休暇というものを過ごしてみます。
最強の敵、休暇。
「シスター・マリアック。いらっしゃりますか?」
「あらあら~。クーリアさんじゃないですか~」
ココラルお嬢様とファブリ様のもとを離れた後、私はシスター・マリアックの教会にやって来た。
『休暇はご友人と過ごすもの』――
お嬢様のその教えを信じ、こうしてやって来たのはいいのだが――
「あの……シスター・マリアック。なぜ、教会の出入り口で転んでいるのでしょうか?」
「すみません~。お仕事をしていたら~、足を滑らせちゃいました~」
――私の眼に最初に入ってきたのは、またしても前のめりに転んでいるシスター・マリアック。
見慣れた光景とはいえ、流石に心配になってくる。
私は彼女に手を貸しながら、立ち上がるのを手伝った。
「ありがとうございます~。ところで~、今日は何の御用ですか~? また懺悔でしょうか~?」
「いえ、今日はそう言った理由ではありません」
立ち上がって服の埃をはたくシスター・マリアック。
そんな彼女はいつものほがらかな笑顔のまま、私に尋ねられてきた。
私も彼女に聞かれたことには答えないといけないが、ここは慎重に順を追って説明しないといけない。
それも簡潔で分かりやすい内容でだ。
大丈夫。私の<清掃用務員>スキルは上がっている。
"報連相"スキルだって上がっているはずだ。
「シスター・マリアック。まずは確認させていただきます。以前あなた様もおっしゃられていましたが、私とあなた様は『お友達』でよろしいでしょうか?」
「……は、はい~? そ、それはその通りですよ~? い、今更聞くことでしょうか~?」
――よし。最初に必要な確認は取れた。
もしこれで『お友達ではない』とでも言われたら、恥ずかしいことこの上ない。
――それ以上に、シスター・マリアックにそんなことを言われたらと考えただけで、胸が締め付けられてくる。
ハッキリ言って、ショックに耐えられる自信がない。
「お答えいただき、ありがとうございます。実は私、少しの間休暇を頂きました」
「それはよかったでね~。クーリアさんは働きすぎなので~、お休みが必要だと思ってました~」
シスター・マリアックとの友人関係の確認が取れた私は、次の話題へと進む。
この順序で話せば、私の意志をしっかり伝えられるはずだ。
「ですので、ご友人であるシスター・マリアックと、是非とも共に時間を過ごしたいのです」
「……は、はい~?」
私はその意志をしっかりとシスター・マリアックに話した。
――だが、彼女の反応はよろしくない。
どこか私のことを、不思議な生き物でも見るかのような目で見つめてくる。
「そ、そうですね~。私もまだ~、お仕事が残っていますが~……」
――迂闊。そのお言葉で、私はようやく己の愚かさに気付く。
いくら私が休暇を頂いたといっても、シスター・マリアックも休みだとは限らない。
『休暇の過ごし方』という今までにない危機に直面し、私はことを急ぎすぎてしまった。
こういう時だって、"静"の清掃魂を維持しなければ――
「でも~、今日は切り上げて~、クーリアさんと一緒に~、のんびりしましょうか~」
「よ、よろしいのですか……!?」
だが私のそんな無礼な要望にも、シスター・マリアックは応じて下さった。
私のことを手で誘いながら、奥にある自室へと案内してくださる。
「私の要望を聞いてくださるのはありがたいのですが、シスター・マリアックのお仕事は本当によろしいのですか?」
「残っている仕事は~、明日以降でもできますし~、私もクーリアさんと~、詳しくお話ししたいですしね~」
私を案内しながら、シスター・マリアックはいつもの笑顔で私の質問に答えて下さった。
素晴らしい。このお方はお仕事のバランスもとっておられる。
それらを計算して、私のために時間を割いてくださっている。
これは参考になる。
普段のおっとりとしてなごやかな空気の裏に、こんな努力があったのか。
私も"静"の清掃魂をもとに、お仕事のバランスのとり方を考えてみよう。
■
「ささ~、どうぞどうぞ~。おかけになってくださいな~」
「それでは、失礼いたします」
シスター・マリアックの私室に案内され、私は彼女と一つの机に向かい合う形でイスに座る。
「そういえばこの部屋、以前は私も少しだけお邪魔しましたね」
「そうですね~。あの時は私が着替え中だったり~、クーリアさんがいきなり倒れられたりで~、大変でした~」
思い返せば、あの時は本当に失礼なことをしたものだ。
"汚れ"の危機で気が動転していたとはいえ、女性の着替え中に無理やり押し込むなど、同じ女性であってもわきまえるべき行為。
そんな私の過去の無礼にも、シスター・マリアックは笑顔で流してくださる。
それはありがたいことなのだが、ここはやはり改めて謝罪が必要だろう。
もはや当然の如き、<清掃用務員>としての嗜みだ。
「シスター・マリアック。あの時は勝手に部屋に押し入って着替えを覗き、申し訳ございませんでした。あなた様のお胸が全くなくて平らであることも、私の胸の内にしまっておきます」
「あ、あの~……。『私の胸が平ら』なことを言うのは~、余計かなと思います~……」
改めて謝罪はできたのだが、どうやら一言多かったようだ。
あの時、私はシスター・マリアックの下着姿を見たのだが、ハッキリ言って胸が全くなかった。
正直、ブラジャーをつける必要性があるのかも怪しい。
どうにもこの話は禁句のようだ。
彼女もコンプレックスがあるのだろう。
「申し訳ございません。私、どうにも人との付き合い方が苦手なようでして……」
「そうですよね~……。よく分かります~……」
私はシスター・マリアックと楽しくお話ししたかったのだが、むしろ彼女を困らせてしまっている。
彼女の眉が少し歪に動いている。
これはいけない。ここは話題を変えて、彼女のことを褒める方向性で行こう。
そういえば、以前用水路でお会いした時、彼女のスカートを私が動いた風圧でめくってしまったことも謝罪していなかった――
「シスター・マリアック。以前はあなた様のスカートをめくってしまい、申し訳ございませんでした」
「いえいえ~。あれは別に構いませんよ~。事故みたいなものですから~」
「それにしても、あなた様の白色のパンツは清潔感があり、非常にマッチしていました」
「……そういう一言が~、余計ですね~……」
――どうやら、また失敗してしまったようだ。
謝罪も含めて下着のことで褒めたつもりだったのだが、これもダメなようだ。
――前世からの最大の課題なのだが、やはり厳しいものがある。
言葉選びが難しい。深いコミュニケーションがうまくいかない。
「はぁ……。重ね重ね申し訳ございません。私ももっとご友人らしい会話をしたいのですが、そもそも『ご友人らしさ』というものがわかりません……」
己の技量不足に対して、憂鬱になってくる。
<清掃用務員>として、その場その場のコミュニケーション術は身に着けていたつもりだが、友人関係となるとこうも話が違ってくるのか。
――計算しろ、クーリア・ジェニスター。
もっとよく考えて、最適なコミュニケーションを――
「クーリアさんは~、もしかすると~、考えすぎかもしれませんね~」
「え……? 考えすぎ……なのでしょうか?」
顎に手を当てて考え込んでいた私に、シスター・マリアックが助言してくださった。
「お友達同士というものは~、もっと気楽でいいんですよ~」
「気楽に……。ですが、私にはそれもよく分かりません」
助言はくださるのだが、私はその内容をしっかり理解することさえできない。
――私はこれまでコミュニケーションに関して、本当にうわべの技術しかなかったようだ。
「そうですね~……。それでは~、こういうのはどうでしょうか~?」
そんな未熟な私にも、シスター・マリアックは親身になって更なる助言をくださる――
「これから私とクーリアさんは~、名前を呼び捨てで呼び合いましょう~。私はあなたを~、『クーリア』と呼びます~。あなたは私を~、『マリアック』と呼んでくださいね~」




