それでも私はお掃除したかったのです。
「マリアック! 息を止めていてください!」
「あむ~! んん~!?」
私はマリアックの口を押さえながら、浴槽の中へとそのまま沈む。
彼女の全身に染みついた"汚れ"を中和させるためにも、一緒に全身を浴槽に沈める。
浴槽の水には次亜塩素酸ナトリウムが溶け込んでおり、マリアックの"汚れ"を中和することはできる。
だが、私自身は"汚れ"も何もない、生身のままだ。
そんな生身の体に、次亜塩素酸ナトリウムが突き刺さるように染みこんでくる。
お肌が痛い。とにかく染みる。
水中で目を閉じながら必死に耐えるが、まだ出るわけにはいかない。
私は心の中で清掃魂を研ぎ澄まし、マリアックの状況を確認しながら、"汚れ"が落ちるのを待つ。
マリアックの"汚れ"を落とすまで、私はこの浴槽から出るわけにはいかない。
私が無茶をしていることは承知の上だ。
ココラルお嬢様の言いつけを破っていることも覚悟の上だ。
それでも私はマリアックの友人だ。
――私は彼女を助けたい。
「――プハァッ!? ハァ、ハァ……!」
「ハァ~、ハァ~……! うう~……クーリア~……!」
暫くすると、私は抱きかかえていたマリアックと共に、浴槽の水の中から顔を出した。
なんとか気力を振り絞って一緒に浴槽から這い上がり、マリアックを<用務眼>で確認する。
――無事に"汚れ"は落ちている。
マリアックの気配も、さっきまでの恐ろしいものではなくなった。
だが、まだ清掃業務完了とはならない。
「マ、マリアック……! い、急いで体を……シャワーで洗って……ゲホッ!」
「クーリア~!? お、お願いですよ~! しっかりしてください~!」
次亜塩素酸ナトリウムを全身に浴びたのだ。
急いで洗い落とさないと、お肌に悪影響が残る。
――だが、私の方は流石に限界だ。
ただでさえ治りきっていない体に、<清掃能力強化>の使用。
お屋敷の中を駆けまわり、マリアックのお掃除。
次亜塩素酸ナトリウムの含まれた浴槽へのダイブ。
以前に倒れた時と同じく、心臓の痛みで意識が遠のいていく――
「そ、そんな~!? だ、誰か~!? 誰か~~!?」
「何事だ!? こんな夜更けに何があった!?」
「クーリアにシスター・マリアック!? 本当に何があったのですわ!?」
遠のく意識の中、旦那様とココラルお嬢様が駆けつけてくださった声が聞こえた。
その言葉を耳にしたのを最後に、私はお風呂の床へと倒れ込んで、意識を失った――
■
――次に目が覚めた時、私は自室のベッドの上にいた。
いつの間にかパジャマは新しいものに着替えており、お肌に次亜塩素酸ナトリウムの痺れもない。
どうやらあの後、お屋敷の人達が私のことを看病してくれたようだ。
そしてそんな私のベッドの横には、ココラルお嬢様が眠そうにイスに腰かけておられる。
「ふあぁ……。目が覚めましたのね、クーリア」
「ココラルお嬢様……。ご心配をおかけしたようで、申し訳ございませんでした。注意されたばかりなのに、私はまた無茶を――」
「今回については謝罪は不要ですわよ。それに、まずはシスター・マリアックにお礼を言うのが先決ですわ」
お嬢様は眠そうにしながらも、手の先を私の枕元へと向けられる。
その先にいたのは――
「う~……ムニャ~……。クーリア~……。死んじゃ嫌ですよ~……」
――マリアックだ。
うなされるように寝言を述べているが、彼女も無事だったようだ。
よく見ると、彼女はずっと私の手を握ってくれている。
「シスター・マリアックはずっとクーリアのことを心配してくれたのですわ。こうやってつきっきりで、朝まで看病してくださったのですわよ」
マリアックの姿を見る私に、ココラルお嬢様が説明をしてくださった。
どうやら私は極度の衰弱状態に陥ってしまい、体力的に危険な状態だったようだ。
それでマリアックはずっと私の手を握りながら、回復魔法を唱え続けてくれたようだ。
気が付けば窓の外が明るくなり始めている。
そんな長い間、ずっと私を看病してくれるとは――
――私の方が心配になるが、それでも嬉しいことに変わりはない。
「クーリア。改めてあなたがシスター・マリアックを助けるために無茶をしたことについてですが、今回は不問といたします」
「ありがとうございます……」
「ですが、できることならすぐに助けを呼んでほしかったのですわ。急な事態で気が動転していたのでしょうが、あなたはもっと周囲を頼るのですわ」
「おっしゃる通りでございます……」
ココラルお嬢様がおっしゃる通り、私はまた一人で無茶をしてしまった。
それでお叱りを受けるのは仕方ないが、肝心のお嬢様のお声はどこか優しい。
「ただ……今回あなたがシスター・マリアックを助けるために無茶をしたこと自体について、あなた自身は後悔しているのですわ?」
「……いいえ。私がマリアックを助けるために無茶をしてまでお掃除したことに、私自身は後悔しておりません」
「フフフ。それでよいのですわ。前世の記憶が戻ってからというもの、クーリアは本当に嘘がつけない素直な人間ですわ。そんなあなただからこそ、わたくしの従者として――ファインズ公爵家の"家族"として、誠に相応しいのですわ」
「そのお言葉、心に染み渡ります……!」
ココラルお嬢様は決して、私に怒っているわけではなかった。
私がマリアックのことを思って動いた行動については、否定するどころか大いに認めてくださった。
それどころか私の人間性について高く評価してくださっている。
――そのお言葉を聞くと、私の気持ちも楽になってくる。
あの時"フェイキッドの亡霊"が私に語り掛けてきた、『クーリア・ジェニスターという存在の否定』の言葉を忘れられる。
そうだ。私に迷う必要はもうない。
前世の記憶を取り戻そうと、<清掃用務員>としての誇りと清掃魂を胸に抱こうと、これだけは変わらない――
――私の居場所は確かにここにある。
へへっ……本当に無茶しやがって……!
だが、それもまた<清掃用務員>ってやつさ……!




