プロローグ
はじめて投稿します。
自己満足で、ストレス解消に細々書いてます。
話の整合性には気を付けて書いていますが、何か気になることがありましたらご指摘ください。
楽しんでいただけたら幸いです。
3年前まで、微風が揺らす草木の音すら聞き取れる程静かだったそこに、今やその面影はない。
剃り上げられた頭に歴戦を伺わせる多数の傷痕とどこぞの山賊かと思わせる褐色の肌、盛り上がった筋肉とそれにふさわしい巨躯に上質な衣を纏った壮年の男“アルベルト=フォード”は、その面影を消し去った原因の建物の前に降り立つと、その馬鹿げた大きさの建物を見上げた。顔には怒りが満ちている。皇国迷宮探索者座皇都支部の支部長である彼、アルベルトは、この建物にいるであろう一人の迷宮探索者に会いに来たのだ。呼び出しにも召喚状にも応じない男に。
皇国迷宮探索者座支部長ともなれば、迷宮探索者の地位が他国に比べて高い皇国において、その影響力は計り知れない。設置された地域や都市において、その権力は大きく、領主との謁見すら可能であろう。アルベルトは、皇都支部の支部長だ。皇王ですら多少時間はかかっても謁見できる。皇都において会えぬ者はいない。ましてや、相手は迷宮探索者である。迷宮探索者で彼に歯向かう者はいないはずであった。
その建物の表門には、迷宮に出現するものに稀に施されている模様が刻まれている。
”ZOO”
高度物理文明時代の言語で「獣の楽園」を意味すると言われるこの言葉は、ここ皇国において、別の意味を有する。皇国にの迷宮探索者の間で話題にならない日はないと言われるほど、話題に尽きない迷宮探索者クランの名だ。特に、中心人物の位階最速昇位記録はこれからしばらく更新されることはないだろう。もしかしたら、未来永劫ないかもしれない。
内部の喧騒が、馬車のなかですら聞こえるほどだ。それはもう、大層な喧騒なのだろう。アルベルトが呼び鈴も鳴らさず中に入ると、むせ返るような濃い酒気と脂や香辛料の匂いに包まれた。無数の獣人が皿を持ち、酒杯を掲げ、大声で騒いでいる。
「おっ!支部長も来たのか?」
「うまいぞっ!支部長も喰うか?」
「ダメだろっ?支部長はメンバーじゃないだろ?」
殺意にも似た怒りに満ちているアルベルトの顔も彼らには、意味をなさないらしい。そうだなガハハと陽気に笑う彼らに、アルベルトはさらにしかめ面を浮かべ、近くにいた二足歩行する黒い狼のような獣人の胸ぐらを掴んだ。
「おいッ!ガルフッ!サントルはどこだッ!?」
「あん?リーダーなら、執務室だろ?」
やはり居るのか。人目がなければ、歩いて来れる距離にあって返答もしない、かの男に不満と怒りは募るばかりだ。
「なんだ?喰わねぇのか?」
やけに陽気な声を背にアルベルトは、物欲しそうな目を大騒ぎしている獣人達に向けている猫耳の獣人の立つ階段に足を進めた。アルベルトはすでに何度もここに来ている。以前はこんな大騒ぎしてはいなかった。
目の前の猫耳獣人も迷宮探索者だ。アルベルトの顔も肩書きも知っているのであろう。一歩下がって道を開けた。
階段をずんずんと進んだ先に、クランマスターの執務室はあった。地上4階地下2階というふざけた大きさのこのクランハウスの最上階には、クランマスターの執務室とその私室しかない。
何度も来ている執務室の扉を開けようとした時、中からの声を、強化された聴覚が捉える。
――やはり来られましたよ?あの馬車は支部長でしょう。
――なんでだろ?別に悪いことなんてしてないよね?
――それは――
悪いことはしてない?その言葉に、頭に血が昇るのをアルベルトは感じた。座に対して宣戦布告よような真似をしておいて?思わず、目の前の扉を蹴破ってしまった。
「おいッ!!サントルッ!」
あ~あぁ。と呟くその男は、小柄な少年のようであった。顔の周囲にはキラキラと輝く光の粒が纏わりついており、おそらく、幻術系統の魔法で認識を阻害しているのだろう。少し動けば軽装でも汗ばむこの時期に、いつも通り、分厚い黒のロングコートを着ておまけにフードまで被っている。会うたびに顔の印象が変わる、偉そうにふんぞり返っているサントルであろう男の側に、高位貴族の屋敷にいても違和感のない、執事服を着た初老の男が立っているのもいつも通りだ。
「下の騒ぎはどういうことだッ!」
「??
宴会じゃない?いつものことだよ?」
気の抜けた返事に、アルベルトは、この男がサントルであることを確信した。
「しゃない?っじゃないッ !なんなんだあの人数はッ!いつからお前のクランは酒場になったッ!!」
腕組みしながら気だるげに応えるサントルに苛立ちを抑えられず、アルベルトは、怒鳴り散らす。アルベルトの怒りの原因は、サントルが呼び掛けに応えないことだけではない。もちろんそれも原因のひとつだが、本題は別にある。
座では、下部組織によって、迷宮探索者用に幾つもの食堂や酒場を営業している。迷宮探索者には粗野な者が多く、関係が良ろしくない者達も大勢いるため、酒が入れば喧嘩になることも多い。また、戦闘能力は総じて高いため、ただの喧嘩が殺し合いに極めて近いもの発展することも少なくなく、また、建物を破壊することもある。そのため、それらに対応できる者を立て、民間人に迷惑にならない場所にそのような施設を設置しているのだ。
迷宮探索者が増えている昨今、その売上は、座の運営にとって比較的、大きな利益である。だが、その売上が、ここ最近大きく減少しているというのだ。その理由が階下で行われている宴会にあることは調べがついている。
「あぁ。ウチはタダだからね。もちろんクランメンバーだけだよ?」
それは知っている。いや、今確証に変わった。
”ZOO”の乱痴気騒ぎは、結構な話題になった。いくら迷宮探索者の収入が多いとは言え、あのような大騒ぎは続けられるものではない。最初は、アルベルトも何かの景気付けだとか、迷宮踏破のお祝いだとかそんなものだと思っていた。実際、迷宮探索者はよくそんなことで大騒ぎをする。
しかし、毎日毎日、昼夜を問わず行われるその騒ぎに、やがて疑問を抱いたアルベルトが軽く調べてみた結果、“ZOO”のメンバーからは、食べ放題やら、飲み放題やら、タダやら、生き甲斐やら、最高やら、天国やらと理解に苦しむような内容の言葉が返ってきた。彼らの口は極めて軽く、輝くような笑顔や大きく振られる尻尾とともに多くの内情が入ってきた。
「ッ!何故ッ!そんな事をするッ!」
「福利厚生だよ。福利厚生。他のクランじゃしないの?」
頭のおかしい目の前の男に、アルベルトは声もでない。“ZOO”は、3つのパーティが結成したクランで、その後に1つパーティが合流したと聞いている。30人いない程度のクランで、あの規模の騒ぎを毎日続ける資金力はないはずである。なにせ複数の料理人までわざわざ雇ったとの情報もある。そんなことをするくらいなら、店に行った方が安い。そもそもあの場には、30じゃきかない人数が騒いでいた。
「可愛い可愛いメンバーのためだよ?
大体、座がおかしいんだよ?座の傘下の酒場じゃ、酒代はちょろまかされるは、飯代は吹っ掛けられるは、それに文句を言ったら他の探索者から攻撃されて、挙げ句の果てには出禁だなんだって騒がれるんだよ?メンバーが可哀想じゃん?」
「はぁっ?!」
一般の店ならともかく、座の傘下の店でもし本当にそのようなことが行われているならば問題である。座に対する宣戦布告とも取れる行動をこの男がした理由ももし本当なら一定の理解はできる。この男は、アルベルトから見て、迷宮探索者にしては異常なほど仲間というものに執着している。5年もの間、パーティから誰一人として欠けたり抜けたりしたという話は聞かないし、期間は3年と短くなるがクランから抜けた者もいない。
そんな男が、メンバーが不利益を受けているのを知って黙っているはずがない。
「だからさぁ、メンバーに月に1回くらい報酬なしで迷宮探索に行ってくれたら、ウチの食堂食べ放題飲み放題にしようかなって言ったら、メンバーみんなが乗っちゃってさぁ。半分くらい冗談だったんだけど。言っちゃった手前、メンバーに嘘はつきたくないじゃん。最近、やっと実現したんだよ。
そしたら、他のパーティからも入れてくれって言われちゃって、大変なんだよね。素行調査もしないといけないし、もちろんまだ入れてないよ?」
ハウスに入らないもんね。とサントルは笑った。この男は軽く言っているがこのようなことをすればどのような影響を与えるか、把握していないはずがない。元高階位迷宮探索者である、叩き上げのアルベルトですら、この男の慎重さや、パーティリーダーやクランマスターとしての力量には一定の評価をしている。そうでなければ、この若さでここまでの速度でしかも現状の最高階位まで位階を上げることはできない。無数の迷宮を高速でしかも無傷で踏破するこの男の真価は、入念な下調べと準備にあると睨んでいた。
「獣人だから大丈夫とか思ってたんじゃないの?脳筋なのは本当だけど、そういうのが差別の温床になるんだよ?もしかして座は知らなかったとか言うつもり?下部組織のことなのに?本気?」
上目遣いで心配そうに見つめてくるサントルにアルベルトは、息を詰まらせた。この男のクランは、この男以外全員が獣人だ。獣人蔑視の傾向は確かに強い。しかし、ここ皇国の法において獣人は臣民である。「言葉を知り法を守り税を納める者は、いかな姿形においても平等である」と獣人蔑視を憂慮した皇王の言葉があるくらいだ。君主の言葉は重い。この件でこの男が本気で騒ぎ立てれば、座のイメージダウンは計り知れない。緊急時の指揮命令系統が大きく乱れる可能性すらある。
突然、あっと言いながら、何かに気付いたようにサントルが手を叩いた。
「もしかして召喚状無視したことに怒ってるの?行くわけないじゃん。えっ行く人いるの?緊急でも依頼でもないのに?ただ来いって言われただけでホイホイ行くほど暇じゃないんだよ?ほらウチっていつの間にか大所帯になっちゃってさ。僕、これでも結構忙しいんだよ?
で、話は何?」
話はもう終わったとの言葉を飲み込みアルベルトはもういいと吐き捨てた。今回の事は、しっかり調べないとならない。この男が本気で敵に回ってしまえば大惨事だ。
この男は、常に顔を隠すような、アルベルトから見みれば信用ならない風貌だが、皇国北部バイエル地方では英雄である。領主である高位貴族に、平民である迷宮探索者が頭を下げさせるほどの偉業を成し遂げているのだ。しかも、皇国で片手に収まる数しかいない高位迷宮探索者でもある。
踵を返したアルベルトにサントルは、扉の請求書、座につけとくねと笑顔で手を振った。アルベルトは、勝手にしろと返して執務室を出た。
馬車に乗ったアルベルトは、先程まで自分がいたであろうクランハウスの最上階を見上げると、あの少年のような男の言動を思い返す。あの男が軽口程度で済ませている今の内に、何とか改善しなければ、今度は減収程度では済まない何かが起こるだろう。迷宮探索者座は、国家の枠組みを越えた組織ではない。国家間引き抜きは往々にして起こりうるもので、他国からの引き抜きを推奨している国家すらある。かの男を引き抜かれる訳にはいかない。あの男は、こと獣人に対する影響力は絶大だ。あの男が所属しているというだけで、獣人の迷宮探索者が増えたと言う者がいる程だ。
アルベルトは、ため息をつきながら、座への帰路についた。。