行きたくない場所に行く必要があります。
『ホトトギス』編。
王城を後にした私は、城から離れた治安のよくない地域に来ていた。
本当はこの場所には来たくなかったのだが、"汚れ"騒動の元凶の手掛かりがここにある。
「……戻ってきてしまいましたか。『ホトトギス』へ……」
私は一軒の店の前で立ち止まった。
表向きには酒場の看板を出しているが、その実態は全くの別物。
アサシン組織――『ホトトギス』。
『啼かぬなら、泣くまで鳴く』という信念を掲げる組織。
言うなれば、『どんな手を使ってでも任務を成功させる』というその信念。
ウォッシュール王国の"闇"とも呼ばれ、"裏の世界"を支配している。
――十年前まで、私が所属していた組織だ。
「おい、そこのメイド。この店の前で何をしている?」
一人店の前で過去を思いながらたたずむ私に、一人の男が声をかけてきた。
――知らない顔だが、私にはわかる。
十年経っても、<清掃用務員>として覚醒しても、まだ私には<アサシン>としての記憶と経験が体に染みついているようだ。
それらが私に確信を持たせる。
この男――『ホトトギス』の人間だ。
「おい? さっさと質問に答えろ」
「……失礼しました。丁度いいので、一つお尋ねしたいことがあります」
男が『ホトトギス』の人間だと知って思わず固まってしまったが、これはいい機会だ。
私が『ホトトギス』を抜けてから十年経っているし、組織構成も大分変っているだろう。
だが、おそらく"あの人"はまだいるはずだ。
正直"あの人"に会いたくはないが、一番情報を聞き出せる以上、名前を出すしかない――
「『タワキス・ユリアンヌ』さんはいらっしゃりますか?」
「ッ!? お、お前! なんでボスの名前を!?」
「……え? ボス?」
私が口にした『タワキス・ユリアンヌ』という名前。
それは私の<アサシン>時代の先輩とも言える女性の名だ。
――ただ、『ボス』とはどういうことだろうか?
確かにあれから十年経っているから、ボスが代替わりしていてもおかしくない。
それでも、"あの"タワキスさんがボスになられるなんて――
「おい! このメイド、怪しいぞ! ボスの名前を知っている!」
「なんだとでヤンス!?」
「それは怪しいでゴンス!」
「ボスの名前は門外不出でアリンス!」
私と話していた男の合図で、店の中から変な口調の男三人組が出てきた。
もう本能で分かる。この三人も『ホトトギス』の人間だ。
まさかタワキスさんがボスになっていたとは予想外だった。
『ホトトギス』では、ボスの名前を語ることは禁忌とされている。
ボスのことはただ『ボス』としか呼ばれていない。
私がタワキスさんの現状をよく知らずに、迂闊に口を滑らせたゆえの失敗だ。
「とりあえず、この点はメモしておきましょう。『タワキス・ユリアンヌさんは現在、ホトトギスのボス』――っと」
「おい!? 何余裕ぶっこいて、メモなんかとってるんだ!?」
この件については正確に把握しておく必要がある。
<清掃用務員>の嗜みたるメモも、今回は最優先事項だ。
男に注意されてしまったが、とりあえず要点は抑えられた。
「すみません。とりあえず、タワキスさんに会わせてはいただけないでしょうか?」
「な、なんだ……この女? もういい! ボスの名前を知っている以上、ただではおかねえ! お前ら! やっちまえ!」
「ヤンスゥ!」
「ゴンスゥ!」
「アリンスゥ!」
私の要望は聞きいれてもらえず、最初に会った男の合図で変な口調トリオが私に襲い掛かって来た――
■
「ちょ!? ちょっと待て!? お前ら、やめ! ……な、なあ、メイドさんよ? 襲った俺達が言うのも何だけど――」
「ゲホッ、ゲホッ……。は、はい……。何でしょうか……?」
「……何で一切抵抗しないんだ?」
――そして私は一瞬でボコボコにされた。
襲ってきた変な口調トリオや指示していた男も、私のあまりの無抵抗っぷりに、逆に戸惑っている。
「さ、流石に胸が痛いでヤンス……」
「いい気はしないでゴンス……」
「メイドさん、せめて反撃するそぶりぐらいするでアリンス……」
「ゴホッ……。いえ、そうはいきません」
私はメイド服についた埃をはたき、口から溢れた血をハンカチで拭いながら男達の質問に答えた。
「今の私は<清掃用務員>です。人々の生活を守ることが使命であり、人に危害を加えることは私にとっての禁忌です」
「……どゆこと?」
男は『訳が分からない』といった顔をしているが、これは私にとって越えられない一線だ。
かつての<アサシン>だった私なら、この三人を倒すことだってできただろう。
だが、今の私は<清掃用務員>。人々の生活を守る者。
人を傷つけてしまえばそれこそ、その誇りも清掃魂も失う。
そして何より、私はここで退くわけにはいかない。
魔法銃"ファルコン"が"汚れ"騒動に関わっている以上、どうしてもここで情報を得る必要がある。
「お願いです……。ケホッ。タワキスさんに会わせてください……」
「な、何なんだよこのメイドは……!?」
私はよろけながらもなんとか踏ん張り、頭を下げてお願いする。
正直、お辞儀をするだけで体が痛くなる。
それでも、私はここに用がある。
私がかつて使っていた、魔法銃"ファルコン"の行方。
そして何より、"汚れ"騒動との関係性を確認するまでは引き下がれない。
これは元<アサシン>としての贖罪と、現<清掃用務員>としての使命ゆえだ。
「メイドさん……とりあえず、ここは大人しく帰――ヤンスゥ!?」
「ん? どうしたで――ゴンスゥ!?」
「二人揃って何――アリンスゥ!?」
私が頭を下げたままにしていると、突然変な口調トリオが驚き始めた。
痛む体をなんとか持ち上げ、私も顔を上げてみる。
そして私の目の前に、目的の女性が立っていた――
「久しぶりや~ん、クーリアちゃん。ウチ、めっさ寂しかったんやで~」
「タワキスさん……」




