ぎたくなる程の不快感を与えた。


 その為。

 助手席に座った者が、ラジオを切ろうと、カーオーディオに手を伸ばした・・・その瞬間。


 ザーーーーーーーッ!!


 ノイズ音が止まり。


 小さく・・・だが、はっきりと。


『・・・・・・・・2人目・・・』


 ラジオから、全身の毛という毛が総毛立つような悍ましい声音が聞こえ。


 ザ・ザ・ザザッザ・ザッザ・・・

 

 再び、ノイズ音がなると。


『・・の曲をお送りしました。いやぁ、私もマルカメコさんのような素敵な失恋をしてみたかった。続きましてはーーー』


 陽気なパーソナリティーの声が、ラジオから流れだした。


 車内の者達は、運転している者も含め、先程起きたことに対し、理解が追いつかず、心ここにあらずと言った感じで呆けていると。


 車内の中で唯一の女性が。


『今の・・・聞こえた?』


 全員に窺うように問い掛る。


 誰もそ、の問いに答えない車内。

 ラジオからは、リスナーからリクエストされた曲が流れている。


 誰もが、先程起きた事は気の所為だと思っていたが。

 女性の問い掛けに、現実に起きた事なのだと理解する。


『ラジオが止まって。ノイズ音の後に・・・人の声・・・だよな・・・聞こえたよな?』


 車を運転している男性が、先程起きたことを車内の全員に確認するよう問い掛けると。

 

 その問いに。

 全員が頷いたり、返事をしたりと、思い思いの方法で答えた後。

 

 示し合わせたように。


『・・・2人目って言ってたな』と助手席の男性が。

『・・・3人目って言ってた』と運転席の後ろの男性が。

『・・・4人目だって言ってた』と助手席の後ろの女性が。

 

 同時に。

 別々の言葉を口にした。


 全員が別々の言葉を口にして、車内の空気が冷たくなるのを誰もが感じ。


 運転席の男性は。


『俺は・・・1人目って・・・聞こえたけど・・・』


 やはり、3人とは別の言葉を口にした。


 車内に緊張が充満する。


『え?・・・マジ・・・これ?』


 助手席の男性は、緊張に我慢できなくなり、薄ら笑いを浮かべながら、車内の者達を見渡す。


『あぁ・・・ハッ・・・ッン・・・え?これ・・・怪奇現象ってやつか?』

 運転席の後ろの男性も。

 助手席の男性につられて、無理して引きつった笑みを浮かべ、喉を詰まらせながら言葉を口にする。


 運転している男性と助手席の後ろの女性は、何も言わなかったが。

 運転している男性は。

 真剣な表情でハンドルを握り、運転に集中して、何が起きてもいいよう備えていたし。

 女性は、ドアの上の取手を力一杯掴み、何かに備えるように周囲に忙しなく視線を走らせていた。


 2人のその態度が。

 引きつった笑みを浮かべる男性の台詞を肯定しているようで、車内は異様な雰囲気に包まれた。


 誰も喋らない車内では。

 ラジオから流れてくる、現状の雰囲気にそぐわない陽気なパーソナリティーの語りに、助けを求めるが如く。

 ラジオが大音量で流されていた。


 そして。

 何事も無く、車を走らせていると。

 国道に合流し、街灯が彼らの車を照らし出した。


 すると。

 車内に充満していた緊張が解け。


『は、はっは・・・アッハッハッハァ!』


 運転していた男が、笑い出すと。

 他の3人も、堰を切ったように笑い声を上げ。


『マジかよ!ヤベーな、オイ!』

『マジで?怪奇現象化?!』

『チョォ~怖かったんですけどぉ~!』


 4人は、今までの恐怖を吹き飛ばすようなテンションで騒いだ。

 

 県道メンバーは。

 今まであじわった事が無い、異質な体験によって、異様なテンションとなったまま。


 国道メンバーと合流した。





 はしゃぎながら、非日常の体験を語る県道メンバーに対し。

 国道メンバーで、運転していた男性と付添いの女は。

 幾分は落ち着いた様子であったが、身近な者達から聞く怪奇現象に、多少の興奮を感じていた。

 

 だが、泣いて行くのを拒んだ女だけは。

 国道メンバーの話に合わせるように、笑みを浮かべていたものの。

 昼間、見たのなら、誰もが気付く程の引きつった笑みになっていた。


 その後。

 彼らは、山道を抜けた☓☓県のカラオケに行き。

 ハイテンションのまま、夜を明かし。

 日中に、高速道路を使って。

 自分達が通う大学のある〇〇県へと帰った。





「成る程。その話を聞いて。今・・・私が録音機をカーオーディオのスピーカに当てている理由の見当が付きましたよ」

 桜が運転する車の助手席で、録音機を抱えて座る春命が呆れた表情を浮かべる。


 車は既に、国道から県道に入り。

 2つ目の廃村を抜けた所だった。


「桜さんは、その怪談話の検証に1人で行くのが怖いから。わざわざ未成年を夜中に連れ出してる訳ですね。しかも居候先の車を無断で拝借して」

「ヤダわぁ~・・・お姉さんとドライブはお嫌い?私これでもミスキャンパスに2年連続で選ばれる程の美女なのよ?そんなお姉さんと二人っきりで夜中のドライが出来るなんて、自慢しても良いくらいなんだから。ウチの大学の男連中なら生唾ものよ?生唾ゴックンよ?」


 異様な場所にいる筈なのに。

 2人は普段と変わらない軽口を叩き合う。


 だが。

 春命は、普段とは異なる違和感を、就寝中を叩き起こされてから、此処までに至る道中で、桜から感じていた。


 その違和感の正体を。

 此処まで来る道中で、桜から語られるのを待っていた春命だったが。

 いまだに話さない桜の態度に、内心で苛ついており。

 

「それで?・・・桜さんがこんなくだらない事を調べる為だけに。わざわざ夜中に、こんな場所に訪れる訳はないんですから。いい加減、全て話して下さい」


 我慢できず、少し感情的に自分から聞いてしまう。


 桜は、ハンドルを握ったまま、助手席に座る春命を横目で一瞥すると。

 内心で、普段からあまり感情を表に出さず、大人びた言動をする春命が、理由はどうあれ、感情的な年相応の態度を見せてっくれた事に、嬉しくなり笑みが溢れてしまう。


「何が可笑しいんですか?」

 桜の含みを持った笑みを見た春命は。

 自分が感情的になっている事に気付き、普段の澄まいた表情を作り、桜へジト目を向ける。


「別に・・・」

 そんな春命に。

 桜は車のライトのみが照らす、県道を見詰めながら。

「・・・春ちゃん?この二週間で、市内の大学生が2人、亡くなっているのは知ってる?」

 静かに語りだす。


 春命は、桜が大事な事を話し出したのを察し。

 自身も、車のフロントガラスから見える、ライトのみが照らす暗闇を見詰め。

「はい。全国紙には載っていませんでしたが、地元紙の幾つかには、大学生の不審死と言った内容で報道されていました・・・確か・・・」

 報道内容を思いだそうとする春命に。

「それ、ウチの大学の子達よ」

 桜は、そう言って。

「そして・・・二週間に、この道で怪奇現象に遭遇した、4人の内の2人なのよ」

 自分が、この道を車で走る事になった本当の理由を語った。





 二週間前。

 肝試しから戻ってきたドライブサークルの面々は。

 翌日、大学へ登校すると、友人や知人に、自分達が体験した怪奇現象を触れ回った。


 彼らの話を聞いた者達の反応は、あまり芳しく無く。

 面白そうに彼らが体験した話を聞いてはいたが。

 何だかんだで『気の所為』だとか『恐怖心から幻聴を聞いたんだろう』といった反応が全てだった。


 正直、時期も悪かったのだろう。

 大学のテスト期間前で、比較的真面目な大学なので、この時期の学生は、テストに備えて余裕が無く。

 ドライブサークルの面々も、そんな真面目な学生達の1人であったので、その友人関係も真面目な者達が多く。

 彼らのオカルト話よりも。

 テスト対策の話の方が、関心が大きかった。


 ドライブサークルの女性の1人と友人であった桜も同様に、この時期に肝試しに行く時間があるなら、勉強しろと思いながら、話を聞いていた。


 そして。

 友人からオカルト話を聞かされた一週間後。


 大学内で男子学生が突如発狂。

 自身の頭を壁に打っつけて自殺。


 この事件を皮切りに、桜の周りが騒がしくなりだした。


 男子学生は、ある日から突然、頭痛を訴えだし。

 あまりの痛さに耐えかねて病院へ行くと、そこで群発頭痛と診断を受ける。

 だが、彼の症状は群発頭痛とは相違する箇所もあり。

 一番の違いが。


『幻覚を見る』


 だった。


 医師は、彼のその話を聞いて。

 脳に何かしらの問題が有る可能性を踏まえ、確りと検査をしたが。

 彼の身体は健康そのもので、群発頭痛を引き起こす要因も見つけることが出来なかった。


 健康体の身体に行える医療は無い。

 その為、様子見として、群発頭痛の発作を抑える投薬療法を取ることになったのだが。


 彼は一週間後。

 自身の頭を割って、死んだ。


 そして。

 その2日後。


 新たに男子学生が、自殺した男子学生と同じ症状を起こし。

 症状が現れた一週間後。

 今度は、急性脳梗塞で死んでしまう。


 死因は全くの別物だったが。

 2人には共通する箇所があった。


 1つ。

 群発頭痛の症状に見舞われること。

 

 2つ。

 死ぬ瞬間まで、身体は健康体であったこと。


 3つ。

 死後、彼らの脳が異常に萎縮をしたこと。


 4つ。

 群発頭痛を起こしている時に、真っ黒い人形(ひとがた)の幻覚を見ていたこと。


 5つ。

 ドライブサークルに参加し、あの日、怪奇現象を体験していたこと。


 5つ目の共通点に気がついたドライブサークルの動揺は酷く。

 県道を走り、怪奇現象に遭遇した残り2人の取り乱し様は、パニックに近いものだった。


 しかも。

 死んでしまって者達は。

 初めに『一人目』とラジオから聞いた運転していた男性で。

 次に死んだのは『二人目』と聞いた助手席の男性。


 『3人目』と聞いていた運転席の後ろの男性は、気が気でなく。

 皆が集まるサークルの部室で、取り乱し、悲痛な面持ちで。


『次はきっと俺の番だ!!』


 と、涙を流していると。


 突然頭を抱えて、痛みを訴えながら床を転げ回り。

 

『影・・・そこに・・・黒い人の影が・・・』


 部室の誰もいない方を指差し。


『くる・・・来るなぁ!!』


 叫びだすと。

 頭を抱えながら、頭痛でふらつく足で、部室を出ていった。

 

 一部始終を見ていた他のサークルメンバーは。

 部室を出ていった男性が指さした、誰もいな場所を見詰め、冷や汗を浮かべていたが。

 その中でも1人。

 県道に入るのを嫌がった女性だけが、彼らとは違い。

 男性が出ていった扉の方を、真っ青な顔で見詰めていた。


 その後。

 部室に残ったサークルメンバーは、逃げるように部室から出ていき。

 少し離れた廊下の先で、疲れたように呆けていた『3人目』の男性を見つけ。

 サークルメンバーは、その男性を連れて、全員で大学内の食堂へ移動した。


 食堂は、お昼の時間も過ぎて、人は少なかったが。

 友人同士で会話を楽しんでいたり、テラス席でお茶を飲みながら読書をしていたりと、人の姿はあり。

 サークルメンバーは、そんな人達が日常を過ごしている姿を見て、安堵した。

 

 この時点で、『3人目』の男性の頭痛は治まっていたが。

 男性の視界は、何かを探すように忙しなく四方に動き、貧乏ゆすりをして、落ち着きは無く。

 その姿を見た『4人目』の女性も。

 いずれ自分がこうなるのではと言った不安で、泣きそうになっていた。


 そんな中でも。

 比較的落ち着いていたのが、国道メンバーで。

 彼らは、この後どうするべきかの相談を始める。


 国道メンバーで唯一の男性は。

 『3人目』の男性を病院に連れていき、検査を受けさせようと言うが。


 その言葉を。

 県道に入るのを嫌がった女性が。


『・・・多分だけど・・・意味ないと思う』


 いまだに顔を青ざめたままで、それを止めた。

 

 彼女の言葉に、『3人目』の男性以外が反応して。

 どうしてなのかを問うと。


 問われた女性は。

 サークルメンバーを窺いながら。


『私も・・・見えちゃんたんだ・・・部室で、黒い人の影・・・』


 ぽつりぽつりと話し出す。


 『3人目』の男性が、頭痛を起こす前。

 部室内に突然黒い(もや)が立ち込め始め、何が起きたのかと内心で驚いていると。

 その(もや)が、『3人目』の男性に纏わりつき、段々と形を作り出した。


 すると。

 『3人目』の男性は、頭痛を起こし、部屋の床を転げ回り。

 驚いて(もや)から視線を外してしまい。

 『3人目』の男性が、人の影と言って誰もいない場所を指さした際に、そちらへ視線を向けると。

 黒い靄が人の形を作っており。

 人の形となった黒い(もや)は『3人目』の男性の頭を掴もうと両手を伸ばしていた。

 

『その時見た人形(ひとがた)の顔には、目も口も鼻も耳も無いのに・・・汚く黄ばんだ歯だけがあって・・・彼を食べようと、口を大きく開けていたように・・・私には見えたの・・・』


 彼女の話に。

 『3人目』の男性を除く全員が、生唾を飲み込む。


 もし、彼女の話が事実なら。

 医者ではどうにも為らないのではと思ってしまい。

 

 どうしたらいいのか分からない事での苛立ちからか。

 国道メンバーの男性が。


『お前。自分には霊感とか、見えないって言ってたんじゃん!』


 八つ当たり気味に、見えてしまった女性に言ってしまい。


『私だって分からないわよ・・・何で見えたのか・・・今までこんな事なかったのに・・・』

 

 見えてしまた女性は、瞳に涙を浮かべながら、俯いてしまう。


 国道メンバーの女性と『4人目』の女性は、見えてしまった女性の隣に寄り添い、慰めるように声を掛け。

 八つ当たりしてしまった男性も、済まなそうに謝罪した。


 少しして落ち着いた頃。

 『4人目』の女性が、見えてしまった女性に。

 見えたのなら、何かしらの対処は出来ないのかと問うが。

 見えてしまった女性は。

 自分には見えているだけで、どうにか出来るとは思えないと、首を横に振った。


 手詰まり感が否めない状態で。

 一先ずは、『3人目』の男性を医者に見せる事と同時に、寺社等でお祓いをしようと言う事になり。

 

 国道メンバーの男性が、『3人目』の男性を連れて病院へ行っている間に。

 女性達で憑き物のお祓いをしてくれる寺社を探すことになった。


 女性達は、取り敢えず近場の寺社へ連絡を取り。

 お祓いが出来るか聞いて回り。

 大学から車で20分程の神社で、今日お祓いをしてもらえる事になった。


 女性達は、男性達が行った病院へ向かい。

 ちょうど診断を終え、病院から出てきた男性達と合流する。


 『3人目』の男性の診断内容も、群発頭痛だろうとの事だったが、通常の群発頭痛との相違も有り。

 詳しく調べるには、設備がある大きな病院へ行かないと駄目らしく。

 病院から紹介状を貰って、後日市営病院へ行くことになった。

 国道メンバーの男性が女性達に説明する。


 『3人目』の男性は、病院内でも終始落ち着きが無かったが。

 診断を受け、『1人目』、『2人目』と同じ内容を聞き絶望したのか。

 今は、力なく肩を落とし、顔から表情が抜けていた。


 時刻は午後五時を過ぎた頃。

 合流したサークルメンバーは女性達が連絡をした神社へと訪れる。


 対応してくれた宮司は。

 既にお勤めの時間を過ぎていたのだが、彼らから焦燥のような物を感じ取り。

 暖かく迎い入れ、彼らの話に耳を傾けた。


 サークルメンバーは、宮司の対応に安心したのか。

 事態を把握した時からの緊張が解けて、小さいながらも笑みが出るようになった。


 そんな彼らの様子を見て。

 宮司は、サークルメンバーを社殿へ通し、彼らの前で祓詞を上げていく。


 宮司は、彼らの身に起こっている事は。

 直近で知人を似たような理由で亡くした事による、思い込みだと考えていた。


 県道で起きた怪奇現象も、恐怖が起こした思い込みだと。


 故に。

 彼らの話を親身に聞き。

 真剣に祝詞を奏上すれば、安心してくれて、事態は治まるだろうと。


 ・・・だが。


 宮司が祓詞を口にしている最中に。

 『3人目』の男性は頭痛を起こし、社殿内の床を転げ回り出し。


 そして。

 『3人目』の男性と見えてしまった女性は。

 再び、真っ黒い人形(ひとがた)を目の当たりにしてしまう。


 頭痛で苦しむ男性の暴れように。

 祓詞を続ける事が出来なくなった宮司は。

 頭痛が治まるのを待って。

 再び、サークルメンバーを社務所へ連れて行くと。


『私では・・・お力になれそうにありません。申し訳ありません』


 済まなそうに頭を下げた。


 サークルメンバーは、宮司になんとか為らないかと縋るが。

 宮司は、畳の上でグッタリと横になっている『3人目』の男性を見て、小さく首を横に振り。

 申し訳なさそうに、再度謝罪した。


 サークルメンバーは、この場にいても、どうにも為らないことを悟り、『3人目』の男性を連れて神社をあとにする。


 その際に。


『直接の面識はありませんが。同じ神職の方に・・・副業で、いわゆる拝み屋と言われる事をしている方が居ます。噂程度にしか知りませんが。その方によって救われた方々も居る・・・と聞いたことがあります。その方がお勤めしている神社の連絡先をお教え致しますので、頼ってみては如何でしょうか?』


 宮司から1つの連絡先を貰った。


 時刻は既に午後九時を過ぎていたが。

 サークルメンバーは、この状況を直ぐにでも、どうにかしたい思いから。

 宮司から貰った連絡先へ電話した。


 紹介先の宮司は、連絡を受けると、初めは迷惑そうに対応していたが。

 サークルメンバーの話を聞くにつれ、彼らの切迫した雰囲気を感じ取り。

 翌日、彼らの元へ訪れる事を約束した。


 サークルメンバーは、一刻も早く対応してほしく、自分達から伺うことを告げるが。

 拝み屋の宮司は、いつ頭痛を発症して暴れるか分からない者を連れて、神社に来るのは、事故を起こす可能性が高いからと、彼らの申し出を断り。


 拝み屋の宮司の言い分に納得したサークルメンバーは。

 自分達が在籍している大学と連絡先、落ち合う場所と時間を伝えて。

 後日、拝み屋の宮司と合うことを了承した。


 その日の晩は。

 『3人目』の男性を1人に出来ないと、国道メンバーの男性が付き添い、彼の家に『3人目』の男性を泊め。


 女性達も、『4人目』の女が一人になるのを拒んだので、一度それぞれの家を周り、着替え等を用意してから、国道メンバーの見えない方の女性の家に、3人で泊まることになった。


 翌日

 大学近くの喫茶店でサークルメンバーは、拝み屋の宮司を待っていると。


 約束の時間10分前に。

 スーツを着た異様な雰囲気の男性が入店してきて。

 店の中を見渡すと。

 サークルメンバーに目を止めて、一瞬(しか)めっ面を浮かべると、迷いない足取りで彼らの元へ歩み寄り。


『〇〇大学のドライブサークルの方々ですか?』


 昨夜も、頭痛に苦しみ、目の下に深い隈を作って力なく呆けている『3人目』の男性を睨むような視線を向けて、声を掛けてきた。

 

 サークルメンバーは。

 スーツの男性が、昨夜連絡した拝み屋の宮司だろうと思ってはいたが。

 宮司とは思えない、その男性のやさぐれた中年と言った姿に不安を感じ、念のため確認すると。


 スーツの男性は肯定し、サークルメンバーが座っている席の向かいの席に腰掛けた。


 スーツの男性は。

 注文を取りに来たウェイトレスにぶっきら棒にコーヒーを頼むと。

 サークルメンバーを改めて一瞥し。


『そっちとそっち、変なモンに憑かれてるな』


 そう言って。

 『3人目』の男性と『4人目』の女性を指差した。


 サークルメンバーは、宮司の行動に息を呑む。


 連絡をした時、大まかな状況は伝えていたが。

 誰が、県道メンバーなのかは伝えていない。


 『3人目』の男性は、見るからに異常な状態だったが、『4人目』の女性は、今のところ頭痛もなく、パッと見て異常はなく。

 3人の女性達の中で誰が県道メンバーなのか、見てわかる筈がなかった。

 

 だが、宮司は。

 サークルメンバーを一瞥しただけで、誰が県道メンバーなのかを言い当てただけでなく。


『君は・・・見えているな?』


 そう言って。

 見えるようになった女性にも、気がついていた。


 宮司のその態度に。

 サークルメンバーは、この宮司は本物だと確信して。

 彼らの心には、これで助かると希望が湧いた。


 サークルメンバーは。

 今までの経緯を宮司に説明し。

 宮司からの質問に答えていく。


 宮司は、彼らの話を頼んだコーヒーを飲みながら聞き。

 一通りの話を聞き終えると。


『君たちに憑いているモノが一体なんなのかは、実際に見てみないと分からないが。まぁ、やることは変わらない』


 そう言って。

 喫茶店に置かれているピンク電話の元へ行き、どこかに電話すると。


 移動すると言って。

 宮司が乗ってきたミニバンに全員で乗り。

 

 昨日、お祓いをして貰った神社へと訪れた。


 出迎えに待っていた宮司に、拝み屋の宮司が何やら伝えた後。

 サークルメンバーは、社殿へ通され待つように言われ。


 暫く待っていると。

 神社の宮司と拝み屋の宮司が正装を纏い、サークルメンバーの前に現れた。


 拝み屋の宮司は。


『これから、祓詞を奏上する・・・その間は、何があろうと動かず、私の祓詞だけに耳を傾け、集中るように』


 サークルメンバーに言い。


『君は、奏上中に頭痛が起こるだろうけど、意識だけは手放さないように頑張りなさい。頭が痛かろうと私の祓詞を頭の中で繰り返すんだ。いいな?』


 最後に『3人目』の男性の肩を掴み、言い聞かせた。


 そして。

 拝み屋の宮司が祓詞を上げていく。

 神社の宮司は、そんな彼のサポートに付いていた。


 陽の光を多く取り込めるように作られている社殿の中は。 初夏の強い日差しを、障子戸が隔てて、柔らかく温かい日差しに変えて、社殿内を照らし。

 清掃が行き届いている為か、心地よい空気に満たされているようだった。

 

 そんな社殿の中で。

 聞いている者の心を落ち着ける、そんな声音で祓詞が上げられていく。


 社殿内で、拝み屋の宮司が口にする祓詞に、耳を傾けているサークルメンバーや神社の宮司は。

 本能的に彼が『本物』だと納得できた。


 それ程に、特別な空気が社殿内に満ちていた。


 拝み屋の宮司が上げる祓詞に集中するサークルメンバーの内心には、本当にコレで訳な分からない状況を終わらせる事ができると、安心していた。


 ・・・その矢先。


 『3人目』の男性が頭痛に襲われ。


『かげ・・・来た!!来たぁ~~~!!ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!』


 昨日よりも激しく、痛みを訴える悲鳴を上げ、頭を抱えて社殿内の床を転がり始めた。


 すると。

 社殿内に満ちていた清浄な空気に、青臭い匂いと鬱蒼とした森の中に居るような重苦うしい空気が混じりだす。


 その変化に。

 サークルメンバーと神社の宮司は、内心で慌てるが。

 状況の変化や頭痛で藻掻き苦しむ男を前にしても、変わらず淡々と祓詞を上げている拝み屋の宮司の態度に、落ち着きを取り戻し。

 彼が上げる祓詞に集中した。


 どれくらの時間が経ったのか。


 『3人目』の男性の頭痛が治まり。

 拝み屋の宮司は祓詞を上げ終えると、力が抜けたように床に膝を付き。

 咄嗟に、側に立っていた神社の宮司が支える。


 全身を汗で濡らした拝み屋の宮司に。

 サークルメンバーは、意識をなくしている『3人目』の男性を気にしながら、コレで終わりかと問い掛ける。


 拝み屋の宮司は、神社の宮司に支えられながら。

 汗だくで、血の気が引いた土気色の顔を『3人目』の男性と『4人目』の女性に交互に向けて・・・首を横に振った。


『君らに憑いているあの人形は、我々の言葉で表せば・・・所謂【神】と言われる存在だろう・・・』


 拝み屋の宮司はそう言うと。

 社殿内の床に座り込み、サークルメンバーと神社の宮司に説明は始める。


 彼らに憑いているのは。

 謂れは分からないが、どこぞで祀られていた土着の神であり。

 丁寧に祀られている間は、和御魂として人を見守っていたが。

 次第に存在を忘れられ、祀る者が居なくなった事で荒御魂の性格が強まり。

 次第に贄を求めるようになった。


 だが、贄を求めた所で。

 捧げる者は、【神】の側の居らず、荒ぶる神の魂は憎悪を募らせていき。

 

 その時偶々【神】の側を訪れた。

 サークルメンバーに目を付け、贄として喰らうことにしたのだ。


 拝み屋の宮司は、神社の宮司の指示で、巫女さんが持って来たお茶を啜りながら。

 サークルメンバーに、分かったことを伝えた。


 その話を聞いたサークルメンバーは。

 偶々、【神】様の側に居ただけで、生贄として殺されるなんて納得が出来ず。

 どうにか為らないのかと、拝み屋の宮司に縋るが。


『人が【神】の都合を聞かないように、【神】も人の都合は聞かない』


 拝み屋の宮司はそう言うと。

 サークルメンバーに、憐れみの視線を向けながら首を振る。


 拝み屋の宮司も、どうにか対話を試みたが、【神】が求めるのは贄のみで。

 贄を求めることを止めれば、新たに社を設け。

 改めて奉ろうと条件を出しても。

 土地の者との約束による正当な行使であるとして、譲らなかった。


 【神】との契約内容が分かれば、対処のしようは有るだろうが、【神】はそれを語らず。

 人との間に取り交わされた約束によって、贄を求める、その一点だけを主張するだけだったと、説明した。


『ただでさえ、【神】てのは、人の都合を気に掛けないモノが多いってのに。荒御魂の側面が強くなった【神】は、それに輪を掛けて人の都合を気にせず強情だ』


 拝み屋の宮司は。

 説明の最後に『どうにもならんなぁ』と、申し訳無さそうに口に出し、頭を下げた。


 サークルメンバーの、特に『4人目』の女性は。

 それでも、諦めきれず、宮司達に縋り付くが。

 神社の宮司は、元々見ることも感じることも出来ないので、どうしようもなく。

 拝み屋の宮司も、考えるように腕の組んで、何も言わなかった。


 遂に行き詰まったサークルメンバーは。

 社殿内で途方に暮れてしまう。


 力なく項垂れる『3人目』の男性と。

 嗚咽を漏らし床に突伏する『4人目』の女性に。

 国道メンバーは、どう言葉を掛けたら良いのか分からない。


 いつの間にか日は傾き始め。

 社殿内の明かりが落ちて来た頃。


 拝み屋の宮司は。

 大きく溜息を吐くと。


『【神】と土地の者が取り交わした約束が分かれば、対処できるかもしれない。だが・・・それを調べ、対処方法を確立するには時間がない』


 そう言って。

 『3人目』の男性を見やる。


 今までの流れだと、贄として選ばれた者は、頭痛を起こしてから5日後に死んでいる。

 そうなると『3人目』の男に残された時間は、後3日。

 時間がない。


 と、なれば。

 取れる手段は、彼らを狙う【神】を滅するほか無い。


『そんな事が出来るのはそれこそ【神】か、それに近い存在だ。俺が思い当たる、祈りでそんな事が出来るお方は、それこそ我々宮司の最高位であらせられる【御方】ぐらいだろう』


 拝み屋の宮司は、腕を組み。

 今から宮内庁に連絡入れて、事情を話し。

 仮に了解を貰って、祈りをして頂ける事になっても。

 3日では無理だろうな。

 と、考えを口に出しながら苦笑いを浮かべ。

 

『後は・・・古より、【神】の【威】を現世で振るうことを許された、日本の守護者たる【神威(かむい)】の者ぐらいだが・・・』


 拝み屋の宮司には【神威】の者との繋がりがなく、連絡の取りようが無く。


 どちらも不可能に近い方法に。

 諦めたように肩を落とした。


 だが、そんな宮司の言葉に1人。

 反応して、社殿内から駆け出した者がいた。


 皆が驚いた表情で、駆け出した者が出ていった、社殿の扉の方へ視線を向けると。

 遠くの社務所の方から大声で『電話を貸して下さい!』と言った、声が聞こえた。





「で!私が呼ばれちゃったのよ。困っちゃうよねぇ~」

 と、車を運転している桜は笑い声を上げた。


 今まで、黙って桜ー神威(かむい) 桜ーの話を聞いていた春命は。

 いよいよもって、自分が夜中に叩き起こされ、桜に付き合っている理由が分からなくなる。


「いくら私が【神威】の人間だからってさ。悪霊だか悪神だか知らないけど。ハァッ!ってやった所で、何かを滅すとか出来るわけ無いじゃんねぇ?私は美人で可愛いただの女の子なんだからさぁ」

 

 運転席で、おちゃらけて言う桜に。


「貴女は・・・死ぬかもしれない場所に私を連れてきたんですか・・・そうですか・・・」


 春命は、冷ややかな視線を向ける。


「イヤイヤイヤイヤ。大丈夫だから、死んだりしないよ?」

「ですが。【神】とやらが求める贄が、4人だけとは限りませんよ?我々も順番を付けられるかも知れませんし・・・そもそも、美人で可愛いだけの桜さんが対処できる案件では無いのでは?」


 こと、命に関わる現在の状況でも、淡々した態度で、桜を馬鹿にする事を忘れない春命に。


 桜は、唇を尖らせ、イジケた態度で。

「ですよねぇ~・・・でもねぇ・・・私の実家は【神威】で。世間で知られているようなお家柄だからさぁ~・・・私自身に力がなくても、対処できそうな人を知っちゃてるんだよねぇ~・・・だからさ・・・見捨てられないじゃない、人情的にさ・・・」

 そう言って。

「だから!姉さんに、ちゃんと相談してから行動しております。ご心配なく」

 おちゃらけながら、春命に答えた。


 桜から告げられた名前に。

(かえで)さんですか・・・今はお忙しいのでは?」

 春命は、小さく笑顔を浮かべて尋ねると。


「そうだね。今は新しいプロジェクトとかで、伊豆諸島沖に出てるね。ヒョロヒョロの学者なのに、フィールドワークが好きなんだから・・・」

 桜は、久しく会っていない姉の姿を思い出し、小さな笑みを浮かべた。


 そんな桜を横目に。

 春命は、自分が抱えている録音機を見詰め。

「そうですか。それで?楓さんは何と?」

 楓に相談した内容を聞く。


 桜は、渋い表情で。

「取り敢えず。サークルメンバーがそうなった切っ掛けと思われる、音声のサンプルを取ってこいって言われた。それをデータで送った後、対処法を教えてくれるってさ」

 姉の傍若無人とも思える言い様を思い出す。


 桜から聞かされた楓の言葉に。

「それで・・・コレですか」

 春命は、抱えている録音機を見詰め、楓さんらしい言いようだと笑みがこぼれた。


 そして。

 桜が運転する車は、県道メンバーが言っていた、道路の上に架かる鳥居に差し掛かる。


 時間もラジオの周波帯も。

 当時の彼らと同じ。

 可能な限り、彼らの状況を再現して。


 車が鳥居を潜ると同時に。

 春命が録音機のボタンを入れると。


『では、次の怪・・話な・・千葉・・・・』


 今まで車内で普通に流れていたラジオが乱れ始め。


 ・・・ザ・ザッザ・ザー!!


 電波を受信しなくなり。


 暫くノイズ音が鳴った後。

 

 ノイズ音が止まり。


 小さく、だがはっきりと。


『・・・・・・・・5人目・・・』


 全身の毛穴から汗が吹き出すのではないかと思える程の、低く、怖気立つ声が、ラジオから聞こえ。


 今まで、怖がる素振りもなかった2人の表情にも。

 不安の色が浮かびだした。


 桜は、ノイズ音が収まるまで車を走らせ。

 ラジオが正常に戻って場所で車を止めると。


「春ちゃん・・・何人目って言われた?私は5人目だって」


 助手席で、澄ました表情でいたが。

 額に脂汗を浮かべている春命に問い掛けると。


「私は、6人目だそうです。今のが【神】の声と言うモノですか・・・あんまり好感は持てませんね・・・」


 春命は、笑みを浮かべ、答えながら軽口を叩く。

 だが、笑みを浮かべた口の端は、小さく震えているようだった。


 桜は、そんな春命に対し、元気づけるように。

「そうね。ちょっとビブラート効かせ過ぎね。普段からあんな喋り方だと、他の神様も彼と話す時、言葉が聞き取り辛くって、困ってるんじゃないかしらね」

 少しおちゃらけて答えると。


 1人、懐中電灯を持って、車を降り。

 鳥居の方へ歩き出した。


 車の中に1人残された春命は。

 流石に1人で居るのに不安を感じ、抱えている録音機のスイッチを切って、後ろの席に置くと。

 鳥居に向かって歩く桜の後を追った。


 桜は、自分の隣に走ってきた春命を横目に、笑みを浮かべ。

「あら?車に残ってても良かったのに。蚊に刺されちゃうわよ?」

「別に、私は蚊に刺されにくい体質なので、お構いなく。桜さんを一人で行かせると、怖くなって戻ってこれなくなるかも知れませんし。そうなると車が使えなくなり帰れなくなるので、仕方なく私も同行します」

 普段より少し早口になった春命と、軽口を叩き合いながら、鳥居へと向かった。


 後ろから車のハザードランプの光を微かに感じ。

 前方を懐中電灯の光のみが照らす暗闇の世界を、2人が歩いて行く。


 それはまるで。

 現世(うつしよ)から常世(とこよ)へと続く道を歩いているかのような錯覚を、2人に与え。

 口には出さないが、泣きたく為るような心細さを、2人は感じていた。


 鳥居に辿り着くと。

 桜は何かを探すように周囲を照らす。


「桜さん、何を探しているんですか?」

 春命は桜に問うと。

「こんな立派な鳥居が有るんだし、神社が近くに在ってもいいでしょう?」

 そう桜は、周囲を見渡しながら春命に返すと。

「でも・・・それらしい建物は無いねぇ・・・」

 不思議そうに小首を傾げた。


 春命も、桜に釣られて周囲を見渡す。

 

 すると。

 鳥居の側に、石碑のような物が倒れている事に気付き、桜に伝え、一緒に石碑の側へ近づいて行く。


 倒れた石碑には、何かや色々刻まれていたが。

 苔や雨風で風雨化していた所為か、なんたら神社としか読み取れなかった。

 

 桜は、車が止めっている方へ懐中電灯を向けると。

「もしかしたら・・・この道は、神社を壊して作られた道なのかもね・・・もしそうだったら、神様が怒ったり恨んだりするのも頷けるわ・・・」

「人の都合で祀られて。人の都合で住処を壊される・・・今回の件は、【神】の理不尽によるところ、だけではないのでしょうね」

 桜の独り言のような囁きに。

 春命も、何か感じる所があったのか、神妙に答えた。


 2人は、鳥居の側を後にして。

 道の先で、微かに見える車のハザードランプに向かって歩き出す。


 桜がもった懐中電灯の光は、道の先で微かに点滅する車へ伸び。

 まるで、暗闇に巣食う人為らざる者の世界から、人の世へと続く光の道のようにも思え。

 2人は、その光の道に安心を感じた。


 車に戻った2人は。

 

 その後。

 

 桜の運転で、県道から国道に出ると。

 直ぐに高速道路を使い。

 桜が居候し、春命が預かられている『家』に戻る。


 家主は、一仕事終えた日だったのか。

 無断で車を使われている事にも気付かず。

 事務所としている自室のソファーで、深い眠りに付いていた。


 彼女達は、そんな家主を起こさないように。

 桜は、録音機を抱えて。

 春命は、車のキーを所定の場所へ戻すと。

 静かに自室に戻り。


 その日は眠りについた。


 起床したのは、10時を過ぎた頃。

 彼女達が世話になっている家主は、既に仕事へと家を空けていた。


「おはよう春ちゃん・・・って、今から学校に行くつもりなの?!」

 目を覚まし、自室から出た桜は。

 制服を着て、学校に行く準備を終えた春命の姿に、驚きの声を上げる。


「意味もなくサボったのを義恭さんに知られたら、怒られますからね。桜さんとは違うんです私は・・・」

 春命は、桜にそう言い捨て。

 足早に、学校へ向かう。

 

 桜は、ボサボサ髪の頭を掻きながら居間へ行き。

 居間の壁に掛けられた時計を見て。

 サークルメンバーと約束した時間には、余裕があるのを確認すると。


 台所へ行き。

 トースターにパンを差し込み。

 冷蔵庫から作り置きのアイスコーヒーを取り出して、コップへ注ぐ。


 パンを焼き上がるのを待ちながら。

 この後のことを考える。


 昨夜録音したラジオの音を、姉に送り。

 今回遭遇した怪奇現象の対象法を聞き、サークルメンバーに伝えに行く。

 どれぐらい時間が掛かるか分からないし、今日は大学はいいか。

 終わったら。

 仕事から帰ってきた義恭に、どこか晩御飯に連れてって貰おう。

 春ちゃんを巻き込めば、嫌だって言わないだろう。

 私すっごい頑張ったんだし、ご褒美は貰わないとね。


 と、自分勝手な事を考えていると。


 トーストが焼き上がり。

 冷蔵庫に入っていたジャムを適当に選んで塗ると、トーストを齧ったまま、アイスコーヒーが入ったコップを持って、自室へ戻っていく。


 女性に部屋には似つかわしくない厳ついコンピューターに録音機を繋げて、録音した音をデータ化し、メールで姉の楓に送り。

 部屋の電話で楓に電話する。


 数回のコール音の後。

 楓が電話に出て、桜がデータを送っている事を伝えると。

 内容を確認するから待って欲しいと言われ。

 暫くの間、電話から聞こえてくるエルガーの『愛のあいさつ』に耳を傾ける。


『ごめん、待たせたわね。確認取れたわ』


 電話から聞こえる『愛のあいさつ』を6回程聞いた頃。

 楓が、データが届いた事を告げる。


「そう。それで?そのぉ~・・・神様への対処方法を教えてくれるんでしょう?」

 

 いまだに、眠気が残っているのか。

 桜は、楓に対して、少しぶっきら棒な態度を取ってしまうが。

 楓は、一切気にする事無く。


『桜、録音した音は聞いたかしら?』


 桜の言葉を無視するように話しだした。


「・・・聞いてないけど・・・」

 桜は、楓が面白い事柄に出会うと、一切周囲を気にしなくなる人物だと知っているので。

 いつもの事だと、諦めに近い感情で、楓の話に付き合う。


『だったら、もう一度聞いてみなさい』

「・・・はい。ちょっと待っててね・・・」


 桜は、楓の指示に面倒臭そうに従う。


 下手に反抗して、ヘソを曲げられたら、対処方法をお教えてくれなくなるかも知れないからだ。

 そうなれば、サークルメンバーの2人は勿論。

 自分と春命の命が危ない。

 

 だが、楓は。

 そうなっても、気にしないだろう。

 正確には、1日2日は気落ちするだろうが、3日目にはケロったした顔で新しい研究テーマを見つけては、それに没頭して、気にしなくなる。

 神威 楓とは、そういう人物なのだ。


 桜は、そんな事で。

 楓に言われた通り、録音機にヘッドホンを付けて、昨夜録音したモノを聞く。


 初めは、ラジオのパーソナリティーの声が途切れ途切れに聞こえ。


 次第に、ノイズが入りだし。


 暫くの間、ノイズ音が続いた後。

 

 再び、ラジオが流れ出した。


 桜は、ヘッドホンを外し、虚空を見詰め。

 入っている筈の【神】の声が無かった事に。

 コレは失敗かと、肩を落とす。


「姉さん?」


『なに?』


「ごめん・・・入ってなかったね、神様の声・・・」


 桜は、この事で楓がヘソを曲げてないか不安になる。


 楓から対象法を聞けなければ、サークルメンバーや自分は兎も角、怖さを紛らす為に連れて行った春命に申し訳ない。


 その上。

 変な事に春命を巻き込んだと義恭に知られたら。

 多分・・・【神】の贄に為る前に。

 義恭に殺される。


「あ、でもね。私ちゃんと現地行って録音したのよ!ち、ちゃんと私も5人目って言われたし!春ちゃんだって『春命も連れて行ったの?』・・・う、うん・・・1人は怖くって・・・」


 楓のヘソを曲げないように。

 桜は、懸命に言い訳じみた事を、楓に伝えるが。

 勢いで、言わなくてもいい事まで言ってしまう。


『ハァ~・・・春命を巻き込んだって義恭に知れたら、貴女・・・ぶっ殺されるわよ』

「だから!だから・・・対象法教えてよぉ~、お姉ちゃぁ~ん」

 

 桜は、【神】の贄にされるよりも。

 義恭に本気で怒られる方が怖かった。

 冗談抜きで、死んだ方がマシだと思える程に。


 電話の向こうで。

 暫くの沈黙が続く。


 桜は、その沈黙が耐えきれず、本気でぐずり始めると。

 電話の向こうで、堪えるような笑い声が、小さく聞こえだし。


『アッハッハァ・・・ごめん、ごめん。心配しなくても、ちゃんと対処法は教えるし。それに録音もちゃんとされていたわ。ちなみに私は7人目だって。サークルメンバーと桜が聞いて、私が6人目だと思ってたけど、春命も一緒だたから、私は7人目だったのね・・・てっきり桜達が把握してない誰かに順番が振られてるんだと思ったわ』


 楓は、声を上げて笑った後。

 桜に謝ってから、自分にも順番が振られた事を楽しげに伝えた。


「もうぉ~脅かさないでよぉ~・・・本気で焦ったんだから」

 桜は、楓のおふざけに本気で安堵した後。

「ねぇさんに順番が振られたって事は・・・どういう事だ?」

 何故、現地に行ってない、楓に順番が振られたのか。

 何故、自分が聞いた録音には、【神】の声が入ってなかったのか、桜には検討もつかなかったが。


『詳しい事は、この録音データを解析してみないと分からないけど。聞きながらざっと調べた範囲では、このノイズ音が、聞いた者に対し何かしらの作用を及ぼしているみたいね』


 【神威】としての力を持つ楓には。

 現在自分を含むサークルメンバーと桜、春命が遭遇している事象に対しての、答えのようなモノが大まかにだが見えていた。


 桜と春命が採取してきたノイズ音には、国内で使用されているラジオの周波帯では発生しない波が含まれており。

 その電波を電気信号に変換すると。

 人の脳内で発生している電気信号に酷似していた。


 詳しく解析しなければ分からないが。

 仮に、ノイズ音に含まれている不明な電波が、何かしらの理由で、脳内で電気信号として作用し。

 ノイズを聞いた者に対して、頭痛等の痛みや黒い人形を見せているのではないか。


 拝み屋の宮司やサークルメンバーの女子の1人が、ノイズ音を聞いていないのに人形を見えたり出来たのは。

 元々、一般人より感応能力が高いからだろう。


 世の中には、余り知られていないが。

 一般的にオカルト扱いされている超能力と言ったものは。

 楓が属する界隈では、周知の事実になっており。

 通常の人間には無い、特異な体質や力を持つ人間はこの世界で確かに存在し。


 実際、昔から日本を守護してきた【神威】や、それに連なる者の中には、特異な能力を持っている者がいる。


『もしかしたら。この事象を引き起こしている存在も、そのような特異な能力を持った存在なのかも知れないわね』


 楓は、此処までの話を、早口で矢継ぎ早に桜に語ると。

 満足したように、乱れた呼吸を整えた。


 桜は、何のこっちゃ、と思いながら。

 楓の話を黙って聞いており。


 楓が落ちつた頃合いを見て。

「それで?一体どうすれば、こんなおっかない出来事からおさらば出来るの?」

 事態の解決方法を問う。


『そうね・・・時間があればノイズ音を解析して、どのように人の脳に作用しているのか調べて。その作用を抑制する薬なり、装置を作りたい所だけど・・・』

「時間がないよ・・・」

『でしょうね。私もゆっくり解析たいし。その県道に人を派遣して、謂れやなんかも調べたいから。取り敢えずの手っ取り早い解決方法として・・・最終手段を教えてあげる』


 楓から、最終手段とやらを聞いた桜は。

 長い時間楓と話し込んでいた所為で、サークルメンバーと約束した時間が迫っており。


 義恭が事務所として使っている部屋の机に書き置きを残して。

 サークルメンバー達が待つ、昨日呼び出された神社へと急いだ。


 桜が境内に入ると。

 社務所の前でサークルメンバーと神社の宮司、拝み屋の宮司が待っており。

 宮司2人は、桜が到着すると、(うやうや)しく頭を下げて、出迎えた。


 面子が揃った所で、神社の宮司が一同を社務所内の大広間に迎い入れ。

 全員にお茶を出し、皆が一息ついたのを確認すると。

 神社の宮司が代表して、桜へどのように対処するのかを問い掛けた。


 桜は、自分に向かられる多くの視線に、居心地の悪さを感じつつも。

 明らかに昨日より体調を崩している『3人目』の男性の姿を見て。

 楓に教わった対象法を告げるため、内心で覚悟を決める。


「あぁ~・・・取り敢えず、私もね。昨日の夜に県道を車で走って来たんだけど・・・」


 ・・・が。


 楓から告げられた方法は、自分でも理屈が分からない内容だったので、特に切迫している者には言い辛く、話をはぐらかしてしまう。


 だが、口にした内容が悪かったのか。

 この場にいる桜以外の人間が驚きの声を上げ。


 一同の態度にテンパってしまった桜は。


「あ、いや。大丈夫だから。ちゃんと私も神様の声っての聞いたから。大丈夫、私5人目だって」

 

 と、余計な事を口走ってしまい。


「・・・貴女まで、順番を振られてどうするんですか・・・」


 拝み屋の宮司に呆れられてしまう。


 拝み屋のそんな態度に。

「イヤ、でも、それが重要だったみたいで・・・」

 桜は、お茶を口にして、自身の心を落ち着ける。


 神社の宮司は、桜の空になった湯呑にお茶のお替りを注ぎながら。

「それはどういう意味でしょうか?」

 桜が口にした言葉の意味を問う。


 桜は、取り敢えず。

 楓にノイズ音のデータを送った時に聞いた話を全員に伝えると。

 大広間に居た全員が、どうにも渋い表情を浮かべた。


 昨日まで、怪奇現象や心霊現象と思っていた事が。

 桜の言葉を聞くと、科学的な現象に思えてきて。

 サークルメンバーが抱えていた、得体の知れないモノに対しての恐怖が、若干薄れ、気が抜けた感じになってしまい。


 拝み屋の宮司に至っては。

 自分の力や今まで見てきたモノに対しての観念が覆されたような気分になり。

 しかも、その言葉が。

 国の神職の長に次いで、この国を霊的に守っていると言われている【神威】の者からでた事が、彼の今までの観念に相当の衝撃を与えた。


「ーーーで、ですね。早急な対象法としては。常識為らざる存在には、常識為らざる存在をぶつけるんだよ!・・・的な方法ですね」

 

 桜は、そう言って説明を終える。


 今まで、説明を聞いていたサークルメンバーの桜の友人は。

「常識為らざる存在って・・・なによ?拝み屋の宮司さんだって・・・失礼だけど・・・私達からしたら相当非常識な存在よ?それでも駄目だったのよ?」

 何故か気落ちしている拝み屋の宮司を窺いながら、桜に問う。


 桜は、苦笑いを浮かべながら。

 困ったように。

「あぁ~・・・それは。もうじき此処に来るから・・・」

 何やら言い辛そうに含みを持って答えると。


 皆が集まる大広間の襖が開き。

 巫女さんが客人が来たことを神社の宮司に伝えた。


 宮司は、聞いたことがない名前の客人に、今日は取り込んでいるので帰って貰うように、巫女に伝えると。

 それを伝えに言った巫女が、再び戻ってきて。

 客人が『神威 桜に呼ばれた』と言っていると宮司に伝える。

 

 宮司は、桜に『額戸(ごうど) 義恭』なる人物が訪ねに来ている事を伝えると。

 桜は表情を引きつらせ、大広間に通して貰うようにお願いする。


 暫くすると。

 巫女が大広間の襖を開ける。


 すると。

 襖戸の梁で顔が隠れた大柄の男が立っており。

 梁を潜るように入って来ると。

 鋭い眼光で大広間を一瞥し。

 引きつった笑みを浮かべる桜を見つけ。

 大股で、ドスドスと畳を踏みしめ、桜の前に立ち。

 

「子供の春命を訳の分からん事に巻き込んでんじゃねぇぞ!この馬鹿たれが!」

 巨大で厳つい拳骨を、桜の脳天に振り落とした。


「!?ぅ゛ん゛ぅぅぅぅぅ・・・」


 桜は、義恭に殴らえた頭を押さえながら、痛みで呻きながら大広間の畳を転がり回る。


 突然の大男の振る舞いに、大広間に居た者達は、直ぐに反応が出来ずにいたが。

 その中でも一番早く反応できた拝み屋の宮司が、桜を庇うように大男の前に立ち。

 神社の宮司も、痛みで呻く桜に駆け寄った。


「ちょっと、貴方!どなたなんだす!?今殴ったお方が、どのようなお方か分かっているのか!」


 拝み屋の宮司は、自分よりも頭一つ背の高い男を見上げながら、桜を守るように大男の前に立つ。


 大男は、桜を守ろうと自分の前に立ちはだかる拝み屋の宮司に困った表情を浮かべ。

「ソイツが誰かだって・・・」

 いまだに殴られた痛みで頭を押さえて(うずくま)る桜を一瞥すると。


 大きな溜息を吐き。

「・・・ソイツは・・・夜中に未成年を連れ出し、世話になっている居候先の家主の車を勝手に乗り回し、俺が面倒を見ている子を訳の分からない危険な状況に巻き込んだ挙げ句、大学のテスト期間間近だというのに大学をサボった、じゃじゃ馬娘だ・・・」

 桜に呆れた表情を向けながら、疲れたように肩を落とし。


 大男の矢継ぎ早の台詞に、一同が唖然としている中で。

 桜の呻き声だけが、大広間に響く。


 少し間を置き。

 大男ー義恭ーを含めて、話の仕切り直しを行う。


 義恭は、仕事を終えて自宅へ帰ると。

 事務所の机に置かれた桜からの伝言を見て、学校から帰っていた春命からある程度の事情を聞いてから、神社を訪れていたが。

 何故、桜が自分を此処に呼んだのかまでは分からなかった。


 桜は、そんな義恭に。

 自分と春命、サークルメンバーに起きていた出来事を、大広間に居る全員に確認しながら、改めて説明し。


「それで。姉さんが言うには。今回の事象を引き起こしている神様?を呼び出すなり、出て来た所を義恭に対処して貰えばいいって・・・言われたんだけど・・・」


 最後に。

 楓に授けられた最終手段を、義恭含め、大広間に居る者達に聞かせた。


 桜が提示した対象法を聞いた一同は。

 納得できないような懐疑的な視線を、桜の隣で腕を組んで聞いていた義恭に向ける。


 義恭を改めて見た一同は。


 彼の隣に座る桜の太腿程あろうかという血管が浮いた太い腕や、着ているシャツを押し上げる大胸筋に丸太のような脚を持つ大男の姿に。

 頼もしさのようなモノは感じたが。


 こと、今回の件では、彼の体躯を十全に使った物理的な解決方法は意味がないだろうと思われ。


 しかも。


「話を聞く限り。俺が何か出来るとは思えんが・・・相手はオバケだか神様なんだか知らないが。俺には見たり感じたりするオカルト的な特別な力はない」

 自分自身でも、特別な力はないと言う。


 大広間に居る桜と義恭以外の一同は。

 桜が用意した対処法に、諦めに似た感情を抱いてしまった。


 そんな一同の思いも知らずに。

 

「まぁ、大丈夫でしょう。取り敢えず義恭は、神様が出てきたら『仕事』をすれば良いって、それでこの騒動は終わりだって姉さんが言ってたし」


 桜は、空気を読まずに、義恭の肩を叩きながら、笑い声を上げ。

 畳から立ち上がると。

「よし!じゃぁ・・・どうやって神様を呼び出す?出てくるまで待つ?」

 場の空気にそぐわない、元気な声音を一同に掛けた。


 桜が提示した対処法に懐疑的な一同も。

 他に打つ手もない為、腰を上げる。

 特に、時間がない『3人目』の男性とその次の『4人目』の女性は、藁にも縋る思いだった。


 宮司2人は。

 一度目と二度目のお祓いの際に現れたことを考え。

 次の贄を相手に、お祓いをすれば出てくるかも知れなと一同に伝え。

 

 それを聞いた『3人目』の男性の了解を得て。

 贄を求める【神】を呼び出すために、もう一度『3人目』の男性に対し、お祓いをする事になった。


 宮司2人がお祓いの準備をしている間に。

 万が一、【神】が順番を繰り上げて『3人目』の男性以外の前に現れた事を考え。

 念の為に【神】から順番を振られた者達を一ヶ所に集める事になり。

 義恭が、自宅に居る春命を迎えに行った。


 義恭が春命と共に、神社を訪れると。

 既に夕方になっており。

 お祓いの準備を終えた社殿内は、部屋の四方にロウソクが灯され、柔らかい明かりが社殿内を照らしていた。


 全員が揃うと。

 社殿内の中央に座る『3人目』の男性に、拝み屋の宮司が祓詞を上げていく。


 社殿内に緊張した空気が満ちていく。

 

 夕日が地平線の先に落ちていと共に、社殿内はロウソクの明かりだけの薄暗い空間となっていき。

 緊張感が増していく。


 義恭の隣に立つ春命と桜は、普段のふざけた態度が無くなり。

 次第に増してくる緊張感に耐えかねて、義恭の服の裾や袖を握る。

 

 そして。

 障子戸が閉められ、風が入ってくることが無い社殿の中で。

 社殿内を照らしているロウソクがユラユラと揺らぎ始め。

 空気が重くなるのを皆が感じた時。


「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」


 突如、『3人目』の男性が頭を抱え、社殿の床を転がりだす。


「義恭!!」

「分かってる!でも、俺には見えないぞ!!」


 桜は、【神】が来たのだろうと、声を上げるが。

 義恭は、周囲を見渡せど、【神】を見ることが出来ず、動きようがなかった。


「おい!来てるのか?来てるんだったら何処に居る!?」


 義恭は、頭痛に藻掻く『3人目』の男性に聞くが。

 あまりの痛さに頭を抱えて叫ぶことしか出来ない『3人目』の男性には、義恭の声は届かなかった。


 祓詞を上げている宮司も。

 見えている筈だが、祓詞を止めれば【神】が姿を消すかもしれない為に、義恭に教える事が出来ないでいた。


 義恭が、どうしたものかと右往左往している時。

 サークルメンバーの1人の女性が。

 社殿内の一点を指差し。


「そこです!そこに居ます!」


 義恭に知らせるように声を張り上げた。


 義恭は、女性が指さした方へ身体を向けるが。

 やはり、何も見えないし、何かの存在を感じることな無かった。


 見えないことへの苛立ちからか。

 義恭は舌打ちをすると。

 女性が指さした空間に、破れかぶれに腕をライアットのように振り抜く。

 

 踏み込んだ音が社殿内で響き。

 腕から放たれた風圧が四方に置かれたロウソクの火を揺らす。


 ・・・が。


 義恭には、手応えも、何も感じない。


「届いて無いです!・・・でも、一歩下がったような・・・」


 見えている女性は、義恭の腕が届いてない事を。

 そして、【神】が義恭の振り回した腕を()けるような動きを見せた事を伝える。


 社殿の中に、拝み屋の宮司が静かに奏上する祓詞と『3人目』の男性が頭の痛みで上げる叫びが響き。

 青臭い匂いが強くなる。


 状況が分からないサークルメンバーと神社の宮司、桜と春命は。

 先程空を切った自身の腕を見詰め、動かなくなった義恭に、何かあったのではと、不安を覚える。


 だが、義恭は。

 彼らが向けてくるそんな視線を気にする事無く。

 口元に小さく笑みを浮かべ。


「・・・成る程・・・目に見えないモノを相手にする事が、こんなに面倒だと思わなかったな・・・」


 脱力するように肩の力を抜いて。



 脇を締め。

 

 片足を一歩引いて、半身になると。


「だが・・・避けったってことは意思があるんだろう・・・」


 誰もいない空間に対して、目を瞑って構えを取る。


 この場所で起きている事が見えていない者達にとっては。義恭の姿は、ただ1人、誰もいない虚空に向かって構えている変な大男にしか見えなかっただろう。


 そして。

 目を瞑り構えたままの大男が、ジリジリと何かを追うよう向きを変えていき。


「ッ!?」


 一瞬の呼吸音と共に拳が放たれ。


 ドン!

 

 義恭が脚を踏み込んだ音が社殿内に鳴ると共に。


 パチン!


 静電気が弾けた音が鳴り。


 義恭は、腕を素早く引き戻すと共に、拳を放った方へ大きく一歩距離を詰めると。

 片足を腿の高さまで素早く上げて。


「フッ!」


 足の裏を社殿の床に叩きつけ。


 バキ!


 床を踏み抜いた大きな音が、社殿内に響き渡る。


 一瞬の間に起きた、あまりの多くの出来事に、サークルメンバーと神社の宮司、桜と春命は、何が起きたのか頭の中で処理できず。

 呆けたように口を小さく開けて。

 踏み抜いた床から、脚を引き抜こうと四苦八苦している義恭の姿を見詰めていた。


「ちょ、お前ら!見てないで、抜くの手伝ってくれよ!割れた床が・・・脚に刺さってるぽくて・・・ちょっと痛いんですけど!」


 義恭の助けを求める叫びに、我に返ったサークルメンバーの男性と神社の宮司が、彼に駆け寄り。

 床から脚を抜こうとしている義恭を手伝う。


 社殿内では、義恭の痛がる声と脚を引き抜く手伝いに『あ~でもない。こ~でもな』と言っている2人の男性の声だけが響いていた。


 拝み屋の宮司の祓詞も『3人目』の男性が頭痛で苦しむ声もいつの間にか無くなり。

 社殿内で充満していた緊張感や重い空気、青臭い匂いも消え。

 ロウソクの優し光が社殿内を照らしていた。


 その後。

 社務所の大広間に戻った一同は。

 義恭が負った怪我の手当をしながら。

 社殿内で起きたことを、拝み屋の宮司と見えている女性の口から説明された。


 拝み屋の宮司が祓詞を上げると。

 少しして、社殿の中を照らすロウソク光が届かない影から【神】が現れ。

 同時に『3人目』の男性に頭痛が起こった。

 

 【神】は、祓詞を奏上している拝み屋の宮司を一睨みすると、汚く黄ばんだ歯を見せ付けるような笑みを浮かべ。

 

『無駄な事をするな』と言って。


 『3人目』の男性の元へ近付いて行くが。


 その間に立っていた義恭が。

 腕を振り回した際に、避けるような行動を取り。

 顔部分に口しか無い【神】が、驚いたような雰囲気を出して、義恭と桜へ、顔を向け。

 義恭から逃げるように、近くの影に向かって動いた。

 

 だが。

 影の中に【神】が消える前に、義恭が放った拳が【神】の身体部分を打抜き。

 ダメージを負ったのか、【神】は床に倒れ。

 倒れたところに、義恭の脚が、【神】の頭を踏み抜き。


 【神】を形作っていた黒い(もや)は、霧散して消えた。


「その時・・・束の間だが。消えていく黒い靄が光となったように見え・・・感謝しているようにも思えたよ・・・」


 拝み屋の宮司は、最後にそう言い。


「私には・・・口しか無かっ顔に・・・穏やかな表情が浮かんでるように見えました・・・」


 見えていた女性は、困った表情でそう言った。


 桜は、義恭の脚に神社で貰った包帯を巻きながら。

「それで・・・もう神様は、贄として順番を振った私達を襲うことはなくなったのかしら?」

 拝み屋の宮司へ問うと。


 拝み屋の宮司は、小さく頷き。

「もう、君達からあの【神】との繋がりは感じられなくなっている。多分・・・大丈夫だろう」

 苦笑いを浮かべながら答えた。


「多分って・・・まだ終わって無いかも知れないの?」

 頭痛でグッタリしていた『3人目』の男性と『4人目』の女性は、拝み屋の宮司の言葉に不安げな表情を浮かべるが。


 拝み屋の宮司は、済まなそうに。

「【神】があれで消滅したのか、私には判断が出来ないんだ。・・・それは誰にも出来ない事だろう。ただ、君が明日、頭痛を起こさずに1日過ごすことが出来たのなら。今回の件は解決と見て、問題ないだろう」

『3人目』の男性を見据えて言った。


 そして。

 『3人目』の男性は、その日の晩と翌日を、拝み屋の宮司と共に世話になった神社で過ごし。


 頭痛を起こす事は無かった。


 順番を振られた者達や見えるようになった女性は。

 再び【神】を見ることは無く、一週間が経ち。

 彼らは、普段の生活へと戻った。


 後日。

 以前、テスト期間前にサークルメンバーから、県道の怪奇現象の話を聞いてた大学生の数人が。

 テストが終わり、暇を持て余して居る時に、彼らの話を思い出し、興味本位に県道を訪れたが。

 問題の県道は、いつの間にか封鎖され、誰も通れなくなっていたと言う。





 大学の夏休みに入った桜は。

 短パン、タンクトップのダラしない格好で部屋のベットで、夏のファッション雑誌を(めく)りながら。

 電話の受話器を首と肩で挟み。

「それで?何か分かったの姉さん?」

 電話の向こうにいる姉の楓と話しをしていた。


『ノイズの解析はある程度済んでるし。貴方達が対峙した【神】の正体も、あらかた調べ終えたわ・・・どっちか聞きたい?』


 電話の向こうから楽しそうに語る楓に。

 桜は、顰めっ面を浮かべ。


「・・・神様の正体かな」


 ノイズの解析結果を聞いった所で、自分には理解出来な事は明白だったので、今回の事象を引き起こした【神】の正体を聞くことにした。


『まぁ、そうでしょうね。桜にノイズの解析結果を話して、身体にどのような作用を起こすのかを事細かに説明した所で、理解できないでしょう』


 楓は、桜の心を読んだかのように言うと。

 楽しそうに【神】の正体を話しだした。





 昔、大きな地震や、有数の霊峰の1つが大噴火するなどで日本の人々が混迷としていた時代。


 とある山間の村に、不思議な力を持って生まれた者が居た。

 

 其の者は、怪我や病に苦しむ者に触れると、触れた者の痛みや苦しみを和らげることができ。


 村の付近で起こる土砂崩れや地震等を、起こる前に察知し、村人や近隣の者に知らせ、人的な被害を防いでいた。


 其の者が暮らす村や近隣の者達は、其の者を神や仏の使いと、敬い、畏れ、現人神として祀っていた。


 不思議な力を持つ其の者も、自身の力を自覚し。

 だが、傲ること無く。

 助けを求める者達の為に、その力を振るっていた。


 そして。

 其の者の献身的な行いのお陰か。

 其の者に関わる村々には、山賊や獣害、流行病等に襲われる事もなく、穏やかで平和な時が流れていた。


 だが、神や仏の使いと言われていても。

 其の者も人の身で有ることに変わりなく。

 幾ら不思議の力を持っていても、月日によって、其の身は老いていった。


 其の者が、老人と言われるようになった頃。

 全国的な大飢饉が発生し。

 其の者が住まう村や其の周囲の村々も、例外なく飢饉が襲った。


 其の者が住まう村や周囲の村々から、助けを求める者達が其の者に殺到したが。

 

 其の者が持つ不思議な力を持ってしても、飢えに苦しむ者達を助ける事は出来ず。

 其の者も自身の無力さに、苦悩し、涙した。


 其の者は。

 目の前で飢えに苦しみ死んでいく者達の姿を。

 大切な家族の為に、新しく生まれた命を犠牲にして、涙する者達の姿を。

 只々、見詰めて過ごすことが出来なくなり。


 決意した。


 其の者が、まだ若かりし頃。

 旅の行商から譲り受けた書物に記載されていた、呪術を行うことを。

 

 呪術は、力ある者の身を犠牲にすることで、呪者の願いを叶えるものだった。


 犠牲になる者の力が強ければ強い程、叶えられる願いの幅や効力が強くなる呪術。


 其の者が犠牲として選んだのは・・・自分自身。


 願いは・・・神になる事だった。


 自分自身が神となり。

 愛する村や其の土地に生きる者達の幸福を祈り、護る事を願った。


 呪術の準備は1人で出来るモノではなく。

 其の者は、村の者達へ呪術と叶える願いを説明し。

 其の者の献身に、村の者達は涙し、感謝しながら、呪術の準備に協力した。


 そして。

 呪術が行われる日。


 多くの村や周辺の村の者達が、其の者を囲い、食べ物に困る中でも、其の者の為に宴を行い。

 其の者を土地を護る神として祀ることを約束し。

 

 其の者は、集まる村人達に、自分の事を忘れないで欲しいと、その事だけを切に頼み。

 

 呪術を執り行った。


 呪術は、その身が朽ちるまで呪言を唱える。


 ただ、それだけだったが。

 

 其の者が朽ちるまで、10日の時が流れた。


 その間。

 呪言を唱える其の者は、休むこと無く、唱え続ける。

 喉が潰れ、嗄れた声になろうと。

 眠気が襲ってこようと。

 空腹で意識が薄れようと。

 喉が渇こうと。


 其の者は10日間。

 呪言を唱え続け・・・最後は笑顔を浮かべ息を引き取り。


 其の者は。

 見守る多くの村人の前で【神】となった。


 村の者達は、いまだに続く飢饉の中でも、其の者と交わした約束を守り。

 其の者を神として祀る社を建て。

 其の者が最後まで願っていた土地に生きる者達の幸福を祈り。


 翌年。

 村を襲った飢饉が終わりを告げた。


 それが偶々だったのかは分からない。


 だが、村の者達は。

 其の者に感謝し、土地神として其の者を祀り、祭った。


 村の者達は、其の者を忘れないよう、神となった日に祭りを行い、其の者を崇め続けた。


 口伝とし、書物としても、其の者の存在を忘れないようにしてきた。


 そのお陰か。

 以降、村や其の土地に、大きな厄災が襲うことはなくなった。

 

 そして。

 月日が流れ。


 世界を巻き込んだ大きな大戦が終わり。

 国政によって、各地で大規模開発が始まり。

 多くの村や町が合併等を繰り返し。

 其の者が愛した山間の村々も、其の煽りを受け。

 開発され、道路を引くのに邪魔だった社は、土地の外に移設され。

 交通の便が良くなったことで、山間の田舎から街へ人が流れていった。


 其の者が愛した土地には、【神】になった其の者を土地に残したまま、祀る者達が居なくなり、存在を忘れられてしまった。





 楓の話が一段落ついて。

「じゃぁ・・・その人が、村の人達に忘れられたから、あんな事したの?」

 桜は、なんとも言えない()瀬無(せな)さを胸に、楓に問う。


 楓は、受話器の向こうで考えるように小さく唸った後。

『どうだろう・・・其の者が使用した呪術がどんな物か分からないけど。恐らく効果は無いわね。飢饉が終わったのも偶然。でも・・・最後に、其の者が本来持っていた力が死の間際に覚醒したんでしょうね・・・』

 桜にそう言うと。


 本来、其の者が持っていた力は、電気や磁力に関係する力で。

 土砂崩れや地震を察知できたのは、災害前に発生する地磁気を感じていたからだろう。


 怪我や病の痛みを和らげる事が出来たのも、体内磁気を操って、痛みを感じる神経に干渉し、緩和させていた可能がある。


 そう言った力を持った能力者は。

 死の間際に、途轍もない力を発揮する事があり。

 其の者は死の間際に、自分の意識や自我を、其の土地の地磁気なんかを利用して、残したのかも知れない。


 そして。

 其の土地に残った自我や意識は、時間によって劣化していき。

 忘れられたくないと言った意識だけが残り。

 偶々、利用できる周波帯と人が側に現れたから、貴方達が体験した形で、存在を主張してきた。


 ノイズ音に【神】の声が入っていなかったのは。

 ノイズに混じった電気信号が、聴いた者の脳に作用し、聞かせていた幻聴のような物で。


 死んだ2人については。

 1人目は、恐らく目の前に現れた【神】の姿に恐怖したのと、頭の痛みに耐えきれず、自殺し。

 

 2人目は。

 ノイズに混じった電気信号が、脳に作用して、意図的に脳梗塞を起こさせて殺した。

 

 1人目も、自殺しなければ脳梗塞で死んでいただろう。


 死んだ二人の脳が萎縮していたのは、ノイズに混じった電気信号が、聞いた者の脳に異常な負荷を掛けていた為の後遺症のようなものだ。


 何故、ノイズを聞いた者でも、順番がきた者以外は【神】を見ること出来なかったのかは。

 恐らく、残っていた【神】の意識がノイズを聞いた者の脳の電気信号操作して、意図的に見せなかった。


 拝み屋や見えてしまった女性については。

 元々、【神】と同様の能力か、それに近い能力を有しており。

 順番がきた者の脳内の電気信号を傍受して、見えていた可能性が高い。


 【神】が黒い人形なのは。

 そのように【神】が見せていただけで、特に意図は無いと思われる。


『とまぁ・・・【神】の正体はそんな所かな?』

 楓は、話を終える。


 桜は、よく分からない話に。

「はぁぇ~・・・何か凄いねぇ~・・・」

 気の抜けた返事をするしか出来なかった。


『そうね。世の中には、凄くて面白いモノが一杯あって飽きないわ』


 そう言って、楽しそうに今やっているプロジェクトの話を始めようとする楓に。


「姉さん!」

 桜は遮るように声を掛け。


『・・・なに?』


「何で、最終手段が義恭だったの?・・・アイツそんな力は持ってないでしょう?」

 と、聞くと。


 暫しの沈黙の後


『そうね・・・確かに義恭には特別な力はないわ・・・』


「じゃぁ、何で姉さんは、義恭が神様を退治できると思ったの?」


『思いつきじゃないわ。確信があったし、其の下準備も整えたわ』


「・・・」

 楓の言葉に、桜は説明の続きを黙って待つ。


『【神威】の者が危険に晒された時、【新田(にった)】はどのような危険からも【神威】を護る・・・それは古より続く魂の契約なの。特に・・・【神威】の姫を護る際の【新田】の男は、例え相手が【神】であろうと護る抜くわ』


 楓は、力強く桜に言い切り。


『ぽっと出の、たかだか数百年前に【神】になった存在に【神威】と【新田】の因縁が断ち切れる訳ないのよ』

 

 楓はそう言って電話を終えた。


 桜は、自室を出て、台所へ行くと。

 普段、事務所としてつかている自室で寝ている筈の義恭が、居間のソファーでイビキを掻いて眠っていた。


 桜は、居間の壁に掛かっているカレンダーに目をやると。

 今日は日曜日である事に気付く。


 春命は、今朝方出掛けたままで。

 帰ってきていない。


 居間の窓は開いており、外からはセミの鳴き声が煩いほど聞こえ。

 空調は動いて無く、ソファーで眠る義恭の側で扇風機だけが回り。

 居間とそこに繋がっている台所は熱くて鬱陶しかった。


 桜は、そんな暑苦しい台所から、義恭が眠る居間へ移動して。

 ソファーの前に立つち。


 暑苦しい中で、呑気にイビキを掻いて寝ている義恭を見下ろす。

 

 暫くの間そうしていると。

 熱さで室内に居るのに汗が滴り、義恭の額に汗が垂れ落ちるが。

 起きる気配がない。


 桜は、徐々に手を掲げると。

 ピースサインを作り。


「起きろぉオラァ~」


 眠っている義恭の鼻に、2本の指を突っ込んだ。 





 その後。

 起きた義恭に叱られた桜は。

 義恭と共に、あの県道へと赴く。


 忘れられた土地の神様へ。

 その土地で世話になっていた者達の代わりと。

 この国の守護者である【神威】の名を持つ者として。

 今まで土地と民を護ってくれていた感謝を告げに。

新田 義恭 (にった よしやす)

 普段は額戸(ごうど)性を名乗っている。



神威かむい さくら

 残念美人



八意やごころ 春命しゅんめい

 あだ名・・・はるちゃん

 オマセサン



神威かむい かえで

 桜の姉

 超天才

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― 新着の感想 ―
[一言] 同じ超常現象をうまく絡ませながらも、最後は分からない部分を残しておくというのが面白いなと思いました。 読ませていただきありがとうございました。
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