清掃対象:マリアック・アリビュート
"汚れ"に蝕まれし親友! マリアック・アリビュート!
「クーリア~……。起きちゃダメじゃないですか~……? 治るのが遅くなりますよ~……!?」
マリアックは顔を上げ、ゆっくりと私の方へと近づいてくる。
表情はいつもの笑顔だか、どこか不気味さが漂う。
その右手に握られているのは包丁。体から溢れ出すのは、大量の"汚れ"。
「そ、そんな……!? まさか、マリアックまで"汚れ"に……!?」
"フェイキッドの亡霊"の言葉から予測できた最悪の事態。
それが今、私の目の前で現実のものとなってしまった。
以前、聖ノミトール学園が"汚れ"に襲われた時もそうだったが、マリアックは教会が大量の"汚れ"に覆われても無事だった。
彼女の高貴な聖女魂は"汚れ"を跳ねのけるものだと思っていたが、私の見立てが甘かった。
"フェイキッドの亡霊"は"汚れ"を自らの武器として使いこなしている。
これまでにない高濃度の"汚れ"をマリアックに使うことで、その心を完全に支配してしまったのか。
「マリアック……落ち着いてください。あなたは今、"汚れ"に心を蝕まれています。私がお掃除しますので――」
「何を言ってるのですか~? お掃除は当分禁止だって~……言われてますよねぇええ!?」
私の呼び声も聞かず、マリアックはその両眼を見開き、右手に持った包丁で襲い掛かって来た。
普段転んでばかりのマリアックからは想像もできない、驚くほど俊敏な動き。
どうにかして避けないといけないが――
クラッ――
ガキンッ!
「う、ううぅ……!」
――体が言うことを聞いてくれない。
私はそのまま床へと膝から崩れ落ちてしまう。
慌てて箒天戟でマリアックの包丁はガードできたが、完全に私の方が押し込まれている。
私の体力が落ちているのもあるが、それ以上にマリアックの力が上がっている。
普段からはとても想像できない力で、そのまま包丁を両手で握りながら押し込んでくる。
「クーリア~……! お掃除は禁止なのに~、その専用モップを持ってたら~……ダメじゃないですかぁああ!?」
マリアックの様子もこれまでのものとは一変している。
表情は笑顔のままだが、私に対して怒りのこもった叫び声を上げながら襲い掛かってくる。
全ては"汚れ"による影響だろうが、いろいろと恐ろしい。
普段はドジっ子でどんくさいマリアックが、これほどまでの身体能力を手に入れていること。
普段の笑顔のまま、包丁で襲い掛かってくること。
――とにかく、今はなんとしてもマリアックを"汚れ"から救うことが先決だ。
「ハァ、ハァ! ク……<清掃能力強化>!」
ココラルお嬢様に注意されたばかりだが、今ばかりは私も無茶をするしかない。
痛む心臓に鞭を打つように、全身に<清掃能力強化>をかける。
そして一気に加速して、マリアックから距離を離す――
「クーリアァア!? 動いたらダメだって~……言ってるじゃないですかぁああ!?」
「ハァ、ハァ! い、痛い……! ゴホッ! ゲホッ!」
マリアックもそんな私を追ってくるが、幸い<清掃能力強化>を使った私の方が速さは上だ。
それでも、この状況が危険なことは間違いない。
<清掃能力強化>の反動は私の体に重くのしかかり、心臓が破裂しそうだ。
メイド服も着ていないので、<収納下衣>も使えない。
手元にあるのは箒天戟だけ――
この危機的状況で、マリアックを早急にお掃除する方法を考えないといけない。
マリアックと距離を置くようにお屋敷の中を駆けながら、私はその方法を考える。
<用務眼>で確認できたマリアックに染みつく"汚れ"の成分は、"強酸性"。
あのレベルで必要な溶剤は、"強アルカリ性"である次亜塩素酸ナトリウム。
手元にあるのは箒天戟のみだが、私はこのファインズ公爵邸の構造を知り尽くしている。
これらの情報を元に、"静"の清掃魂をなんとか意識しながら、クリーンな脳内で方法を編み出す――
「ハァ……ハァ……! み、見えました! マリアックをお掃除する方法が!」
――胸の痛みと重い体に耐えながら、私はなんとかその方法を見つけ出した。
「クーリアァア!? なんで~……逃げるのですかぁああ!?」
マリアックは包丁を手にして、恐ろしい笑顔で叫びながら、まだこちらを追ってきている。
だが、このルートのまま行けば上手くいく。
私はまず先にある角を曲がると――
「箒天戟! モデル『白虎』!」
――箒天戟を変形させる。
モデル『白虎』を選んだ理由は、多くの液体を含ませたいからだ。
パジャマのため<収納下衣>とのリンクは使えないが、この先にある部屋にあるものとならば、リンクさせられる――
「ありました! 用務室! 次亜塩素酸ナトリウム、充填!」
――そう。用務室だ。
私の本拠地とも言える用務室ならばリンクできると、心で理解することができた。
その狙い通り、扉越しで用務室に置かれている容器から、次亜塩素酸ナトリウムをモデル『白虎』となった箒天戟の先端へと染みこませる――
「あぁ!? ぐうぅ!? ゲホッ! ハァ、ハァ……!」
――だが、ここにきて私の体がさらに悲鳴を上げる。
<清掃能力強化>の効果も切れてしまい、マリアックのお掃除にとりかかることもできない。
このままでは、逆にマリアックに襲われてしまう――
――だが、ここまでも計算には入っている。
あと少し進んで、"あの場所"にさえたどり着ければ――
「ハァ、ハァ! つ、着きました! お風呂!」
――そう。お風呂だ。
元より私がマリアックに対し、<従伏絶掃勢>を放つ体力が残っていないことも織り込み済み。
私は持っている箒天戟の先端を浴槽にたまった水につけ、次亜塩素酸ナトリウムを溶け込ませる。
濃度の計算も問題ない。
普通の人間がこのお風呂に入ってしまうと、お肌に害を及ぼしてしまう。
だが、今のマリアックに纏わりついている"汚れ"の"強酸性"の成分を考えれば、このお風呂の成分で中和させることができる。
ある種の賭けになるが、ここにマリアックを直接浸け込む以外、現状での方法はない――
ガシィイ!
「うぐぅう!?」
「クーリアァア!? 何やらお掃除の準備をしてますが~……休まないとダメでしょぉおお!?」
――そんな後一歩というところで、私はマリアックに捕まってしまった。
マリアックは左手で私の首を掴み、そのまま次亜塩素酸ナトリウムの溶け込んだ浴槽へと押し付けようとしてくる。
「マ、マリアック……! や、やめて……ください……!」
「どうせだったら~、クーリアがそのお風呂に入って~……休んだらいいじゃないですかぁああ!?」
私の体はすでに力が抜け始め、完全にマリアックの力に押し負けている。
箒天戟も手放し、なんとか両手で抵抗するも、もう限界だ。
私がこのままこの浴槽に押し付けられれば、お肌への影響以前に溺れてしまう。
もう私には、マリアックはお掃除できないのだろうか――
「う……う~……。ク、クーリア~……!」
――そんな絶望に陥ろうとしていた時、マリアックの声が変わった。
それはどこか悲しそうだが、いつもと同じ声だ。
「と……止めてください~……! 私はこんなこと~、したくないです~……!」
何とか私は顔を上げ、マリアックの顔をなんとかのぞき込んでみる――
――マリアックは泣いている。
その表情と声からも分かる通り、これは彼女の本心ではない。
マリアックの体にはいまだに"汚れ"が纏わりついているが、腕に込められた力は弱まっている。
――マリアックの心は今、"汚れ"と戦っている
「ク、クーリア~……! た、助けてください~……!」
「大丈夫ですよ……マリアック。あなたは必ず……私がお掃除します」
私はそんな体を抱きかかえるように腕を回す。
かなりの危険が伴うことになるが、必死に抗ってくれているマリアックの心のためにも、私は意を決する。
そしてそのまま自らの体を後ろへ倒し――
ザブゥゥウウン!
――マリアックと共に、次亜塩素酸ナトリウムの溶け込んだ浴槽へと飛び込んだ。
※絶対に真似しないでください!!




