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演劇を見に行きます。

劇中劇『誓いの大樹とフェイキッドの亡霊』

 教会へ戻るマリアックと別れた後、私とココラルお嬢様は学園内の劇場へとやって来た。


「随分と広い劇場ですね。前世で見た体育館とは違い、本当に劇場なのですね」

「『タイイクカン』というのが何か分からないのですが、ここは王国内最大の教育機関、聖ノミトール学園なのですわ。これぐらい大規模で、当然でしてよ」


 これまでこの学園内の様々な場所をお掃除してきた私だが、劇場に入るのは初めてになる。

 かなり壮大な設備が揃っているところを見ると、それだけ重大な施設ということだろう。

 一応は部外者である私がこれまで入れなかったのも、無理のない話である。


「それにしても……演目名が気になりますね」

「『誓いの大樹とフェイキッドの亡霊』でしたわね。わたくしもお父様から話は聞いてますが、そのことを知っているとなんだか肌寒い演目名ですの……」


 やはり"フェイキッドの亡霊"の名を聞くと、私も嫌な予感を感じてしまう。

 ココラルお嬢様も私と同様、演目名を聞いてどこか怖がっておられる。


 これまで私の前に何度か現れ、私の存在を否定した、"汚れ"騒動における元凶――

 どうしてもその名を聞くと、嫌なことばかり思い出してしまう。


「"フェイキッドの亡霊"については私も分かるのですが、この『誓いの大樹』というのは何でしょうか?」

「それはこの学園にある、パワースポットのことですわね。小高い丘の上にあるその大樹の下で愛し合う二人が手を繋いで誓いを立てると、永遠に結ばれるという噂ですわよ」


 私が気になっていたもう一つの言葉『誓いの大樹』が何かを考えていると、ココラルお嬢様が説明してくださった。

 『大樹の下で愛し合う二人が誓いを立てると、永遠に結ばれる』――

 なんだか、前世でも似たような話をゲームか何かでよく耳にしたことがある。

 こういう話題については、どこの世界でも共通というものなのだろう。


「まあ、ただの噂ですわよ。"フェイキッドの亡霊"についても、元々は童話なのですわ。今回の演劇とは何も関係がありませんわよ」


 私のことが不安そうに見えてしまったのか、ココラルお嬢様が気を反らせるように言葉をかけてくださった。

 これはいけない。私も今はお仕事のことは忘れ、お嬢様と一緒に演劇を楽しもう。

 私はファインズ公爵家に"家族"と認められし者。

 "家族"を不安にはさせたくないのだ。





 私とココラルお嬢様も観客席に腰掛け、しばらくすると演劇『誓いの大樹とフェイキッドの亡霊』が始まった。

 暗くなった観客席とは異なり、大きな舞台の上だけが明るく照らされる。

 そしてその舞台の上で、物語は始まる――


「誓いの大樹の下でこそ、僕は君に思いを伝えたい」

「私だって同じこと。あなたに思いを伝えたい」


 演劇の内容として二人の男女が大樹の下で互いの愛を述べ、手を繋ぎ合おうとする。

 そこで舞台が一度暗転し、不気味な声が流れ出す――


「その愛は誠か? それとも嘘か? もし嘘であるならば、この"フェイキッドの亡霊"が拒ませてもらう」


 ――声の主は"フェイキッドの亡霊"。

 黒いレインコートに『笑い狐の面』を被り、明るくなった舞台の上で大樹のセットの頂上へと姿を現す。


「僕の愛は本物だ! 亡霊に邪魔されるいわれはない!」

「ならば試させてもらおう。嘘によって命を奪われし、この"フェイキッドの亡霊"がな!」


 そこから始まる、男性と"フェイキッドの亡霊"による剣劇。

 互いに手に持った剣が、舞台上で激しくぶつかり合う。


 成程。童話に出てくる"フェイキッドの亡霊"は人々の嘘で命を落とされた、元皇太子フェイキッド・スクリーム様の亡霊。

 そこに男女の愛が本物かどうかという物語を挿入したのが、この『誓いの大樹とフェイキッドの亡霊』という演劇なのか。

 今のところ、うまく二つの物語が溶け込んでいるように見える。

 これは続きが気になってしまう。


「その程度か? その程度の力で、この"フェイキッドの亡霊"を止められるのか?」


 舞台の上で演劇を続ける"フェイキッドの亡霊"だが、当然と言うべきか私が何度もあった"フェイキッドの亡霊"とは完全に別人だ。

 衣装こそ同じだが、声も違うし、<アサシン>の『命の流れを視る』能力でも別人だと分かる。

 演目名を見たときはドキッとしたが、ここはこのままお嬢様と一緒に演劇を楽しませてもらおう――



 ガキンッ!



 ――そうして集中しながら演劇を見ていると、"フェイキッドの亡霊"が手に持った剣で相手の男性の剣を弾き飛ばした。

 これは手に汗握る展開だ。

 ここから物語がどう動くのか――




「お、おい!? な、何の真似だ!? こんなの台本にはないぞ!?」


 ――そう思って見ていたのだが、何やら様子がおかしい。

 剣を弾かれた男性は突如演技とは思えない狼狽え方をし、"フェイキッドの亡霊"へと詰め寄っている。


「ちょ、ちょっと!? ちゃんと練習通りにしてよ!?」


 同じく舞台上の女性も、"フェイキッドの亡霊"へと詰め寄っている。


 ――何かがおかしい。

 これらすべての流れが演技とも、果てはアドリブとも思えない。


 まさか、今この舞台の上にいる"フェイキッドの亡霊"は――




「この"フェイキッドの亡霊"に剣を弾かれる弱者が――いや、もうこんな面倒な演技も不要だな。そろそろ俺も『本物として』動くとするか」




 ――私の頭の中をよぎった嫌な予感に応えるように、"フェイキッドの亡霊"の声が変わった。

 それは私も何度か耳にした、やや高音の男性の声。

 すぐさま<アサシン>の『命の流れを視る』能力でも確認したが、さっきまで"フェイキッドの亡霊"を演じていた人物とは別人に変わっている。


 マズい。ここにいる"フェイキッドの亡霊"は――




「聞こえるかぁ!? クーリア・ジェニスタァアア!! 俺の再三の忠告を無視して、テメェはまだ『お掃除』とやらを続けるつもりかぁあ!?」




 ――本物の"フェイキッドの亡霊"だ。

 舞台の中心から私の方を向いて、宣戦布告ととれる言葉を投げかけてくる。


「ク、クーリア!? ま、まさかあの人は本物の――」

「ココラルお嬢様。どうかここでしばらくお待ちください」


 私の隣で演劇を見ていたココラルお嬢様は、突然の事態に怯えてしまっている。

 いや、お嬢様だけではない。

 この劇場にいる人間全員が、本物の"フェイキッドの亡霊"の出現にざわついている。


 ――こうなってしまった以上、私が動かなければいけない。

 "フェイキッドの亡霊"はこれまでの"汚れ"騒動の元凶だ。

 『"汚れ"を司る者』が相手ならば、『お掃除を司る者』が相手をしないといけない――




 ――それが<清掃用務員>たる、私の使命だ。




「"フェイキッドの亡霊"様――いえ、フェイキッド・スクリーム様とお呼びした方がよろしいでしょうか?」

「俺にとっちゃ、そんなものはどっちだっていい。俺がテメェに聞きたいことなんて、一つしかねえからな」


 私は舞台の下から"フェイキッドの亡霊"を見上げる形で睨み合う。

 そんな私に対して、"フェイキッドの亡霊"は見下しながら語り掛けてくる。


「さっきも言ったけどよ、まだテメェは『お掃除』とか言って、俺の計画の邪魔をするつもりか?」

「そうですね。邪魔させていただきます。私が<清掃用務員>であることを差し引いても、私には守るべき家族や友人がいます。あなたの行いを見過ごすわけにはいきません」

「……フン。『家族や友人のため』……か。いずれにせよ、相変わらず強情な女だぜ」


 "フェイキッドの亡霊"は私の答えを鼻で笑ってくる。

 この"フェイキッドの亡霊"の正体が本当に亡くなられたはずのフェイキッド・スクリーム様であろうと、そうでなかろうと、私は一歩も退く気はない。

 <清掃用務員>としての使命もあるが、先程も私自身が述べた通り、私の大切な方々を守るためにも必要なことだ。

 私は瞳に強い清掃魂(セイソウル)を宿し、"フェイキッドの亡霊"と睨み合い続ける。




「……その目を見る限り、本当に退く気はねえってことか。だったら、仕方ねえな――」


 そんな私の気持ちを、"フェイキッドの亡霊"も理解したようだ。

 ただ、理解してくれたからと言ってそれで終わる相手ではないことは、これまでの行動から百も承知だ。


 "フェイキッドの亡霊"は胸元から一つの瓶を取り出し、頭上へと掲げる。

 その瓶に入っているのは黒い何か。

 <用務眼(ヨウムアイ)>でも確認したが、どうやらあの中身こそが"汚れ"のようだ。


 そして"フェイキッドの亡霊"は大声で叫びながら、その瓶を振り下ろした――




「さあ! 始めようぜ! 今度こそテメェには、この俺が用意した舞台から降りてもらう! 本物の"フェイキッドの亡霊"による、本物の惨劇の始まりだぁああ!!」

本物の"フェイキッドの亡霊"の挑戦状!

<清掃用務員>の意地の見せ所だ!

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