私は死にました。
凶弾によって、クーリアは散る――
――フェイキッド様の自害を止めようとした時、私は自らの腹部を"ホーク"の実弾によって貫いてしまった。
完全に致命傷。助かる見込みはない。
私が死ぬのはこれで二回目だ。
前世では『塩素系漂白剤と酸性洗剤を混ぜ合わせて発生した、毒ガスによって命を落とす』という愚かな最期だったが、今回の死についてはどこか満足できている。
ココラルお嬢様との約束は破ってしまったが、フェイキッド様の自害を止めることはできた。
その後のことはもう死んでしまった私には分からないが、それでもあのお方が生き続けていることを望むばかりだ。
私にとって、フェイキッド様は何者であろうとも友人であった。
その友人を守って死んだのだ。悔いはない。
もしもう一度転生することができるなら、私はもう一度ココラルお嬢様やフェイキッド様のお傍にいたい。
私にとってあの方々との日々こそが、どんな物よりもかけがえのないものだった。
そして次こそは私の清掃魂をもってして、最後まで"汚れ"と戦い抜きたい――
「……それにしても、あの世とは思った以上に殺風景なものなのですね」
――そんなことを考えながら、私は目を開けてみる。
そして目に映るのはなんてことのない質素な天井だ。
窓一つない殺風景な部屋だが、果たしてここは――
「天国と地獄……どちらなのでしょうか?」
「いや、そもそもお前はまだ死んでないからな?」
――私が独り言のように口にした疑問に、誰かの声が答えてきた。
私は気になって再度自分の状態を確認してみると、どうやらベッドに横たわっているようだ。
ここが天国にせよ、地獄にせよ、あの世と言うのも随分人間社会的なものなのか。
もっと魂だけの存在になるかと思っていた。
そんなことを思いながら周囲を見ると、近くのイスに一人の人物が座っていることに気が付いた。
女性用の修道服を身に纏い、男性のように足と腕を組みながら私の方を見ているが――
「フェ、フェイキッド様!? ま、まさか……あの後自害してしまい、私と同じように死んでしまって――」
「だから! 死んでねえって言ってんだろ! お前はまだ生きてるんだよ! クーリア・ジェニスター!」
――そこにおられたのは、マリアックの姿をしたままのフェイキッド様だった。
話を聞く限り、私はまだ生きているらしい。
軽く体を起こしてみるが、腹部を含めた撃たれたはずの傷も、いつの間にか大分治っている。
「あの傷では、確実に死んだと思ったのですが……」
「忘れたのか? 俺は元々『マリアック・アリビュート』として、<シスター>のスキルを習得している。回復魔法ならお手の物だ」
フェイキッド様はイスに座ったまま、あの後の出来事を説明してくださった。
私は"ホーク"の銃弾に撃ち抜かれて意識を失ったが、すぐさまフェイキッド様が回復魔法をかけてくださったようだ。
そして私を抱えて燃え盛る教会から脱出。
その際に私の持っていた箒天戟と"ファルコン"と"ホーク"の二丁拳銃も一緒に回収し、ここで私を介抱してくださったそうだ。
あれから一晩私は眠り続け、今は翌日の夜明け前とのこと。
「フェイキッド様は男性なのに、女性職である<シスター>のスキルまで扱えるのですか?」
「俺のスキル、<アブソリュートアクター>は見て真似ることさえできれば、どんなスキルでもものにできる。身体的な理由を含まない限り、俺に性別の要素なんて関係ねえ」
改めて思うが、フェイキッド様の<アブソリュートアクター>は凄まじい。
もっとも、性別の壁さえ騙しきれるほどの変装をこれまでずっと行ってこられたのだ。
このお方は男性ではあるが、女性でもあると言ってもいいだろう。
「それにしても、ここはどこでしょうか?」
「俺の隠れ家ってところだ。ここは俺以外の人間は誰も知らない。たとえ、シケアルの兄貴であろうともだ」
フェイキッド様は私の質問にも、軽い調子で答えてくださった。
とりあえず、私は安心できる場所にいるようだ。
ただ、先程からも気になっているのだが――
「フェイキッド様。なぜ、兄上であるシケアル・スクリーム殿下を気にされるのですか? 私にも『シケアル殿下を追え』とおっしゃっていましたし、シケアル殿下が"汚れ"騒動の元凶ともおっしゃっていましたが、もしやあなたを利用していた元凶でもないのでしょうか?」
「……ああ、お前の思ってる通りだ。あのクソ兄貴こそ、俺を利用してお前が言う"汚れ"に関する騒動を引き起こした張本人だよ」
私の疑問に対して、フェイキッド様は口悪く肯定された。
これがあのマリアックの本当の姿なのだから、とんでもないギャップである。
ただ、こうして私にその本当の姿を見せてくれていることに、どこか嬉しさを覚える。
『マリアック・アリビュート』として私に見せていた姿は嘘だったが、私のことを思ってくれていた心は本物だ。
――このお方が何者であろうと、やはり私にとっては『友人』だ。
それがたとえ私の独りよがりでも、私はそう信じたい。
「私を助けていただいただけでなく、"汚れ"に関する重大な情報まで教えていただき、感謝の限りでございます」
「俺がお前に感謝される筋合いなんて、一つもねえよ。俺が"汚れ"騒動の実行犯だってことは、紛れもない事実だ。それに……お前が死にそうになったのも、俺のせいだ。……本当にすまなかった」
私はフェイキッド様に頭を下げてお礼を述べるも、逆にフェイキッド様の方が謝罪されてきた。
「お前も俺のことに相当失望しただろ……。名前、正体、性別……。いろんなことをお前達に隠してた。性別に関しては気味悪いだろ? 男のくせに女の格好なんかしてよ……」
さらにフェイキッド様は落ち込んだ声で言葉を紡がれる。
周囲を騙していたことや、これまで男性でありながら女性の格好をしていたことを気にされているようだ。
確かに周囲を騙していたことは事実だが、それを反省した上で重大な情報を提供してくださったのだ。
それを考えると、私はこの人を責める気になれない。
性別についてもフェイキッド様は男性でこそあれど、マリアックの修道服を着た姿はよく似合っておられる。
『マリアック・アリビュート』として見た場合は違和感があるが、一人の人間とした場合の違和感は全くない。
フェイキッド様は顔立ちも体格も全体的に女性的なので、むしろフィットしている。
「フェイキッド様。私はあなたの女装を気持ち悪いなどとは思いません」
「ほ、本当か? お前にそう言ってもらえると、なんだか照れるな……」
そんな感想を私はそのままフェイキッド様にお伝えした。
言われたフェイキッド様はどこか照れておられ、先程の落ち込み具合から脱することができたようだ。
私もそのままさらに感想を続けた――
「私の前世の世界には、『男の娘』という文化がありました。フェイキッド様の女装もその文化の一つになります」
「……いきなり俺の知らない単語を出すな。本当にお前ってマイペースというか、なんというか……。なんだか、シケアルの兄貴も同じようなことを言ってたな……」
――正直な感想を述べたのだが、フェイキッド様はどこか呆気にとられた顔をしてしまった。
どうやらこの世界には『男の娘』の文化がないらしい。
これは失態。前世と現世の記憶の整理ができていなかった。
ただ、先程のフェイキッド様のお言葉で気になることがある――
「すみません。フェイキッド様の兄上であるシケアル殿下は、どういったお方なのでしょうか? "汚れ"を使って何を企んでいるのかも気になりますし、そもそも話を聞く限り、何かおかしく思う点も――」
「それについては、後でこの隠れ家にある本棚を調べてくれ。兄貴を追い詰めるために必要な情報は、ここの本棚にまとめてある。……俺は信じてるぜ、クーリア。お前なら兄貴にも――元凶であるシケアル・スクリームにも負けねえってよ」
私はフェイキッド様に質問しようとしたが、『本棚を調べろ』とだけ言われて話を遮られてしまった。
そしてフェイキッド様はイスから立ち上がり、この部屋に会った一つだけの扉へと向かわれる――
「どうかされたのですか?」
「いや……そろそろ時間切れだと思ってな」
――そしてその扉を開けられた。
「クーリア!? ここにいるのか!? 無事なのか!?」
「クーリア! 本当に生きてますのよね!?」
「旦那様にココラルお嬢様……?」
開かれた扉の向こうから、旦那様とココラルお嬢様が飛び込んでこられた。
お二方とも涙目になりながら私の元へと駆け寄ってくださる。
やはり、かなり心配させてしまったようだ。
余計な心配をかけるなど、<清掃用務員>としてはあるまじき行為だが――
――家族としてはどこか嬉しい。
「俺が伝書鳩を飛ばして連絡して、ここに来てもらったんだ。シケアルの兄貴にはバレないようにしてるし、安心して大丈夫だぜ」
「ありがとうございます。……旦那様、ココラルお嬢様。ご心配をおかけして申し訳ございませんでした。私は大丈夫です」
「本当によかった……! お前に死なれたら、わしは悔やんでも悔やみきれぬ……!」
「よくぞ生きていてくれたのですわぁ……! クーリアァ……!」
どうやらフェイキッド様の計らいで、旦那様とお嬢様をここに招いてくださったようだ。
お二方とも私の無事を本当に祝ってくださっている。
泣きながら心配されると、私の方まで泣いてしまいそうだ。
「それにしても……本当に生きておられたのですな。フェイキッド・スクリーム様……」
「まさかシスター・マリアックが"フェイキッドの亡霊"で、本物のフェイキッド・スクリーム様だとは思いませんでしたわ……」
「それについては、後でクーリアから聞いてくれ。あいつには俺が出せる限りの情報を伝えた。……これで俺の役目も、もう終わりだな」
旦那様とお嬢様も、マリアックの正体がフェイキッド様であったことは伝わっているようだ。
そして当のフェイキッド様はどこか肩の荷が下りたような表情で、扉の奥から現れるもう一人の人物を招き入れた――
「……本当に生きておったのだな。我が息子、フェイキッド・スクリーム……」
「こうして息子として会うのは十年ぶりだな……親父」
「ジーキライ陛下……!?」
生きてはいたけど、まだまだ騒動は終わらない。




