清掃対象:フェイキッド・スクリームⅢ
亡霊と呼ばれた男が選んだ道――
「ど、どういうことですか? 早く私と一緒に逃げて――」
「いや、お前だけ逃げろ。そして、シケアルの兄貴を追え。……正直な話、俺ももう疲れたんだ……」
私は必死にフェイキッド様に脱出を呼びかけるが、拒まれ続けてしまう。
そしてフェイキッド様ご自身は本当に疲れた声を出しながら、"ホーク"を持った右手を掲げられる――
――その銃口は、フェイキッド様ご自身のこめかみへと当てられた。
「な、何をしているのですか!? 落ち着いてください! まずはここから脱出して――」
「もういいんだ……クーリア。俺はさ、これまで本意ではないにしろ、お前や周りの連中にとんでもない被害を与えてきた人間だ。それなのに、今更のうのうと生きるのなんて……正直、できっこねえんだよ……」
フェイキッド様のお声は完全に気力を失っている。
まるでこの世の全てに絶望し、生きる希望さえ失ったようなお声――
――このお方は今、本当に死のうとしている。
「ただ俺から嘘偽りのない本心を言わせてもらえるなら、お前と出会い、『友人』として過ごした日々は本当に楽しかったぜ。『マリアック・アリビュート』という仮初の姿をここまで信じてくれたお前には生きてほしかった……。その気持ちだけは俺の『正真正銘の真実』だって、言わせてくれ……。ありがとうな……クーリア」
そしてフェイキッド様は顔を上げながら、私に言葉を紡いで来られる。
――その表情はさっきまでの『フェイキッド・スクリーム』のものではない。
私が一番よく知っている、『マリアック・アリビュート』の笑顔だ。
「だから~、最期ぐらいは~、クーリアのよく知ってる『マリアック・アリビュート』として~、お別れを言って……言って――アハハ……もうダメだ。<アブソリュートアクター>としての演技も貫けやしねえ……」
そして『マリアック・アリビュート』として言葉を交わそうとするが、その途中で『フェイキッド・スクリーム』のものへと変わってしまう。
それはきっと、このお方の心の揺らぎの現れ。
このお方は今、それほどまでに精神的に追い詰められている――
「じゃあな……クーリア。お前だけは生きてくれ。そしてできることならば……俺のことを忘れないでくれ」
――フェイキッド様は『マリアック・アリビュート』の笑顔のまま大量の涙を流しながら、『フェイキッド・スクリーム』として私に胸の内を曝け出しながら、自らのこめかみに"ホーク"を当てたまま、そのトリガーを引こうとする――
ガタンッ!
「させません!!」
「な、何をしやがる!?」
――その直前、私は箒天戟を手放してフェイキッド様へと掴みかかった。
撃たれた足のことなど関係なく、必死にしがみつく。
「は、離せぇえ! 俺を……俺をもう……死なせてくれぇええ!!」
「そんなことは私が許しません! 無理矢理にでも止めます!」
フェイキッド様は掴みかかって来た私を振りほどこうと、必死に暴れてこられる。
それでも私は必死に抗い、なんとか"ホーク"の銃口を反らせる。
今の私の行動に、これまでのような嗜みなど何一つない。
元<アサシン>であることも、現<メイド>であることも、誇り高き<清掃用務員>であることも関係ない。
目の前のお方が『マリアック・アリビュート』か、『フェイキッド・スクリーム』かということもどうでもいい。
私はただ――
――『友人としてこの人を死なせたくない』という気持ちだけで動いている。
これはクーリア・ジェニスターという人間の意地だ。
「い、いい加減にしてくれ! 俺はもう……もう……!」
「たとえあなたが何者であろうと、これまでに何があったとしても、私はあなたを見捨てません! だからどうか……どうか今一度落ち着いて――」
バギュゥウン!!
――そうしてフェイキッド様と揉み合っている最中、突如銃声が鳴り響いた。
フェイキッド様の右手に持たれていた"ホーク"が、不意に誤射してしまったようだ。
――私には守れなかったのか?
そんな疑念を感じつつも、私はフェイキッド様の姿を確認してみる。
「あ、ああぁ……!? な、なんで……なんでこんなことに……!?」
フェイキッド様は"ホーク"も"ファルコン"も両手から落とし、顔を青ざめながらワナワナと震えられている。
だが幸いなことに、銃弾が当たった様子はない。
どうやら、ひとまずこのお方を守ることはできたようだ――
「……ゴフッ!? ケホッ! ケホッ……!?」
――そう安心した途端、私は急に咳き込み始めてしまった。
慌てて右手で咳を押さえ、眼前のフェイキッド様に飛沫が行かないようにする。
急な事態ではあったが、<清掃用務員>としての嗜みは忘れずに済んだ。
そして私は右手を口から離してみる――
「こ、これ……私の……血……?」
――その手の平を確認すると、大量の血が付着していた。
それを確認したのと同時に、私の腹部に痛みが走る。
左手でその場所を触ってみると、グチュグチュと水音がするし、何やら生温かい。
ああ、そういうことか――
――撃たれたのは私だったのか。
「ハァ……ハァ……。私も随分と……<アサシン>として衰えた……ものです……」
『ホトトギス』時代の私だったら、このような誤射による失態など犯さなかっただろう。
ただ、どうにもこれは困ったことになった――
血の汚れは落としづらい。折角のメイド服が台無しだ。
ココラルお嬢様にも『必ず生きて帰る』ように言われていたのに、それも叶いそうにない。
自分の体のことだから分かる。この傷は助からない。
――そんな考えが私の頭の中で、入り混じりながら浮かび上がる。
「お、おい! クーリア! しっかりしろ! 頼むから、俺なんかを助けようとしたせいで……死なないでくれよぉおお!!」
すでに私の体には立ち続ける力もなく、眼前のフェイキッド様へと倒れ掛かり、その両腕で支えられる。
もう目も霞み始めてきたが、フェイキッド様のお声だけは聞こえる。
そのお声から私には一つだけ分かることがある。
薄れゆく意識の中で、私は自分でも分かる自然な笑みと共に、最期の言葉を口にした――
「あな……た……が……無事……で……よかっ……た……」
――その凶弾は、友人の命を奪う。




