蔵書室で調べ物をするはずです。
※毛根注意。
「ほうほう。お主はあのアサシン組織、『ホトトギス』に行っておったのか」
「クーリアよ。お前を信用しないわけではないが、そういう危険なことをするのなら、一度話をしに来てくれ」
「申し訳ございません。陛下、旦那様。私もあまりに掘り返したくない過去だったもので……」
『ホトトギス』のアジトから戻ってきた翌日。
私は王城の蔵書室で、ジーキライ陛下と旦那様の三人で話をしていた。
『ホトトギス』で起こった一連の騒動やそれに関わる話も、しっかり報連相できた。
だが旦那様もおっしゃる通り、私が事前に『ホトトギス』に向かう内容を話していなかったのは、<清掃用務員>としてあるまじき失態ではあった。
ただ私としても、どうしても『忌まわしき過去』については話しづらかったのだ。
――己の感情を優先し、事前報告を怠るなど、私は本当にまだまだ未熟だ。
"超一流"の<清掃用務員>が聞いてあきれる。
「まあ、お前が無事でよかった。何かあったら、わしもココラルも気が気でないからな」
「そう言っていただけること、有難いと同時に、恥ずかしくもあります……」
それでも旦那様はこんな私を許してくださる。
本当にこの人のもとに仕えることができた運命に、感謝せずにはいられない。
そんな気恥ずかしさから、私は読んでいた本で顔を隠しながら答えた。
――もし仕えられていなかったら、私は今頃『ホトトギス』でタワキスさんの餌食になっていた。
「それで、クーリアよ。例の"汚れ"は、『精神エネルギーの魔法』の類かもしれないという話だったな」
「はい、陛下。先程からそれに関する文献に目を通しているのですが、未だに"汚れ"に関係すると思われるものは見つかりません」
そんな私は現在、王城の蔵書室に入れてもらって、魔法に関する文献を漁っている。
だが、"汚れ"に関係しそうなものは見つからない。
そもそも、この蔵書室は非常に本が多い。
一通り目を通すだけでも骨が折れる。
『精神エネルギーの魔法』――
ただでさえ魔法に詳しくない私には、皆目見当もつかない――
「『精神エネルギーの魔法』か……。ちょっと待っててくれ。確かあの辺りに、それに関する文献があったような――」
そんな時、旦那様が何か閃かれたようだ。
一度席を離れられた後、一冊の本を持って戻ってこられた。
かなり埃をかぶっていて、古ぼけた本のようだが――
「わしの記憶が正しければ、この本にそれに近い内容が書いてあったはずだ」
「流石は旦那様です。よくお気づきになられましたね」
「まあ、ここの文献は一通り全部に目を通したからな。かなり隅の方に置いてあったことだけは覚えていた」
――旦那様、おそるべし。優秀なことこの上ない。
私ではここにある文献に一通り目を通すなど、一生かかってもできる気がしない。
確実に寝るし、何を読んだかも忘れる。
しかもそれがどこにあったかを、わずかながらにも覚えておられる。
旦那様がいてくださって、本当に助かった。
私は感謝しながら、その本に目を通してみた。
「……近いものがありますね。『術者の精神を媒体とし、他者にも影響を与える魔法』ですか」
「ああ。もし"汚れ"が本当に精神に作用する魔法なら、この文献が役に立つかもしれない。ただ、もっと詳しい文献もあったはずなのだが、見当たらないな……」
旦那様がおっしゃる通り、持ってこられた文献にはある程度"汚れ"の成分に近いことが記されていた。
旦那様曰く、もっと詳しい文献もあったそうだが、今はこれで構わない。
こういうものは、簡単なものからじっくり読んでいくものなのだ。
「おい、アトカル。なんで蔵書室にあるはずの他の文献がなくなっているのだ? ちゃんと管理しておけ」
「黙れ、ジーキライ。わしは蔵書室の管轄じゃない。むしろ王城の施設の管理なら、王であるお前の管轄だろ?」
「あぁ? 吾輩に喧嘩を売ってるのか?」
「あぁ? そっちこそ、わしとやり合うつもりか?」
「おう、上等だ。吾輩がその不細工な髭を、全部ぶち抜いてやる」
「おう、上等だ。わしもお前の髪の毛を全部――あっ。お前、毛根全部死んでたな」
「許さぁあん!! 貴様の髭を、吾輩の頭に移植してくれるわぁああ!!」
「うるさい! このハゲ! だったらこっちはそのハゲ頭を磨きぬいて、誰も目を向けられないぐらい光らせてやるわぁああ!!」
文献に目を通している私なのだが、近くで陛下と旦那様が喧嘩を始めてしまった。
陛下が旦那様の髭を掴み、旦那様は陛下のツルツル頭を磨いている。
こういう時、<清掃用務員>ならば平穏に止めに行くのが本来の嗜みだ。
――だが、なんとなくなのだが、この喧嘩は止めなくていいような気がした。
このお二方は幼馴染であり、身分を超えて親友とも言える間柄だ。
『喧嘩するほど仲がいい』いう言葉があるが、きっとこういうことを言うのだろう。
「――ん? この内容はもしかして――」
「いでで!? ど、どうした、クーリア!? 何か見つけたのか!?」
「あちち!? "汚れ"の手掛かりがあったのか!?」
私は旦那様と陛下の喧嘩を他所に文献を読んでいると、気になる内容が目に入った。
髭を引っ張られていたがっていた旦那様も、頭を磨かれ過ぎて摩擦熱が生じていた陛下も喧嘩をやめ、私と一緒にその内容に目を通された。
私が気になったのは、文献に記されていた一つの魔法についてだった――
『<百合魔法>。女性の女性に対する愛情を媒体とする。本来は白色に輝く魔法だが、術者が異常なまでに変質者だとピンク色に変色する。ピンク色の状態は大変危険である』
――その内容を読んだ時、私は思わず本を手放し、両腕で震える自らの体を抑えていた。
「……この<百合魔法>。さっきもクーリアが言ってた、『ホトトギス』のボスの――」
「だ、だだ、旦那様……!? わ、わた、私……何やら、さ、寒気が、と、止ま、止まらなく……!?」
「クーリアよ!? 気をしっかり持て! ほら! ここに暖かい紅茶もあるぞ!」
私の脳裏に<百合魔法>の使い手であるタワキスさんの不気味な笑みが現れ、恐怖と寒気を全身に襲わせてくる。
ハッキリ言って、過去に私が体験したどんな物よりも怖い。
前世で死んだ時よりも怖い。
涙が溢れそうになる。
旦那様も陛下もそんな私を、優しく慰めてくださる。
――とても暖かい。
「それにしても……『ホトトギス』のボスとは、それほどまでにヤバい奴だったのか。吾輩もあの組織の詳細までは追えていなかったが……」
「ヤバいの方向性がおかしいだろ……。クーリアがここまで怯える姿なんて、わしだって見たことないぞ……。あっ。でも待てよ――」
震える私を優しく抱きかかえてくださる旦那様だったが、何かを思い出したように話を始められた。
「あれは確か、クーリアがうちの屋敷に来て一年程経った頃の話だ。まだ妻も生きていて、クーリアも屋敷に慣れ始めた頃だったな――」
〇 〇 〇
「……フゥ。ゴミ出しが終わりました。これで今日のお仕事は終わりです」
「ん? あれはクーリアか? 屋敷の仕事にも慣れてきたようだな。実に感心だ」
ガサッ ガサッ
「……なんだ? クーリアが捨てたゴミのあたりから、何か物音がするな――」
ガサッ! ガササッ!
「ハァー! ハァー! ク、クーリアちゃんの出したゴミ……! なんやクーリアちゃんの下着でもあらへんか……!?」
「なんだこの変質者は!?」
〇 〇 〇
「――ということがあった。あの時はわしも危険を感じ、とりあえず追い払ったが、まさかあの変質者の女が――」
「そ、それ……絶対にタワキスさんです……!」
旦那様の昔話を聞いて、私の体はより一層震えてくる。
怖すぎる。
タワキスさんはずっと、私を狙っていたんだ――
「お、おい! アトカル! 余計に不安にさせてどうする!?」
「す、すまん……。つい思い出したことをそのまま口にしてしまった……」
「あっ。そういえば吾輩も、似たような話を知っているな」
陛下も私を慰めてくださるが、同時に何かを思い出したように語られ始めた。
「あれは確か五年程前だったか? アトカルがクーリアと買い物をしていた後ろ姿を見かけたのだが――」
〇 〇 〇
「旦那様、少々お待ちください。買ったばかりのピーナツを少し落としてしまいました」
「仕方のない奴だ。今は急いでいる。少しぐらいなら仕方あるまい」
「お? アトカルがメイドを連れて歩いているな。吾輩には気づいていないか。それにしても、おっちょこちょいなメイドだ。ガハハハッ」
ササッ サササッ
「……なんだ? 連れのメイドが落としたピーナツを、誰かが拾い集めているのか?」
ガサササッ
「ハァー! ハァー! ク、クーリアちゃんが落としたピーナツ……! これはもうけもんやで……!」
「なんだこの変質者は!?」
〇 〇 〇
「――ということがあった。あの時は取り押さえようとして逃げられたが、まさかあの変質者の女が――」
「そ、それ! 絶対にタワキスさんです!」
陛下の話を聞いて、私は机が震える程の身震いを起こす。
あふれる涙が止まらない。
もう、タワキスさんのことを考えたくない――
「おぉい。お前さんらがここにいるって聞いたから通してもらったけどよぉ、なんでクーリアの姉ちゃんが怯えて泣いてるんだぁ?」
「げっ!? スミスピア……。お前こそ、なんでここにいるんだよ?」
「そもそも、吾輩の城を我が物顔で出歩くな……」
「今更水臭ぇこと言うなよなぁ。オレは顔パスだろぉ、顔パス」
そんな旦那様と陛下に慰められる私の元に、今度はスミスピア様が現れた。
――幼馴染の三人が集まられたことで何やら嫌な予感がするが、きっと大丈夫だ。
流石にスミスピア様から、タワキスさんの話題が挙がることなど――
「そういえばよぉ、さっき城に入る前にこんなことがあったなぁ――」
〇 〇 〇
「ここに来るのも久しぶりだなぁ。クッコルセ団長よぉ。オレは顔パスでいいよなぁ」
「くっ! 問題ない! どうぞお入りください!」
ガサゴソッ ガサゴソッ
「んんぅ? なんだかそこの茂みから、物音がするなぁ――」
ガサササッ ゴソソソッ
「ハァー! ハァー! ク、クーリアちゃんの匂いがする! きっとこの近くにおるで!」
「なんだこの変質者は!?」
〇 〇 〇
「――ってことがあった。すぐにクッコルセ団長が取り押さえようとしたが、逃げられたなぁ。ヤバい女だった」
「も、もう限界です……!」
「ク、クーリア!? 気をしっかり持て!」
「おい! スミスピア! お主、なんて話をするんだ!?」
「え? オレのせいかぁ?」
スミスピア様のお話もまた、タワキスさんのお話だった。
私は机に頭を押さえつけ、必死に恐怖に耐える。
"汚れ"に関する文献を調べていたが、今のところ分かったことは二つ。
タワキスさんは恐ろしい。
"汚れ"と似た力を持つ、<百合魔法>も恐ろしい。
――この二点だけだ。
ヒゲにもハゲにも厳しい。




