童話を読んでみます。
ちょっと童話を読んでみる編。
「あ~……。その本ですか~……」
「マリアック。この本は何でしょうか?」
私が拾った奇妙な本。
『笑った狐おの面』を被った少年が描かれたこの本について、持ち主であるマリアック自身に尋ねてみた。
マリアックはどこか複雑な表情をしながら、この本について語ってくれた。
「この本のタイトルは~……『フェイキッドの亡霊』。かつて、このウォッシュール王国の第二皇太子だった人――シケアル・スクリーム殿下の双子の弟の~、フェイキッド・スクリーム様を題材にした童話です~……」
「第二皇太子『だった』人……ですか?」
「フェイキッド様は~、幼い頃に~、亡くなられてるのです~……」
本の説明をしてくれるマリアックは、どこか悲しそうな表情をしている。
ウォッシュール王国元第二皇太子殿下、フェイキッド・スクリーム。
現皇太子、シケアル・スクリーム殿下の双子の弟。
幼い頃に亡くなられたそうですが、そのようなお方がどうして童話の題材に――
「すみません、マリアック。少々この本を読んでみてもよろしいでしょうか?」
「いいですよ~。私も一緒にもう一度~、読んでみますね~」
気になった私はマリアックの許可を得て、二人で一緒に『フェイキッドの亡霊』を読み始めた――
〇 〇 〇
――『フェイキッドの亡霊』――
昔、ウォッシュール王国には双子の皇太子がいました。
一人は兄のシケアル・スクリーム。
もう一人は弟のフェイキッド・スクリーム。
二人の兄弟は仲が良く、幼い頃から周囲に愛されて育っていました。
兄のシケアルは剣、魔法、学問に優れ、王国の次代の『政治』を担う存在でした。
弟のフェイキッドは芸術面で多彩であり、王国の次代の『文化』を担う存在でした。
双子の皇太子は、それぞれの力でそれぞれの未来を期待されていました。
――ですが、ある者がこんな噂を流し始めました。
『弟のフェイキッド様は芸術ばかりで、ウォッシュール王国の品性に悪い影響を与えている』
それは根も葉もない噂でした。
そのような事実はどこにもありませんでした。
その噂はただ、フェイキッドの才能を妬んだ者の『嘘』でした。
それでもそれが『嘘』と知ることができない民は、そんな噂を信じ初めてしまいました。
噂をどんどんと拡大し、王国中の民にとっては『真実』となってしまいました。
一人の何気ない『嘘』は、大きく広がり――
その『嘘』はいつしか、あるはずのない『真実』として存在し――
人々にとっての『真実』が、『嘘』を塗り替えてしまいました。
『フェイキッド・スクリームの芸術は、品性に悪影響を与える』
『フェイキッド・スクリームの存在は、王国にとって害である』
『嘘』から産まれた民にとっての『真実』は、さらに歪んで変化しました。
そんな歪んだ『真実』は、当事者であるフェイキッドの耳にも入りました。
まったく身に覚えのない『真実』の存在。
それが『嘘』だと主張しようとしても、フェイキッドの言葉に耳を貸す者はいませんでした。
――それほどまでに、『嘘』が人々にとっての『真実』として染みついていました。
フェイキッドは絶望しました。
まだ幼いフェイキッドには、心無いこの噂が耐えられませんでした。
そして、ある日。
フェイキッド・スクリームは王城の自室から飛び降り、その命を自ら絶ってしまいました。
その事実を知った兄のシケアル・スクリームは嘆きました。
そして亡き弟のためにも、弟の分も生きるように文武に励みました。
シケアルの望みは、『本当の真実』が語られる世界の創生。
『嘘』による犠牲なき、本当の意味での『真実』の存在が許されることを望みました。
――ただそれとは別に、フェイキッドの怨念は残りました。
『嘘』によって死に追いやられたその魂は、今尚亡霊としてこの世に留まり続けています。
自らが芸術の一つとして嗜んでいた演劇。
その際に使っていた『笑い狐の面』を被り、夜な夜な嘘つきを襲っています。
『嘘』をついていたら、"フェイキッドの亡霊"に襲われます。
『嘘』をつくと、フェイキッドと同じ結末が待っています。
――だから、『嘘』をついてはいけません。
〇 〇 〇
「――なんと。このような話が、このウォッシュール王国にありましたとは……」
「この物語は~、事実かどうかは私にも分かりません~。王族の方なら分かるでしょうが~、多少の脚色は入ってると思います~」
『フェイキッドの亡霊』を読み終えると、何とも言えない辛い気持ちになってきた。
本当に悲しい気持ち。例えようとしても例えられない。
マリアックはそんな私を見て、慰めるように説明を入れてくれる。
「この話は~、教訓とも言える童話なのですよ~。フェイキッド様が亡くなられたのは事実ですが~、この物語が伝えたいのは~、『嘘をつくのは悪いこと』ということです~……」
マリアックも普段の調子を取り繕おうとしているが、声色からは悲しさが感じられる。
確かに教訓にはなるかもしれない。
前世で私が読んだ、『オオカミ少年』の逆パターンとも言える。
しかし、フェイキッド・スクリーム様が亡くなられた事実を考えると、どうにも複雑だ。
「マリアックもこの本が『真実かどうか』までは、完全には知らないのですよね?」
「そうですね~。脚色はあるでしょうけどね~」
「それならば、私は『嘘をつく』のもいいと思います」
「……はい~?」
マリアックは不思議そうな顔で私の話を聞いているが、そもそもおかしな話が一つだけある。
「この童話は事実を元にしているとはいえ、"作り話"です。脚色という『嘘』が織り込まれています。"フェイキッドの亡霊"というものも実際に存在していれば、私の耳に入っていてもおかしくありません」
「そ、それはそうでね~……」
「ですが、こういう童話が教訓になるのであれば、私は『嘘をついてもいい』と考えます」
「……クーリアって~、お掃除のことしか頭にないかと思ってましたけど~、そうでもないみたいですね~」
マリアックは私の意見を聞きながら、どこかいつもとは違うニマニマとした笑顔で私を見てくる。
それはまるでいたずら好きな子供のような笑顔だ。
前世で幼稚園のお掃除をした時、私のスカートをめくって来た男児に近い。
「……心外ですね。私もお掃除以外のことだって考えます」
「本当ですか~?」
「……本当です」
そんなマリアックの態度に、私も少し腹が立ってしまう。
思わずムッとした顔で返事してしまう。
――ただ、心の底から『嫌だ』という風には思わない。
<清掃用務員>としてこのような不快な感情を表に出すなど、本来あってはならないこと。
それでも、私は不思議と今の行動を受け入れられた。
「いずれにせよ~、クーリアは嘘なんて~、つけなさそうですよね~」
「それを言うならば、マリアックとて同じことでしょう。フフッ」
マリアックの協力もあって、私は自然な会話ができている。
私自身の心だけでなく、表情も不思議と穏やかになっている気がする。
「あ~! クーリア~! 今の笑顔は~、実に女の子らしかったです~!」
「……え? 今、私は笑っていたのですか?」
「笑ってましたよ~。実にいい笑顔でした~」
マリアックに言われて気付いたが、私は確かに笑っていたようだ。
それも自然とした笑顔でだ。
<清掃用務員>としての業務的な笑顔ではない。
――これが友人関係というものか。
いつの間にか、私はマリアックとそういう関係を築けているのだろう。
「さてと~。もう遅い時間ですので~、ご飯を食べたら休みましょうか~」
「ええ、そうですね。私もお料理をお手伝いします」
そんな穏やかな時間をマリアックと過ごしながら、私は夕食をとって眠りについた。
夕食の準備もマリアックと一緒にし、寝る時も隣り合わせの布団。
――前世の二十八年と現世の二十五年を合わせても、初めてする経験だった。
――ただ、マリアックは夕食の準備中に三回、布団の準備中にも三回転んだ。
これはもう慣れた経験だ。




