嘘で塗り固められた存在
それは物語の時間軸より十年前。
クーリアがファインズ公爵家の引き取られたころに起こっていた、もう一つの物語。
「兄さん! なんでだよ!? なんで俺をこんなところに閉じ込めるんだよ!?」
あれは今から十年程前、俺が当時七歳だったころの話だ。
俺は実の双子の兄に、地下牢へと閉じ込められた。
「悪いな、フェイキッド。お前は僕の計画のためにも、まずはそこにある文献のスキルを完全にマスターしてもらわないと困る」
牢屋の外では俺の兄が言葉では謝罪しながらも、態度では全く悪びれずに、俺に要望を押し付けてくる。
そんな要望を出す俺の兄は、ウォッシュール王国第一皇太子であるシケアル・スクリーム。
牢の中で要望を出される俺は、ウォッシュール王国第二皇太子のフェイキッド・スクリーム。
これまではそれなりに仲良く過ごしてきた俺達双子の兄弟だが、ある日突然こうして兄のシケアルによって、俺の人生は狂い始めた。
「<アブソリュートアクター>……? な、なんだよ、これ。なんで俺がこんなスキルをマスターしないといけねえんだよ……?」
兄のシケアルは俺を地下牢に閉じ込め、俺に<アブソリュートアクター>というスキルをマスターさせようとした。
このスキルをマスターしないことには俺をここから出す気はないと、兄のシケアルは俺に無理やり覚えさせてきた。
このスキルはあらゆるスキルを『見て真似て、自分のものにできる』というとんでもないスキルらしく、最初は俺もそんなスキルをマスターできるとは思っていなかった――
■
――だが、俺は自分でも不思議とマスターしてしまった。
一年近くかかったが、それでも俺は<アブソリュートアクター>を自らのものとすることができた。
「兄さん! 俺は言われた通り、<アブソリュートアクター>をマスターしたんだ! 早くここから出してくれ!」
とにかく地下牢から出たいがために、必死に頑張った成果かもしれない。
その間に食事は与えてもらえたが、身の回りの手入れはできず、俺の銀髪はまるで女のように長く伸びてしまった。
そんな身なりも気にせず、俺は鉄格子の向こうにいる兄に、必死に嘆願した。
ここから出て、もう一度人生をやり直すために――
「残念だが、フェイキッド。たとえお前がここから出ても、もう居場所なんてない。ウォッシュール王国第二皇太子である『フェイキッド・スクリーム』は、世間ではもう死んだのだ」
「ど、どういうことだよ……? 俺が死んだなんて……だって、俺は今でもこうして生きてるじゃないか……?」
「まあよく聞け。今のお前は言わば"亡霊"だ。ここに書かれた童話の通り、お前の存在はすでに過去のものとなっている」
兄はそう言うと、俺がいる牢の中へ一冊の本を投げ入れてきた。
俺はその本を手に取り、題名に目を通す――
――『フェイキッドの亡霊』。
俺の名が冠されたその本に恐怖を覚えながらも、本を開いて目を通していく。
「な、なんだこれ……? こんな……こんなでっち上げの嘘が、なんで童話に……?」
そこに書かれていたのは、『俺が嘘によって死んだことになった伝承を題材にした物語』。
読み進めるたびに体中に寒気が走る。
「お前にはその童話に書かれている、"フェイキッドの亡霊"そのものになってもらう。そのためにわざわざ、僕はお前に<アブソリュートアクター>をマスターさせたんだ」
「な、なんだよそれ……? お、俺はフェイキッド・スクリームだろ? "フェイキッドの亡霊"って、どういうことだよ……?」
「その名の通りだ。お前は『死んだフェイキッド・スクリームがこの世に残した未練』として、今後僕のために動いてもらう。もうお前に、『ウォッシュール王国第二皇太子のフェイキッド・スクリーム』として生きる道はない。これからは僕にだけ従って動け。お前に残された道はそれしかないんだ。フェイキッド」
「あ……ああぁ……」
兄からその話を聞かされて、俺は怒りよりも先に絶望で地面へと崩れ落ちた。
まだ幼かった俺にも、兄の異常さは理解できた。
いや、むしろ俺と双子だからこそ、ここまで恐ろしいことを考えられる兄の脅威が余計に際立った。
今目の前にいるのが、俺と同じ年齢の子供だとは思えなかった。
「それにしても……僕が思った通り、美しく育ったものだ」
「え……?」
兄はそんな膝をついて怯える俺の目を見ながら、女のように長く伸びた俺の銀髪に、牢屋の外から手をかけてきた。
その手つきは当時幼かった俺にとっても、どこかいやらしく感じるような、なんとも寒気のする手の動かし方。
そして兄は俺の囚われている牢の中に、さらに本を投げ入れてきた。
「後はそこに書かれている本のスキルと、『演じるべき人間』の姿も覚えろ。もうお前には『フェイキッド・スクリーム』として生きていく道はない。その代わり、そこに書かれた人間を演じ続けろ」
「お、教えてくれ……。兄さんは一体、何を考えてるんだ?」
「それを簡単に教えることはできない。だが、お前には僕が用意した計画に沿って動いてもらう。もうお前にはそれ以外、生きる道は残されていない」
俺の髪をなでながら語り掛ける兄に、戦慄や恐怖といった感情以外を抱けなかった。
俺と同じ両親から生まれたはずの兄。
俺と同じ双子であるはずの兄。
俺と同じ人間であるはずの兄。
――だが、兄シケアル・スクリームの行動はまるで、『世界のすべてを知る神』のようだった。
俺に<アブソリュートアクター>をマスターできることを知っていた。
俺が死んだことにしたうえで、それを題材にした童話まで用意してた。
さらには俺に、別人として生きることまで強要してきた。
逆らいたかったが、とても逆らえる相手ではなかった。
「<アサシン>、<シーフ>、<薬剤師>……。ま、待ってくれよ! こんなに大量のスキル、どうやって覚えればいいんだ!?」
「お前に覚えさせた<アブソリュートアクター>があれば、すぐにでもマスターできるはずだ。特にお前に一番マスターしてほしいのは、このスキルだ」
兄に逆らう気力も失せた俺は渡された本を読み、そこに書かれていた『演じるべき人間』の姿を読み解く。
そこにまず書かれていたのは、大量のスキルの数々。
とても一人の人間がマスターできる量ではなかったが、俺が兄に教え込まれた<アブソリュートアクター>は見たものをほとんどマスターできる。
ただ、俺にはどうしても引っかかるスキルがあった――
「<シスター>……? な、なんでだよ? <シスター>は女のスキルだろ? 俺は男だぞ?」
「お前にとっては性別なんて関係ない。<アブソリュートアクター>は性別の壁さえ超えられる。お前はこれから、表向きには<シスター>として生きることになるからな」
――兄が俺に望んだスキルの中には、本来女性専用である<シスター>まであった。
兄は鉄格子越しに俺の頬を不気味になでながら、俺に『女として生きる』ことまで望んできた。
逆らうことのできない俺は意味が分からずも、続けて本の内容に目を通す――
「"フェイキッドの亡霊"……マリアック・アリビュート……」
「そうだ。その二つの顔こそ、この物語に必要な存在だ」
――その中で出てきた、二人の人物の名前。
それが兄の望む、俺の新たな姿だった。
裏の顔として、死んだフェイキッド・スクリームの無念が生んだ童話の中と同じ存在、"フェイキッドの亡霊"に。
表の顔として、これから学ぶ<シスター>のスキルをマスターしたうえで出来上がる存在――
――『マリアック・アリビュート』。
それが『フェイキッド・スクリーム』として死んだという『嘘』で塗り固められた、俺のさらなる『嘘の人生』の始まりだった。
ここからはフェイキッド・スクリームこと、マリアック・アリビュートが裏で抱いていた思いの物語。




