過去は洗い落とせません。
皇太子の嫉妬。
「え!? この一位のメイドさんが……『ホトトギス』の元メンバー!?」
「ってことは、このメイドさんも<アサシン>……!?」
シケアル殿下によって宣言されたのは、この私にとっての忌まわしき過去――
私が<アサシン>だったことと、『ホトトギス』のメンバーだったことの暴露だ。
「そうだ! 諸君! そのような卑しき身分の輩が、この王国の最高機関たる聖ノミトール学園の人気投票において、一位に輝いて良いのか!? 僕は断じて認めない!」
そしてさらに生徒達を煽るように、私のことを下げるような発言をしてこられる。
周囲の生徒たちの視線も私へと向けられるが、その目はどこか恐怖心を感じさせてくる。
――そうだ。これが私の現状だった。
いくら<清掃用務員>としての誇りと使命を抱こうと、裏社会を支配する『ホトトギス』の<アサシン>だったという事実は消せない。
それほどまでに、この世界の一般社会では畏怖される存在――
前世で言う、凶悪犯のような扱い――
――過去は水には流せない。
「そんな女を<メイド>として雇っている、ファインズ公爵家もファインズ公爵家だ! このような暗き闇の如き事実、許されてよいものと――」
「お黙りくださいませ! シケアル殿下! わたくしの優秀なる従者、クーリア・ジェニスターだけでなく、ファインズ公爵家の名まで侮辱するなど、いくらあなたが皇太子殿下であろうとも、このココラル・ファインズも見逃せませぬわ!」
さらにシケアル殿下は私が敬愛するファインズ公爵家の名まで侮辱してくる。
それを聞いてココラルお嬢様も思わず反論しておられる。
私が侮辱されることは仕方ない。
シケアル殿下の言うことは事実であり、私にとって逃れられない罪だ。
だが、ファインズ公爵家を侮辱することは許せない。
本当ならここでお嬢様に代わって、私が反論したいぐらいだ。
それでも――
「うっ……うぅ……!」
「ク、クーリア!? どこへ行くのですわ!?」
――私はこの場にいることが耐えられない。
ココラルお嬢様の声にも反応せず、私はその場から逃げ出した。
急ぎ足で歩き、目を閉じて、前も見れていない。
あふれる涙を抑えられない。
悔しさと苦しさが入り混じり、何も考えられない。
そんな不安定な心のまま、私はどこへとも知れず、その場から逃げ出した――
■
「う、ううぅ……! こ、ここは……?」
――そうしてしばらく、私は何も考えずに逃げ続けた。
気が付くと、私の目の前には学園内の教会があった。
無意識のうちに、私はここを目指していたのだろうか――
「こんなことをマリアックに話しても、迷惑なだけですが……」
そんな考えが頭をよぎるが、それでも私は教会へと足を踏み入れていた。
「あら~? クーリアじゃないですか~! 遊びに来てくださったのですか~?」
そんな私の姿を確認して、マリアックが何度か躓きながらこちらに近寄って来た。
幸い転びはしなかったが、私の顔を見るや否や、その表情が悲しげなものに変わった。
「ク、クーリア~……? な、泣いているのですか~……?」
「う、うぅ……す、すみません。少し……辛いことが……」
私の涙はまだ止まっていなかった。
そんな私を心配するように、マリアックは顔を覗き込んでくる。
やはり、今の私の姿はマリアックを心配させてしまうだけだ。
友人であるマリアックを心配させるなど、私はもう、色々と失格――
「……クーリア。少し奥で~、私と二人だけでお話ししましょう~」
するとマリアックが少し悲しそうな表情のままながらも、笑顔を作って私を奥の部屋へと案内してくれた。
促されるまま部屋へと入るが、そんな彼女の優しさでさえ今の私には辛い。
「マリアック……。やはり、私は帰らせていただきます。このような姿を、これ以上あなたの前に晒したく――」
「ダメですよ~。私は無理矢理にでも~、クーリアの話を聞きますよ~。強制懺悔とします~」
私が部屋を出ようとしてもマリアックに止められ、無理矢理イスに座らされてしまう。
そしてマリアックは私の対面に座り、『強制懺悔』と称して話を聞き出そうとしてきた。
「……なぜそこまでして、私の話を聞きたいのですか? <シスター>としての懺悔でしたら、今回私はご遠慮を――」
「クーリアは本当に~、頭が固いですね~。『強制懺悔』とは言いましたが~、今回は<シスター>としてお話をするのではありません~」
拒む私の言葉を遮りながら、マリアックは話を続けてきた――
「私はただ~、お友達のことが~、心配なだけですよ~」
――その言葉を聞いた時、私の中で塞き止められた何かが一気に溢れ出してしまった。
「わ、私は……人々の生活を守る<清掃用務員>でありながら……<アサシン>として、ひ、人を害した過去を――」
「大丈夫ですよ~。そのままゆっくり~、クーリアのペースで~、話してくださいね~」
私はマリアックに頭を撫でられながら、声を震わせながら事情を話した。
私の<アサシン>としての過去、アサシン組織『ホトトギス』としての過去。
それらをシケアル殿下によって、大衆の面前で暴露されてしまったこと。
それらの過去が前世の記憶を取り戻した<清掃用務員>である今の私にとって、許されざるものであること。
それらの事実が私を苦しめていること。
涙をぬぐい、声を震わせながらだったが、マリアックはずっと私の話を聞いてくれた。
一切の口出しをせずに、彼女は私の話を最後まで聞いてくれた。
――私もマリアックには、不思議と全部話せた。
「……全部話していただき~、ありがとうございます~」
「こちらこそ私のような愚か者の話を聞いていただき、本当にありがとうございま――痛っ!?」
私がマリアックにお礼を言おうとすると、うつむいていたおでこに痛みが走った。
おでこを押さえながら前を見ると、マリアックが私にデコピンをしたようだ。
「そういうところも~、クーリアの悪い癖ですね~」
「私の悪い癖……ですか?」
「クーリアは自分のことを~、悪く考えすぎなのですよ~。そんな話を聞くと~、私も悲しくなりますね~――」
どこか怒った感じの口調ながらも、マリアックは暖かくてほがらかな笑顔で言葉を紡いでくれる――
「私のお友達が自分で自分のことを悪く言って~、悲しくないわけないじゃないですか~」
――そして紡がれた言葉は、私にとって本当に暖かい一言。
マリアックは損得勘定などなく、私のことを『本当の友人』として気遣ってくれていた。
「も、申し訳ございません……! ううぅ……! あ、ありがとうございます……!」
「いいですよ~。クーリアが落ち着くまで~、こうしていていいですからね~」
顔を押さえて涙をこぼす私を、マリアックは優しく抱きかかえながら慰めてくれた。
こうやって私の感情を吐き出せる相手。
今まで一人で抱え込んできたものを話せる相手。
役目も使命をも超えた関係を築ける相手。
――きっとこれが、『友人』というものなのだろう。
友人の愛情。




