私は恵まれています。
「ありがとうございます……マリアック。私もだいぶ落ち着きました」
「いいですよ~。クーリアが泣きたい時は~、私が話を聞いてあげますから~」
マリアックに話を聞いてもらったおかげで、私の涙もようやく止まった。
その間マリアックはずっと、私を優しく抱きかかえながら慰めてくれた。
それはとても暖かかった。
ココラルお嬢様もおっしゃっていたことが少し分かってきた。
私はこれまで、一人で気持ちを抱え込み過ぎていたのかもしれない。
そういう時にマリアックのような様な友人がいてくれると、非常に心強い。
――私は前世でも現世でも、友人と言える存在がおらず、どこか孤独だった。
だがそれは、周囲が近づかなかったからではない――
――私が勝手に、『一人になっていた』からだ。
"超一流"の<清掃用務員>としてのプライド。
職務への誇りと使命感。
それらも大事ではあるが、それを理由に私は周囲と距離を置いてしまっていた。
だが、今はこうしてマリアックが『友人として』傍にいてくれることが、とにかく嬉しい。
「本当にありがとうございます。こんな私でよろしければ、これからもご友人でいてください」
「当然ですよ~。私もクーリアのことは~、気になって仕方ないですからね~」
マリアックはいつものほがらかな笑顔で、私の言葉を受け取ってくれた。
彼女の存在はココラルお嬢様や旦那様とは違う意味で、私にとって唯一無二の存在だ。
彼女にとっては私の存在など大したことないのかもしれないが、それでも私は彼女のことを大切にしよう。
私はマリアック・アリビュートの友人、クーリア・ジェニスター。
それは私の個人的な誓いであり、誇りだ。
「それにしても~、シケアル殿下には困ったものですね~」
私が落ち着いたのを見て、マリアックは私の話についての所感を述べ始めた。
「いくらこのウォッシュール王国の皇太子殿下であっても~、人の過去に土足で踏み込むような真似は~、いただけませんね~」
「ですが、シケアル殿下がおっしゃっていたことは事実です。私は<清掃用務員>としての自信を失いそうです……」
「本当にクーリアは~、呆れるほど真面目ですね~。それがいいところではありますが~、過去は変えられませんので~、未来のことを考えましょう~」
清掃魂まで濁りそうな私に、マリアックはどこか呆れながらも優しく諭してくれた。
「クーリアが<清掃用務員>であり続けたいのは事実ですし~、その力が人々の役に立つのも事実です~。<アサシン>の過去も事実ですが~、大事なのは未来のことです~」
――流石はマリアック。人気投票四位の<シスター>は伊達じゃない。
その言葉のおかげで、私は少し自信を取り戻した。
――そうだ、私は<清掃用務員>じゃないか。
清掃業務の中で失敗もあったが、どれも乗り越えてきた。
今何よりも優先すべきは、この"汚れ"騒動の原因究明と解決。
<アサシン>の過去は洗い流せないが、<アサシン>のスキルは今後の未来の大きな力となる。
そういった応用力と対応力こそ、<清掃用務員>としての嗜み。
何より私の力は今、敬愛する方々のお役に立っている――
――私の清掃魂を、ここで濁らせるわけにはいかない。
「本当にありがとうございます、マリアック。……それにしても、シケアル殿下はどうしてあそこまで、人気投票の結果にこだわっていたのでしょうか?」
「う~ん~……。おそらくなんですけど~、亡くなられた弟のフェイキッド・スクリーム様のことで~、ムキになっているのかもしれませんね~」
なんとか気持ちを取り戻した私だが、そこで気になったことをマリアックにも聞いてみた。
その話を聞いたマリアックの話に、私も気になることがある。
「以前私に見せてくださった童話――『フェイキッドの亡霊』ですか」
「そうですね~。あの童話にも書かれていた通り~、シケアル殿下はフェイキッド様のことで~、向上心を燃やすようになりました~。そのせいで~、プライドの高さが空回りしてるのかもですね~」
マリアックも言う通り、以前読んだ童話『フェイキッドの亡霊』によると、嘘によって追い詰められた双子の弟を亡くされた後、シケアル殿下は文武両面において精進されたそうだ。
なんだか亡くなられた弟のフェイキッド様を出汁にしているような話ではあるが、あのお方にも事情はあるのだろう。
「……そういうことならば、私もこれ以上シケアル殿下に対する言及は避けましょう」
「クーリアはお人好しですね~……。嘘もつけないですし~、仮に本当に童話の"フェイキッドの亡霊"がいても~、クーリアなら襲われないですね~」
「……そうですね」
マリアックの話を聞いて、私は少し動揺しながらも一度話を終わらせた。
私からも話題はあったが、彼女の前ではしたくなかった。
私は『ホトトギス』のアジトで、"フェイキッドの亡霊"に会っている。
あれが本当に、本物の"フェイキッドの亡霊"だったのかは分からない。
それでも、この話はマリアックにはしたくない。
――話してしまうと、マリアックにまで被害が及んでしまうような気がした。
私にとってそれは、一番避けるべき事態だ。
――これは、マリアック・アリビュートの友人としての嗜みだ。
「クーリア! いたら返事をしてほしいのですわー!」
「この声は……ココラルお嬢様?」
私の心もすっかり落ち着いたところに、ココラルお嬢様の声が聞こえてきた。
私はマリアックと一緒に部屋を出て教会の入口へ向かうと、そこにはお嬢様とファブリ様の姿があった。
「クーリア! 大丈夫ですの!?」
「いきなりいなくなっちゃったので、ボク達心配で探し回ったんですよ!?」
「お二方とも、お心遣い誠に感謝いたします。もう私は大丈夫です。ご心配をおかけしました」
ココラルお嬢様もファブリ様も、私のことを心配してくださっていたようだ。
<清掃用務員>としてはこのように周囲を不安にさせるなど、本来あってはならないことだ。
それでも――
「ココラルお嬢様。私を今後も、どうかあなたのお傍に置かせてください。<清掃用務員>としても、仕えるべき<メイド>としても、私は必ずお役に立ちます」
――私は自らに自信を持って、その願いを口にすることができた。
私の居場所はファインズ公爵家であり、ココラルお嬢様のお傍だ。
前世の記憶を取り戻そうと、<清掃用務員>としての誇りを取り戻そうとも関係ない。
クーリア・ジェニスターという人間の居場所は、もうここと決まっているのだ。
「……どうやら、吹っ切れたようですわね。もちろんでございましてよ。シケアル殿下にもわたくしの方から少しお灸を据えましたし、あなたはこれからもファインズ公爵家の一員でしてよ」
ココラルお嬢様も私の気持ちを汲んでくださりながら、私が立ち去った後に起こったことを話してくださった。
あの後、シケアル殿下は引き続き私やファインズ公爵家のことを侮辱していたが、そこでついにココラルお嬢様の堪忍袋の緒が切れてしまったらしい。
お嬢様の<公爵令嬢>スキル、<令嬢有頂天>によって生徒達の心を動かし、シケアル殿下の意見を跳ねのけてしまったとのこと。
元々、シケアル殿下の評判は最近落ち気味でもあったらしく、お嬢様の言葉の方が生徒達の耳には届いたようだ。
「ボクも今回は怒りました! もう、シケアル殿下には付きまとわれたくないです!」
シケアル殿下が内心お熱であったファブリ様も、今回の件については完全にお怒りのようだ。
ココラルお嬢様と協力して生徒達に説明し、シケアル殿下へと立ち向かったそうだ。
片思いしているファブリ様にさえこうまで言われてしまうとは、シケアル殿下の空回りにも困ったものだ。
それでもシケアル殿下は諦めきれず、今は自らが先頭に立って人気投票のやり直しをしているそうだ。
「まあ、シケアル殿下のことはもう放っておきましてよ。"汚れ"によって心を乱していたとはいえ、あのような人と婚約したいと思っていたことが恥ずかしいですわ……」
「ボクもお気持ちは分かりますが、落ち込まないでください。ココラル様」
「私も今は~、クーリアのことが~、一番ですね~」
ココラルお嬢様もファブリ様もマリアックも、そんなシケアル殿下のことよりも私のことを心配してくださっている。
尊敬、敬愛、友情――
それらの感情を抱きつつ、私には断言できることが一つだけある――
――今の私は恵まれている。
「皆様、本当にありがとうございます。このクーリア・ジェニスターはまごうことなき、幸せ者でございます」
その気持ちを表すため、私はお三方に深くお辞儀をした。
そんな私に対して、お三方は優しく接し続けてくれた。
本当に私は幸せだ。
それは前世の記憶が蘇った時のように、<清掃用務員>として更なる高みを目指せるからではない。
クーリア・ジェニスターという人間の周りには、かけがえのない人々が大勢いるからだ。
この方々を守るためにも、私はより一層"汚れ"に立ち向かう覚悟を決められる。
――ところでこれは余談になるのだが、シケアル殿下が行った二度目の人気投票の結果が後日発表された。
今回は周囲が私のことを気遣ってくれて、私はランクインしていない。
それによって、全体の順位がほぼほぼ一つ繰り上がっただけで、大きな変化はなかった。
一位はココラルお嬢様。
二位はファブリ様。
三位はマリアック。
フクシマンは二つ上がって、二十八位になっていた。
――ただ、一つだけ大きく変わった順位がある。
シケアル殿下は三十三位まで転落した。
墓穴掘っただけじゃねーか、シケアル殿下。




