友人関係というものを築いてみます。
驚異の難関、友人関係。
「えーっと……シスタ――いえ、違いました。マリアック。あそこの窓をお掃除すればよろしいでしょうか?」
「はい~。お願いしますね~。クーリア~」
私はシスター・マリアック――いえ、マリアックの提案通りに接してみることにした。
『お互いの名前を呼び捨てで呼び合う』こと。
実際にやってみると難しい。
もしかすると私の前世も含めて、呼び捨てで名前を呼び合うのなんて初めてかもしれない。
「え、えっと……マ、マリアック。窓のお掃除は終わりました。次はどこをお掃除しましょうか?」
「そうですね~。それでは~、お風呂もお願いしていいでしょうか~」
そして現在、私はマリアックと一緒に教会のお掃除をしている。
普段の清掃業務とは違い、かなりゆっくりとしたスピードでやっている。
<除菌疾走>はもちろん、<清掃能力強化>自体使っていない。
それらを使うことは、マリアックから禁止されている。
私はマリアックに合わせる形でお掃除をしている。
「それにしても……休暇の過ごし方のはずが、なぜ教会のお掃除になったのですか?」
「クーリアはお掃除が好きですから~、交友を深めるのに~、丁度いいと思いました~」
どうやら、マリアックの提案にも意図があったようだ。
確かにお掃除は<清掃用務員>たる私の嗜み。
だが、このままではどうにも効率が悪い。
「なぜ、<清掃能力強化>を使ってはいけないのでしょうか?」
「これは交友を深めるのが目的なので~、私とおしゃべりしながら~、クーリアのことをもっと知りたいのです~」
――流石はマリアック。目から鱗だ。
私はお掃除ことばかり考えてしまっていたが、今大切なのはマリアックとの交友だ。
そのためにマリアックは、私の最も得意とするお掃除というステージを用意してくださった。
事実、こうしてマリアックと気軽にお話をしながらお掃除するのは、どこか楽しい。
私の独りよがりかもしれないが、私自身は穏やかな心持ちだ。
少しずつだが、今の呼び方にも慣れてきた。
ここまで私のことを考えて動いてくださるとは――
恐るべし、マリアックの聖女魂。
慈愛の塊である。
「クーリア! まだいますですのー!?」
「あっ! シスター・マリアックもお疲れ様です!」
そんな私とマリアックがお掃除をする教会に、ココラルお嬢様とファブリ様がやって来た。
「お疲れ様です、ココラルお嬢様。授業はよろしいのでしょうか?」
「もう放課後でしてよ」
「ボク達、クーリアさんが気になって来ちゃいました」
お嬢様とファブリ様に言われて気付いたが、もうそんな時間なのか。
教会のお掃除はほとんど進んでいないが、マリアックとはだいぶ話をすることができた。
「……それにしても、どうしてシスター・マリアックの教会に来てまで、お掃除をしてますの?」
「心配しなくて大丈夫ですよ~。これは私とクーリアの交友のために~、やってることですから~」
「そういう事でございます、ココラルお嬢様。私はマリアックとお掃除を通して、交友を深めているのです」
私がお掃除している様子に少し難色を示すココラルお嬢様だったが、私とマリアックから事情を説明した。
これでお嬢様も納得してくださるだろう――
「……あら? クーリア。あなた、シスター・マリアックを呼び捨てで呼んでますのね?」
「そのことでございますか。マリアックよりの提案で、こうした方が親しみやすいとのことです」
「……あなたが誰かを呼び捨てで呼ぶなんて、初めて見たのですわ……」
――納得はしてくださった。
だがそれ以上に、ココラルお嬢様は驚いておられる。
やはり私が他者を呼び捨てで呼ぶことが、相当おかしなことのようだ。
「……申し訳ございません。やはり、呼び捨てはやめます」
「何故謝るですの!?」
「いえ、ココラルお嬢様におかしく思われたので……」
「おかしくなんてありませんことよ!」
思わず謝罪する私に、ココラルお嬢様は声を荒げながらも優しく反論してくださった。
「わたくしはクーリアとシスター・マリアックが仲良くなったようで、嬉しくて驚いたのですのよ!」
「ボクもなんだか温かい気持ちになりました。お二人とも、本当に仲が良さそうでしたよ」
お嬢様と一緒にファブリ様も、私とマリアックの関係を微笑ましく見てくださっている。
――なんだろうか、この気持ちは。
私にはまだまだマリアックとの関係に距離がある気がしている。
それでも、少しずつ――本当に少しずつだが、こうして呼び方を変えて話をすることで、少しずつ距離が縮まっている気はする。
それはまるで、私が少し前に憧れた光景――
旦那様である、アトカル・ファインズ公爵。
国王である、ジーキライ・スクリーム陛下。
鍛冶職人である、スミスピア・ガンランス様。
今は身分の差があるはずなのに、三人とも悪態をつき合えるほど仲の良い幼馴染――
私も今、マリアックとそういう関係に近づくことができているのだろうか――
「あ、あれ~!? クーリア~!? な、泣いてるのですか~!?」
「……え?」
マリアックにそう言われて、私は自分の目元に手を当ててみる。
そして手についた水滴を見て、私はその事実を改めて確認できた。
――私は今、泣いている。
「だ、大丈夫です、マリアック。別に悲しいわけではありません」
マリアックを心配させないように、私はすぐに涙を拭って表情を取り繕う。
このように無意識に涙を流してご友人を心配させるなど、<清掃用務員>として失格だ。
いついかなる時も、周囲を心配させるような真似はいただけない。
――それでも、今はクーリア・ジェニスターという一人の人間として、この事実を受け入れたい。
きっと私は心の中で、『マリアックと親しくなれたこと』が嬉しかったのだろう。
「……そうですわ! シスター・マリアック、今日はクーリアをこの教会で寝泊まりさせることはできますの?」
「それぐらいのことなら~、構いませんよ~。夜も私しか~、ここにはいませんから~」
そんな時、ココラルお嬢様が不思議なことをマリアックに提案された。
「ココラルお嬢様。流石に私も夜にはお屋敷に戻らないと、翌朝のお仕事などが――」
「その程度のこと、他の使用人でなんとかなりましてよ。クーリアは明日の朝まで、休暇とするのですわ。これは主であるわたくしの命令でしてよ」
私がお仕事のことを考えて意見しようとするも、それを押しのけてお嬢様はむしろ休暇を命じられてきた。
「クーリアさん。今はシスター・マリアックと一緒にいたいのですよね?」
「そう……ですね。一緒にいたい……みたいです」
「でしたら、ココラル様の好意に甘えましょう。ボクもその方がいいと思います」
さらにはファブリ様までお嬢様の提案に乗ってくる。
確かにファブリ様も言う通り、今はマリアックといる時間が心地よい。
――もう少しだけ、この時間を楽しみたい。
「あ、あの、マリアックも本当によろしいのでしょうか?」
「いいですよ~。私ももっと~、クーリアと一緒にいたいですので~」
恐る恐る尋ねる私の言葉にも、マリアックは笑顔で答えて下さる。
――とても嬉しい。
「それではクーリア。わたくしはファブリさんと一緒に下校しますわ」
「ボクもココラル様と一緒に下校してみたかったです。ボクもボクで嬉しいですね」
「お気遣い、本当に心より感謝いたします。ココラルお嬢様、ファブリ様」
仲良く教会を出ていかれるお二方の背中を見ながら、私は最大の感謝を込めて頭を下げる。
ココラルお嬢様とファブリ様――
あのお二方も本当に仲良くなったものだ。
見ていて微笑ましくなってくる。
――私もいつか、あのお二方のような友人関係を築けるだろうか?
「それでは~、クーリア~。お風呂の用意をしますね~」
「すみません、ありがとうございます。マリアック」
ただ、これはきっと深く考えて進めることではないのだろう。
マリアックも最初、私に『深く考えすぎ』とおっしゃってくださった。
だから私もそのお言葉を信じよう。
それがきっと、友人関係というものなのだ。
コテンッ!
「あ~! また転びました~!」
――ただ、改めて思うことがある。
マリアックは普段から転んでばかりだが、教会で一人で寝泊まりする時は大丈夫なのだろうか?




