私はもうダメみたいです。
「――リア! クーリア!」
「……んうぅ。あ、あれ……? ココラルお嬢様……?」
突如意識を失った私が次に見たものは、私の顔を覗き込んでくるココラルお嬢様のお顔だった。
その表情は涙があふれており、とても悲しそうだ。
「な、何があったのでしょ――うぅ……!?」
「クーリア! まだ起きてはいけませんわ!」
私は体を起こそうとするが、左胸に走った激痛ですぐに再び倒れ込んでしまう。
ココラルお嬢様も私を気遣い、私が横になるように促してくださった。
「ハァ……ハァ……。も、申し訳ございません……」
ココラルお嬢様に謝罪をしようにも、息が上がってうまく喋れない。
とにかく体の自由が効かないので、横になったまま周囲を確認してみる。
――どうやらここは私の部屋のようだ。
そして私が今横になっているのは、そのベッドの上。
私自身の姿も確認してみるが、普段のメイド服からパジャマに着替えさせられたようだ。
結ってあった髪も解かれ、かなり楽な格好になっている。
一体私が気を失っている間に、何があって――
ガチャリ
「クーリア! 意識が戻ったのか!?」
「ホホホ。どうやら、意識は戻ったようじゃな」
そんな私の部屋に、旦那様と一人の年老いた白衣の男性が入って来た。
旦那様は慌てながら私の方へと近寄って来てくださる。
「旦那様、申し訳ございません……。心配をおかけしたようですし、私もまだ体が――ううぅ……!?」
「気にするな、クーリア。今はとにかく体を休めろ。……先生、クーリアの容態の確認をお願いします」
「ホホホ。任せるのじゃ」
旦那様に挨拶をしようとするも、やはり胸の痛みで体を起こせない。
そんな私を気遣いながら、旦那様は一緒に入って来た白衣の男性を私の横へと導いてくる。
「あ、あなたは……?」
「ワシは医者じゃよ。ファインズ公爵に頼まれて、お主の容態を見に来たのじゃ」
力ない声で白衣の男性に尋ねてみたが、私のために旦那様はお医者様まで呼んでくださったのか。
なんともお優しい限りだ。
お医者様はその手に魔法の光を宿し、私の方へと向けてくる。
おそらくこの世界における、<医者>の診断スキルだろう。
だが、意識を失う前に私も思ったのだが――
「すみません。これは私が"汚れ"に蝕まれたものと思われます。皆様、早急に私の部屋から出たほうがよろしいかと……」
――そう。"汚れ"の影響と考えられる。
私自身、このような体調の変化は初めてだ。前世でもこんな症状になった覚えはない。
そこで考えられるのは、"汚れ"に蝕まれた可能性だ。
そしてこれが本当に"汚れ"の影響と考えられるなら、何よりも優先すべきは周囲へ被害を拡大させないことだ。
"汚れ"は人の心を蝕む。
しかもその形を用水路の時のように、大気中を舞うウイルスのようにも変化させられる。
だから今の私にできることは一つ――
――私自身の隔離だ。
「わ、私は大丈夫です……。なんとかして私自身をお掃除しますので、は、早く皆さん外へ……。ハァ、ハァ……」
「ダメですわ! こんなに弱ったクーリアを一人にすることなんて、できませんわ!」
私は息を切らしながら訴えるも、ココラルお嬢様は部屋から出ようとしてくださらない。
その気遣いはありがたいのだが、もしも万一お嬢様達に"汚れ"が移ってしまたら、それこそ一大事だ。
――もしかすると、私はもうダメかもしれない。
だけどあの後輩メイドのように、私の教えを受け継いでくれる者は出てくる。
<清掃用務員>クーリア・ジェニスターがここで果てても、清掃魂は終わらない。
どうかもしもの時は、私に代わって誰かがこの世界をお掃除して――
「……ふむ。おそらくこれは、思った通りじゃな」
「……わしも先程聞きましたが、やはりそうなのですね? 先生」
――私が次代への思いを心の中で託そうとしていると、お医者様と旦那様が何やら話を始めた。
お医者様のスキルによる診断も終わったようだ。
私に纏わりついている"汚れ"は、お医者様にも確認できるのだろうか――
「これは……『過労』ですじゃ」
「……過労?」
――そう考えていた私の耳に飛び込んできたのは、私の想像とは違う診断結果だった。
お医者様は過労とおっしゃられるが、本当にそうだろうか?
私もこれまで何度か疲れを感じることはあったが、今回のような症状は初めてだ。
倒れたのはまだしも、心臓への痛みや息切れ、発熱まである。
「すみません。本当にこの症状は過労なのでしょうか? ハァ……ハァ……。ううぅ……」
「いや……。そこまで苦しそうにしてて、なぜ過労の可能性を否定するのだ?」
「そもそも、これが"汚れ"が原因ならば、クーリアには見えるのではなくて?」
旦那様もココラルお嬢様も、呆れた表情で私の疑問を疑問で投げ返してくる。
だがお嬢様もおっしゃった通り、私は<用務眼>を使っていなかった。
こんな簡単なことを見落とすとなると、疲れていることは事実のようだ。
寝たままの状態だが、私は<用務眼>で自らの体を確認してみたが――
「……"汚れ"は見当たりませんね」
――特に問題はなかった。
「やはりな……。そもそもわしには一つ、クーリアの過労の要因に心当たりがある」
「そんなものがあるのですか?」
「ああ。おい、外の者よ。すまないが、"例のモノ"を持ってきてくれ」
横になったままの私と話をしながら、旦那様は部屋の外の人間を呼び出した。
私の過労の要因――
私自身には全く心当たりがないが――
「し、失礼します……! お、重い……!」
「な、なんですか、このメイド服……!? クーリア先輩って、いつもこんなものを着てるんですか……!?」
――部屋に入ってきたのはメイド服を二人掛かりで運ぶ、後輩メイド達だった。
そのメイド服は私のものだ。
「……すみません。なぜあの二人は私のメイド服を、あんなに重たそうに持っているのでしょうか?」
「……おい、クーリア。<収納下衣>を解除しろ」
「え……? は、はい。分かりました……」
私のメイド服を重たそうに持っている理由は分からないが、旦那様は私に、<収納下衣>の解除を命じられた。
解除だけならば寝たままでもできるし、何より旦那様の命令は絶対だ。
私は寝たまま軽く指を鳴らし、<収納下衣>を解除した――
ガチャガチャガチャガチャ!
ゴチャゴチャゴチャゴチャ!
ドガララララ――
「な、何なのですか!? この大量の道具は!?」
「何と言われましても……必要なものを入れていただけですが?」
「それ以前の話ですわ! この量は明らかに、<収納下衣>の許容スペックを何倍も超えていますわ!」
<収納下衣>を解除したら、ココラルお嬢様に怒られてしまった。
そんなにおかしいだろうか?
私は必要なものしか入れていないのだが――
「そもそもですわ! 本当にこれだけの量が必要なのですの!? 部屋の半分が埋もれてしまいましてよ!?」
「必要です。私は必要なものしか入れない主義なのです」
「とてもそうは思えない量ですわよぉお!!」
ココラルお嬢様は絶叫しながら、私の<収納下衣>から出てきた道具を漁り始めた。
「このティータイム用のテラスは必要ですの!?」
「必要です。ココラルお嬢様にはいついかなる時でも、最高のティータイムを味わっていただきたいのです」
「いりませんのよぉお!! その気遣いはぁあ!!」
お嬢様曰く、ティーセットは不要なようだ。
私としては、お嬢様のためにも残しておきたいのだが――
「ならばこの、モップやらハタキやらが三本以上あるのはどういうことですの!? 一本でよくないですの!? むしろ、箒天戟という新しいモップがあれば、必要ないのではありませんの!?」
「必要です。箒天戟が疲れてきたら、交代で使わないと可哀想です」
「あなたの方が疲れてますのよぉおお!!」
お嬢様曰く、箒天戟以外のモップ類も不要なようだ。
私としては、箒天戟に休憩してほしいのだが――
「後! この洗剤が入った大量のボトルと、『百リットル』と容器に書かれた大量の水は何ですの!? これはもっと選別できるはずでしてよ!?」
「必要です。いつどのような"汚れ"があるのか分からないので、準備は万全にしておく必要があります。水も道具を洗うのも含めて、いくらあっても足りません。<清掃用務員>としての嗜みです」
「この清掃ジャンキーがぁああ!! ですのぉおお!!」
お嬢様曰く、洗剤や水もここまで必要ないようだ。
私としては、様々な場面を想定しておきたいのだが――
――後、お嬢様が申された『清掃ジャンキー』とは何だろうか?
「ゼェ……ゼェ……。と、とにかく、この容量はおかしいですの……」
「いくら持ち運び性能に優れた<収納下衣>であろうと、これだけ入れ過ぎれば重さの影響も出てくるな。むしろ、よく今までこれだけ重いメイド服を着て生活できていたな……」
ココラルお嬢様も旦那様も、私のことを完全に呆れた顔で見ている。
確かにメイド服がここまで重くなるほど、<収納下衣>に収納していたのは計算外だった。
体調が戻ったら、一度整理整頓をしなおそう。
「それにしても、メイド服が重くなっていただけで、ここまで倒れるほど過労になるものでしょうか?」
「……そういえば、わたくしも気になっていることがありますわ」
私が考えていると、ココラルお嬢様が私にあることを尋ねてきた――
「クーリア。あなたのここ最近の一日の流れを言ってほしいですの」
「え? 私の一日の流れですか? 一体何の意味が――」
「いいから話すですのぉお!!」
「か、かしこまりました……」
どこか怒りながら私に説明を要求するココラルお嬢様。
仕方ないので私はお嬢様に言われた通り、ここ最近の一日の流れを話し始めた――
クーリアの一日について。




