亡霊に出くわしました。
私の目の前に現れたのは、これまでと同じく黒いレインコートに『笑い狐の面』をつけた、"フェイキッドの亡霊"の姿をした人物。
私もすぐに体を起こそうとするが――
「一体何をしに――うぐぅ……!?」
――まだ体が言うことを聞いてくれない。
それでも心臓の痛みに耐えながら、私はなんとか上半身だけでもベッドの上で起こす。
「おいおい、無茶するんじゃねえよ。今のテメェはまともに体を動かすことだって、できないはずだぜ?」
"フェイキッドの亡霊"は私にそう言いながら、右手に持った拳銃の銃口を向けてきた。
それは実弾銃"ホーク"。
かつて私が<アサシン>だった頃に使い、『ホトトギス』から盗み出されたものだ。
「前にも忠告したはずだぜ? 『これ以上、首を突っ込むな』ってな」
「その口振り……まさかあなたが――ううぅ!? ハァ、ハァ……!」
"フェイキッドの亡霊"は私に"ホーク"の銃口を向けたまま、淡々と語りかけてくる。
私も何とか言い返そうとするが、すぐに胸の痛みで息が切れてしまう。
ただ、これだけは分かる――
――この"フェイキッドの亡霊"こそ、私に麻薬を盛った犯人だ。
「ハァ、ハァ……。あ、あなたは何故、私を狙うのですか……?」
「テメェが俺の計画にとって邪魔なもんでね。大人しくテメェの言う"汚れ"を放っておいてくれれば、見逃してやったものを……」
"フェイキッドの亡霊"はなおも私に淡々と語りかけてくる。
どうやらこの人物にとって"汚れ"は重大な計画の一つであり、それをお掃除する私の存在は目障りなようだ。
もし私がお掃除をやめれば見逃してくれるという話だが、そのようなことを私が認めるはずがない。
「私は<清掃用務員>です。"汚れ"がある限り、お掃除をやめることなどあり得ません」
「……フン。本当にどこまでも馬鹿な女だ……」
私の答えが不満だったのか、"フェイキッドの亡霊"は"ホーク"のトリガーに指をかけてくる。
――正直言って、怖い。
私の中でココラルお嬢様を始めとした家族や、マリアックといった友人の存在が大きくなった今、死んでお別れになるというのは嫌だ。
それでも、この"汚れ"騒動を放っておけば、もっとひどい被害が起こってしまう。
――そのためにも、私も退くわけにはいかない。
私は強い眼差しで、"フェイキッドの亡霊"を睨みつける――
「……本当に、どこまでも清掃ジャンキーな女だぜ。ここまで脅されて、まだ退く気にならねえとはな」
すると"フェイキッドの亡霊"は呆れた口調で言葉を紡ぎながら、一度私に向けていた"ホーク"を降ろした。
これで助かったわけではないが、どうせならここで私は知っておきたいことがある――
「あなたは本当に……"フェイキッドの亡霊"なのですか? ひょっとして、亡くなったはずのこのウォッシュール王国の第二皇太子、フェイキッド・スクリーム殿下ご本人なのですか?」
「……この状況で、よくそこまで聞く気になれるな。本当に馬鹿だが、面白れぇ女だぜ」
――そう。この"フェイキッドの亡霊"の正体だ。
これまでのやり取りを見ていても、この"フェイキッドの亡霊"の姿をした人物は、『本物の亡霊』ではない。
『魔法銃"ファルコン"と実弾銃"ホーク"の強奪』、『ポーションへの麻薬の混入』――
私が知る限りでも、その行動は人間としての範疇に収まっている。
おそらくは誰かが正体を隠すために、"フェイキッドの亡霊"の姿をしているだけだ。
そして、一番その可能性が高い人物は――
「そうだな。テメェの言う通り、俺はフェイキッド・スクリーム本人ってところだな」
――"フェイキッドの亡霊"自身も述べた通り、亡くなったはずのフェイキッド・スクリーム様だ。
ただ、どうにも言い方に『含み』があるように見える。
「……もしあなたが本当にフェイキッド・スクリーム様だったとして、なぜこのような真似をしているのですか? そもそも、もうとっくに亡くなられたのではないのですか?」
「さぁてな~? そこまでテメェに話してやる義理は、流石に俺にもねえな」
"フェイキッドの亡霊"は私に背を向けながら、余裕そうに両手を軽く広げ始める。
それはまるで、演劇に向かう役者のような振舞い。
そして左手に握られているのは、魔法銃"ファルコン"――
「ただ、これだけは言っておいてやってもいいかな?」
――そうしてどこか舞台に立つ役者のような振舞いで、"フェイキッドの亡霊"は背を向けたまま私に話を続けてきた。
「この舞台に、『クーリア・ジェニスターという役者』は必要ない」
「この台本に、『クーリア・ジェニスターという人物』は登場しない」
「このシナリオに、『クーリア・ジェニスターというキャラクター』は本来存在しない」
――そして語られたのは、私の存在を否定するような言葉の数々。
ハッキリ言って、意味が分からない。
この"フェイキッドの亡霊"を名乗る人物が何を考えているのか、何を目的としているのかも分からない。
――ただ、やはり私の存在が邪魔だということだけは分かる。
「あなたの言いたいことは分かりませんが、私は決してお掃除をやめるつもりはありません」
「……テメェ自身が死ぬことになってもか?」
「死ぬのは嫌ですね。今の私には、私のような者を慕ってくださる家族や友人がいます。そんな方々のためにも死ねませんが、同時にそんな方々を守るためにも、私は<清掃用務員>として"汚れ"に立ち向かいます」
「……フーン」
私は"フェイキッドの亡霊"に対して、思うことをそのまま口にした。
たとえ命を狙われようとも、私は生きて"汚れ"に立ち向かい続ける。
生きて大切な方々を守り抜く。
それが<清掃用務員>、清掃魂を宿す者であり――
――クーリア・ジェニスターという人間だ。
「……アハハハッ! 本当に面白れぇ女だぜ! こんな状況でも、この俺に啖呵を切れるとはな」
"フェイキッドの亡霊"は私の方に向き直り、笑いながら語り始めた。
『笑い狐の面』でその顔は分からないが、声色からどこか私の答えに満足しているような気がする。
「まあ、テメェの言い分は分かった。ただ、俺もこのまま終わるつもりはない。テメェのことはまだ生かしておいてやるが、その代わり――」
さらに"フェイキッドの亡霊"は言葉を紡ぎながら、部屋の扉へと向かう。
そのまま私の部屋から出て行ってくれるようだが――
「最後に、テメェの『お友達』にも俺の餌食になってもらおうか……!」
――その一言を聞いた時、私の全身を悪寒が走った。
「ま、待ってください! 『私の友人を餌食にする』というのはまさか――」
「さぁて? どうだろうな~? まあ、これからテメェ自身でどうにかしてみやがれ。アハハハッ!」
私の呼び止める声も聞かず、"フェイキッドの亡霊"は部屋から出て行った。
――マズい。とてつもなく嫌な予感がする。
「ううぅ……!? ハァ、ハァ……! すみません、箒天戟。少しの間、私の支えとなってください」
私は胸の痛みに耐え、重い体を強引にベッドの上から起こす。
本来の使い方とは大きく異なるが、箒天戟で体を支えながら部屋の外へと出る。
完全に真夜中で暗くなったお屋敷の廊下。
"フェイキッドの亡霊"の姿も、もうそこにはない。
ただ一人だけ、廊下にたたずむ人の姿があった。
その人物は右手に包丁を持ちながら、全身から"汚れ"を溢れさせている――
「ウフフ~、クーリア~……。勝手に起きたら~、ダメじゃないですか~?」
「マ、マリアック……!?」
次なる清掃対象――
親愛なるシスターにして友人、マリアック・アリビュート!




