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リーダーは、変なやつだ。いや、嫌いではないぞ?
リーダーはリーダーだ。家族の一員だ。
かけがえのない存在なのだ。
初めて会ったのは5年前、皇都のずっと北の方、皇国最北端ジャマン辺境伯領、領都ジャマニ。今では充分立派な魔法使いだが、当時は魔法も使えない、印象の薄い純人の子供だった。 いや、当時既に15歳と言っていたから子供ではなかったのか。とにかく小さいやつで、いや今でも小さいのだが、弱そうだった。
リーダーを初めて見たとき、リーダーは、迷宮探索者座バイエル支部に併設された酒場で飯を食べていた。貴族のように肉叉で麺を巻きとり、泣きながら口に運ぶ様子はかなり怪しかったと思う。
ただ、リーダーから漂ってくる匂いだけは、歴戦の迷宮探索者のようだった。
俺達みたいな、狼の獣人は、他人の感情を匂いで判断することができる。恐怖、不安、緊張、歓喜、激怒…。近くに寄れば結構分かるものだ。特に俺みたいな獣性が濃い獣人はその能力が高い。相手が獣人だと分かりづらい時があるが、リーダーは純人だ。純人は無防備に感情の匂いをさせるからな。
そんな俺が感じ取ったのは、リーダーの不安に混じった覚悟の匂いだ。結構酔ってた俺でもはっきり分かるくらい強い覚悟の匂いだった。何に覚悟を決めたのかは分からないにしろ、こんなに強い匂いをさせるやつは、高位迷宮探索者でもなかなかいない。
まぁ、そんな感じでチラチラリーダーを見ていたんだが、翌日も迷宮に行くつもりだった俺は早目に切り上げるべく会計を頼んだ。結構飲んだが時間はまだ早かったと思う。そして、店主が釣りの額を言った時、横からリーダーが口を挟んできたのだ。
「あれ?お釣りが少なくない?」
その時のことは、実はあまり覚えてない。酔っていたし、それに驚嘆していた。当時は獣人に対する風当たりが強かった。それにジャマンは辺境で、獣人は純人を食らうなんて根も葉もない噂が横行していた。純人から避けられていたし、恐れられてもいたし、異物を見るような目で見られることも多かった。純人から親切にされた記憶もない。それがこんな小さい純人の子供から、獣人である俺を助けるような言葉が発せられるとは思いもしていなかった。
その後の成り行きとか実際の金額とか周りの状況とか、そんなものは全く覚えてないが、当時の俺は、迷宮で見つかる高価な魔法具なんかより、その少年がよっぽど価値のある得難い宝物に思えたのだ。明日の迷宮なんてその時にはもうどうでも良かった。一も二もなく彼を捕まえて宿に帰ったのだった。酔ってなければもっと穏便にできたのかもしれない。ちなみに、リーダーからはその時、俺の行動にか別の何かにかは知らないが、終始驚きの匂いを混じらせていただけだった。
宿で、弟たちににしこたま怒られ、モリィとメルフィルに冷たい目を向けられたが、当時の判断を俺は後悔していない。
後から分かったことだが、リーダーは、変なやつだけど、やっぱりすごいやつだったのだから。
◆◆◆
リーダーが支部長から襲撃された(リーダー談)翌日、リーダーから迷宮に行こうと誘われた。もちろん“狼牙”のパーティ全員がだ。しかし、常日頃から、迷宮は怖いとか、迷宮は危ないとか言っているリーダーが、迷宮に自分から行こうとすることは、滅多にない。よっぽど金欠なのだろうか?“ふくりこうせい”のせいだろうか?確かにあれは最高だが、結構金がかかるだろうことは想像に難くない。
「みんな忘れてるでしょ?福利厚生のルール。」
食堂以外で飲み食いしないというやつか?確かに昨日、そのルールを破ったが、それと迷宮と何の関係があるのだろう?ウォルフもアルフも顔に疑問の表情が浮かんでいる。俺がそのルールを破ったことを知っているメルフィルとモリィは俺を睨んでいる。ちょっと注意されたくらいで、俺は怒られてはいないぞ?
「月に一回無償で迷宮探索するってやつだよ。やっぱり忘れてたでしょ?」
そう言えば、そんなことをリーダーが言っていた。俺も忘れていたが、皆も忘れていたようだ。大体、あの“ふくりこうせい”が悪い。あれが最高過ぎるのだ。皇都は暑いのだが、普通はぬるい麦酒は冷たいし、いくら食べても飲んでも、誰も何も文句は言わないし、それを見てリーダーはニコニコしている。天国とはあれを言うのだと言うメンバーもいる位だ。あぁ、リーダーが雇ってきた料理人は、もう少し待てとか、もっと味わって食べろとか怒鳴るが些細なことだ。あれは文句とは言わないと思う。
「早くしないと、クランの資金がヤバいんだよ?他のパーティも絶対忘れてるし、ここはウチが率先してやらないと。ウチは、稼ぎ額だし儲けも大きいからね。」
なるほど。それなら納得だ。“狼牙”はクランで一番儲けが大きいのはよく知っている。“狼牙”の皆は、クランメンバーに飯を奢ることが多い。最近は、“ふくりこうせい”のお陰で奢ることは減ったが。それに、迷宮に誘われるのは嬉しい。今後も、このルールを無視していれば、迷宮に誘ってくれるかもしれない。皆も同じ気持ちではなかろうか?昨日、迷宮に行こうと誘われた時、皆一様に尻尾を振って喜んでいた。
そうこうしてるうちに、行き先が決定した。皆、特に行きたい迷宮なんてないから、リーダーが行きたい迷宮に決まったのだ。そもそも、リーダーが行きたいと言えば、皆尻尾を振ってついていくだろう。リーダーは、シャウに何か言付けて俺の方にやってきた。
「じゃあ、ガルフ、おぶって?」
うむ。
いくら最近、獣人の地位が改善されていると言われる皇都でも、獣人に自ら触れに来る純人はリーダーだけだ。しかも、リーダーが良く言うスキンシップ程度のことではない。
いや、嫌じゃないぞ?
皆も羨ましそうな顔をしている。
譲らんぞ?
やっぱりリーダーは変わっている。
「みんな、ホントに走るの速いよね。」
移動は、一日がかりだった。
リーダーを背負った俺でも余裕を持った速度での移動だったが、確かにリーダーが歩いたらおそらく3日位かかっただろう。リーダーと一緒の時は、なぜだかやたらと心地よい涼しい風が吹くのだ。あまり、暑さに強くない俺らは、リーダーに会わなければ、ジャマンから出なかっただろう。ジャマンは、涼しいからな。純人には寒いかもしれんが。
リーダーが行きたいと言った迷宮は、第六階位くらいの迷宮らしい。あまり、探索した者がいないそうだ。そういう迷宮は、位階が想定よりも高いことがあるのだが、リーダーが選んだのだからそういうことはないのだろう。リーダーが、迷宮の難易度を大きく間違うことは今まで一度もない。つまりリーダーが選んだ迷宮は、きっと第六階位なのだろう。“狼牙”は、位階が低いメルフィルやモリィでもでも第七階位なので、“狼牙”なら、充分生還できる程度の迷宮だ。もちろん油断すれば危険だが、そんな危険はリーダーがいる限りあり得ないし、リーダーの危機回避能力は、迷宮に限って言えば神がかり的だ。だいたい、リーダーがいれば、迷宮で魔物や幻想生物に遭うことすら稀なのだ。迷宮に行って、核にしか遭わないことがあるくらいだ。それも一度や二度ではない。きっと、俺達には分からないほど情報を集め、色々対策を練っているのだろう。
俺達は、すぐにでも迷宮に行きたかったが、リーダーが頑なに拒否したため、迷宮入りは翌日になった。
そもそも、リーダーが決めた“狼牙”のルールに、野宿はできる限りしない。できる限り宿をとる。夕方には迷宮から出て夜はできる限り町や村で過ごす。危険を感じたらすぐ皆に知らせて撤退する。と言うものがある。最後のルール以外、他のパーティでは聞いたことがない鉄の掟だ。鉄は折れるが、破ればしばらくリーダーが口をきいてくれなくなる。あれは結構地獄なのだ。皆、経験しているので、このルールを盾にしたリーダーには誰も逆らわない。多少はわがままを言うが、あれはコミュなんとかと言うやつだ。リーダーが言っていた。ルールは守るべきだが、意見は言うべきなのだそうだ。ルールを破らなければ、少々口を挟んでも、リーダーはニコニコしているからいいのだ。
宿を取るのも、一悶着あったのだが、いつものことなので皆なんとも思わない。大体、宿側が俺達を見て嫌な顔と匂いを発するが、リーダーの迷宮探索者証を見て掌を返すのだ。そして、部屋割りで揉めるだけだ。今回も結局、6人全員が泊まれる部屋を確保して雑魚寝をすることになった。
雑魚寝はいい。リーダーを近くに感じられる。
いつものことだ。