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「はぁ。やっと帰ったね。あぁ、疲れた。」
ストレスから解放されるとなんだかストレッチしたくなるよね?ならない?
幻術魔法を解除して、ぐっと伸びをしたらやっと支部長から解放されたと実感できるよ。馬車も行っちゃったしやっと一息つけるよね。ホントに、偉い人が急に来るなんて嫌がらせだよ。暇なのかな?
「しゃべってたのは、ほとんどサントル様でございますが?」
ああいう偉い人に好き勝手に話す隙を見せたらあっちこっち話が飛んで対応が大変だからね。僕の戦略勝ち!偉い人には話させないのが一番だよ。
そう言えば、雇ってるのはクランじゃなくて僕なのに、セバス…じゃなかった、シャウは最近、突っ込みが厳しいよね。手を上げられたり、無茶振りしたりしないからいいけど。ここに馴染んだってことかな?それとも仕事振りすぎたかな?ちょっと後で考えてみようかな。
それにしても、執事みたいな人を見るとセバスチャンって言いたくなるのは、僕の発想って貧困なのかな?
「いやいや疲れるんだよね。あの顔見てるとさ。」
僕は、両手の指にたくさん着けた指輪を一つ一つ丁寧に外し、コートも脱いで、ついでにチョーカー以外のネックレスも外していく。これも結構面倒なんだよね。でも、偉い人の前に出るときはそれなりの格好しろってシャウが言うからね。全部宝石が付いてるんだよ。あっ、でも、宝石をじゃらじゃら身に着けてれば、顔の印象薄くなると思わない?しかも、宝石全部に魔法が付与されてるんだよ。防具なんだよ。一石三鳥じゃない?
「それはそれは、歴戦の迷宮探索者ですから。威圧感も相当ですからね。」
威圧感だけじゃないよ?実際強いと思うよ?すぐ殴ってきそうだし。まぁ、殴られても避けるけどね。その手の魔法は得意なんだ。5年もずっと使ってるからね!
「だいたい、睨み付けるだけで人が殺せそうな顔で、か弱い僕を恫喝しようとするなんてあり得ないよね?」
「あの方の元の位階より、サントル様の位階の方が高いのですが…。」
僕の階位は、見せかけだからね。みんなに守ってもらわないと迷宮もろくに探索できない、ハリボテの第十階位の魔術師である僕と、歴戦の戦士だった、元とは言え第八階位の支部長がこの部屋で戦闘になったら、当然支部長が勝つに決まってるよ。この部屋で攻撃魔法使ったら大変だもんね。僕、人に向けて攻撃魔法は使わないことにしてるんだよ。僕やみんなが攻撃された時は別だよ。あっ、でも支部長、武器持ってなかったよね?なら、持久力と魔力の消耗戦かぁ。それならまぁ、いい勝負になるかもしれないね。僕は防具を身に付けてるし、魔法でひたすら避ける僕、対ひたすら殴る蹴るの支部長、みたいな。
「それより、ハウスの増築ってどうなったの?」
「それは本気だったんですか?一応見積もりは作成していただきましたが、とても今のクランの資金で実施できる額ではありません。そもそもあの福利厚生ですか?あれもかなりの出費で自転車操業に近いのですが。」
ははっ!自転車なんて言葉、僕以外に使ってる人見たことないよ?初めてだよ?やっぱりシャウは、慣れてきたんだね!良かったね。
それより、本気なのかってどういうことかな?僕の伝え方の問題かなぁ。冗談で仕事振ったことあったっけ?ないと思うんだけどなぁ。
シャウが出してくれた見積書には、皇国基準銀貨40万枚って書いてある、ってことは、金貨だと大体5000枚位かな?あれ?そんなに高くなくない?そりゃクランの収支じゃ難しいかも知れないけどさ。このクランハウスを建てた時も僕、そのくらい出したと思うよ?
「う~ん。やっぱりクランだけじゃ厳しいよねぇ。人数増えたらなんとかなると思うんだけど。まぁ、いざとなれば、僕が出すから、これで進めてもらってよ。」
「は?」
僕が使えるようになった、錬金術ってチートなんだよ?ちょっと魔法を使ってポーション作るだけで、金貨が貰えるんだ。迷宮探索者座でちょっと勉強した簡単な基本のポーションでだよ?すごくない?お陰で一時、迷宮に行かずにポーション作って、“狼牙”のみんなに怒られたんだよ。奢ってあげたら黙ったけど。ついでに、薬師座の人にも懇願された。お金がないから、一度にたくさん持って来ないでくれって。しかも、薬師座って登録したら、色んな薬の作り方を教えてくれるんだよ?お得だね。まぁ、そんな薬作ったことないけどね。ポーションだけで充分お金が稼げるよ。売るにも登録しないといけないんだって。だから、しっかり登録したよ。初めてポーション持って行った時に登録しろって言われたしね。薬師座の人は、サントルじゃなくて、ちゃんとサトルって呼んでくれるし。「ン」ってどこから来たんだろうね?皇都に来てからもちゃんと登録したよ。だから、定期的に少しずつ売ってるだ。お陰で結構お金持ちになれたんだよ。みんなには内緒だよ。いつかびっくりさせるつもりなんだ。ちなみにクランのみんなが使ってるポーションは、僕が作ってるんだよ?誰も気付いてないと思うよ。
あれ?シャウが固まってるよ?やっぱり仕事振りすぎてたのかなぁ?後でちゃんと確認しないといけないね。
「あのっ!」
シャウが再起動して、口を開きかけたら、なんだかドタドタ音が響いてきたよ。音が漏れないように魔法がかかってるのにすごいよね。って扉が壊れたままだった。そりゃ響くよね。この音は、きっとガルフだよ。足音で分かるんだ。“狼牙”のみんなだけだけど、僕の特技なんだよ。すごいでしょ?あっ、“狼牙”っていうのは、僕の迷宮探索パーティのことだよ。僕以外みんな男の狼の獣人なんだ。みんなモフモフなんだよ。いいでしょ?今は僕がリーダーなんだ。
「おいっ!リーダーっ!支部長からなんか言われたのか?」
壊れた扉から見えたのは、黒い毛並みの狼の顔だった。ほら、やっぱりガルフだよ。ってなんでお酒のジョッキを持ったまま入って来てるの?僕の執務室はお酒禁止だよ!?骨付き肉までっ!?
「もう!飲み会は1階だけって言ってるじゃん!
うわぁっ!酒くさっ!!あぁっ!肉汁が零れるよっ!」
ガルフが近寄って来たんだけど、お酒の匂いがすごいよ?どれだけ飲んでるの?飲み放題って言っても限度があると思うなぁ。ガルフは、器用に肉汁を溢すことなく手に持った骨付き肉を口に収めた。無駄に器用だよね。バリバリ言ってるけど、骨まで食べるのかな?ガルフはどんなに酔っ払っても、酒の一滴も溢さないんだよ。酒がもったいないんだって。すごい執念だね。
「いや、支部長がリーダーを困らせてるんじゃないかって皆が言ってたから心配で」
いや、困らせてるのはあなた方ですよ。ってシャウが呟いてるけど、多分ガルフには聞こえてないよ。酔っ払ってるからね。狼系の獣人は、ものすごく鼻と耳が敏感だけど、酔っぱらうと酒と肉以外に対してへなちょこだからね。ちょっと言い過ぎかなぁ?聞こえてないのは当たりだと思うよ。僕を困らせて良いのは“狼牙”のメンバーだけだって変な決まりを勝手に作ってるからね。聞こえてたら笑顔で尻尾をブンブン振ってると思うよ。
「心配してくれるなら、肉と酒は置いて来てよ。まぁ、心配は要らないよ。ホントに困ったら、別の街か別の国に行って一からやり直せばいいんだから。クランのみんなは無理でも、“狼牙”のみんなは一緒に来てくれるでしょ?」
いえ、全員が一緒に行きますね。ってシャウが呟いてるけどホントかなぁ?それなら嬉しいけど。他のパーティは、意見の統一に時間がかかるから難しいんじゃないかなぁ?家族がいる人もいるしね。
「そりゃ、“狼牙”は家族だからな。リーダーが動くときは、皆一緒だ。まぁ、心配ないなら良かった。リーダーを困らせていいのは、俺らだけだからなっ!」
「ははっそうだね。“狼牙”だけじゃなくて、クランメンバーもだけどね。」
そう、家族なんだよ。ホントに困ったときは大抵一緒にいてくれるんだ。“狼牙”のメンバーが一緒にいるときは、そんなに困ることないけどね。大体みんなが何とかしてくれるよ。力任せだけどね。そしてその、後処理に困るんだよ。
「あぁ、そうだな。あいつらも群れの仲間だからなっ!リーダーは、弱いんだから何かあったら俺らを頼れよ?」
そう言って、ガルフが僕の頭をポンポン叩いた。あぁっ!!肉持ってた手で頭叩いたっ!きっとギトギトだよ?もうっ!!