休暇を頂きました。
※社畜注意。
「さてと……。スミスピアへの依頼は終わったが、これからどうするか」
「では、旦那様。陛下に頼んで、先に蔵書室を見せてもらうことはできないでしょうか?」
スミスピア様のもとを後にした私は、旦那様と今後の予定について話していた。
そこで私が提案するは、蔵書室の件だ。
クッコルセ団長が"汚れ"に囚われてしまった以上、事態の緊急性は高まっている。
ここは一つ順番を変えて、先に蔵書室を見せてもらうことを提案してみた。
「……いや、ダメだ」
「え……? では、私はお屋敷のお掃除に戻ります。私もメイドを束ねる立場ですし――」
「それもダメだ」
だが、旦那様は私の提案を跳ねのけてきた。
蔵書室の件どころか、私が新たに提案したお屋敷のお掃除までダメだと申された。
――辛い。私のやることは多いのに。
それができないのは辛い。
私は旦那様に対して、愚かにも不満を抱いてしまった。
旦那様には、私が必要ないのだろうか――
「……クーリア。わしは別に、お前の気持ちを無碍にしているわけではない。むしろ、今はお前をとにかく頼りにしている」
「で、でしたら! どうかこのクーリア・ジェニスターに、何かしらの役目を――」
「それがお前の悪い癖だ。お前は働きすぎなんだ」
――そのお言葉で、私は己の愚かさに気付かされた。
旦那様は決して私をないがしろにはしていない。
それどころか、私の身を案じて下さっている。
「ココラルからも聞いたのだが、聖ノミトール学園でも無茶をして倒れたそうじゃないか。今のお前に必要なのは休息だ。クッコルセ団長も今のところ動きはない。来るべき時のために、今はとにかく休め」
「旦那様……! あ、ありがとうございます!」
やはり、旦那様は私が仕えるべきお方だ。
先のことを考え、私のことまで考えて下さる。
実にお優しい。
あの日ココラルお嬢様と一緒にいた旦那様に拾われてよかったと、改めて心の底から思える。
「……かしこまりました。それではこのクーリア・ジェニスター、しばしの休暇を頂きます」
「うむ。屋敷の方は安心しろ。わしの方から話を通して、お前がいなくても穴を埋められるように手配しておく。そのためにもわしは先に屋敷へ戻るが、お前は少し散策でもしていろ。ハハハッ!」
そう言って旦那様はその場に私を残し、颯爽と立ち去られた。
「旦那様、ありがとうございます……」
私はそんな旦那様の背中に向かって一人お辞儀をし、感謝を表した。
――今の私は本当に恵まれている。
そんな方々がいるからこそ、私の清掃魂も燃え滾るというものだ。
「では、早速休暇でも――」
そう思って私は足を進めようとしたが、ここで重大な問題が発生した――
――休暇の過ごし方が分からない。
「思えば、前世からほとんど休みなんてありませんでしたね。休みの日にしていたメイドコスプレも、今は実質常時やっています。現世でもずっと、ココラルお嬢様に仕えていましたし……」
何という計算外。これはいけない。
旦那様からは休むように言われたのに、これでは旦那様の意志に反してしまう。
「……とりあえず、ココラルお嬢様のもとにでも行きましょうか」
仕方がないので、私は聖ノミトール学園へと足を向ける。
元より私の主はココラルお嬢様だ。
従者として、主の傍にいることは何もおかしくない。
たとえ休暇中であってもおかしくない……はず。
「……あっ。そうでした。ココラルお嬢様に相談すればいいのでした」
私としたことが、実に盲点であった。
『分からないことは上司に相談する』――<清掃用務員>の嗜みだ。
そんな簡単なことさえ頭から抜け落ちているとは、やはり私も疲れが溜まっているようだ。
早急に学園へ向かい、ココラルお嬢様に相談しよう。
■
「――着きましたね。こんなところでも<アサシン>のスキルが活きるとは、世の中分からないものです」
私は<アサシン>の身体能力強化を使い、想像以上の速さで聖ノミトール学園までたどり着くことができた。
<清掃能力強化>及び、<除菌疾走>はあくまで清掃力を高めるもの。
純粋な身体能力を上げるだけなら、<アサシン>のスキルだけで十分だ。
それにしても、<アサシン>の身体能力強化もいつの間にかパワーアップしている。
<アサシン>のスキルが<清掃用務員>のスキルを高めたように、その逆も然りということか。
少々疲れたが、頑張った甲斐もあって時間に余裕もできた。
「さてと。ココラルお嬢様はどこでしょうか?」
私は早速学園の校門で、<アサシン>と<メイド>のスキルと併用してお嬢様の場所を探してみる。
はっきりとは分からないが、何やらこちらに近づいてきているような――
「クーリア!? やっぱり、クーリアですの!」
「ク、クーリアさん! その登場の仕方はマズイですよ!」
どうやらココラルお嬢様の方が私に気付いて、近づいて来てくださったようだ。
そのお隣にはファブリ様もおられる。
どうやら、仲直りの後もうまくいっているようだ。安心。
――それにしても、どうしてお二方はあんなに大急ぎで走られているのだろうか?
「とにかく、こっちに来るのですわ!」
「どうかされましたか? 何か私のお力が必要で――」
「今は大人しくボク達についてきてください!」
私の質問は遮られ、ココラルお嬢様とファブリ様に手を引かれながら人の少ない場所へと案内されてしまう。
それにしても、お二方とも必死だ。
何か重大な問題があったとしか思えない。
「クーリア! 街中を音を置き去りにしながら走って学園まで来るなんて、何を考えてるのですわ!?」
「……?」
「いや!? そんな『何を言ってるのか分かりません』みたいな顔をされても、困るのはボク達なんですよ!? 他の生徒の視線が凄かったんですよ!?」
――成程。そういうことか。
詳細までは理解できないが、どうやら私は何かしらの理由で目立ってしまったようだ。
――だが、目立つことで何か不備があるのだろうか?
「担任の先生や学園長に見つかったら面倒ですの! とにかく隠れますの!」
「面倒……とは、どういうことでしょうか?」
「気にしなくていいですから! とにかく隠れましょう!」
――やはり分からない。
だが、私はココラルお嬢様の従者だ。
ここは素直に主の命令に従おう。
それにしても、私は休暇の過ごし方を聞きに来たのだが、これではいつもとあまり変わらない。
休暇の過ごし方というのも、なかなか難しいものだ。
■
「フゥー……。ここまで来れば、一安心ですの……」
「そうですね……。先生や学園長がクーリアさんに気付くと、色々面倒になりそうですから……」
私はココラルお嬢様とファブリ様によって、学園内の隅にある茂みに隠れるように連れてこられた。
なぜこうまでして、隠れるような真似をする必要があるのだろうか?
関係している人物も含めて、流石に気になる。
「すみません、ココラルお嬢様。先程から気になっているのですが、なぜ私が勇者科の担任の先生や学園長に見つかるとマズいのでしょうか?」
「……あなた以前、先生や学園長をお掃除しましたわよね?」
「はい。お掃除しました」
「……あれ以来、あの二人はクーリアのファンになってしまったようなのですわ……」
――『私のファン』?
担任の先生と学園長がでしょうか?
――ココラルお嬢様のおっしゃる意味が分からない。
「先生も学園長も、クーリアさんを探してココラル様に詰め寄ったりして、大変だったんですよぉ……」
「……?」
「いえ、ですから、『何故でしょうか』といった顔で悩まないでくださいよぉ……」
ファブリ様もどこか困惑されている。それも私のことでだ。
確かに私はあのお二方をお掃除したが、あれは<清掃用務員>として当然の行いをしたまでだ。
そんなことでファンになられるとは、到底思えない。
「……とりあえず、そのことについては今はいいです。実は私、ココラルお嬢様に相談があってここまで来ました」
「わたくしに相談ですの? 何でもするといいのですわ! わたくしはクーリアの主ですので!」
そう言ってココラルお嬢様は自信の胸に拳を当てて、胸を張られた。
流石はお嬢様だ。実に頼りになる。
こういう広いお心を持ったお方だからこそ、私も相談がしやすい。
私は意を決して、お嬢様にその内容を話した。
「休暇中は何をすればよいのでしょうか?」
「……クーリア。あなた、疲れてるのですわ……」
「ええ、疲れているようです。旦那様にも言われました。それで休暇をいただいたのです」
「……いえ、疲れているのは分かりますが、何か違う気がします……」
私の相談内容を聞くと、ココラルお嬢様もファブリ様も、どこか悲しそうな顔で私の顔を見られた。
これはどういうことだろうか?
――いや、もしかする『休暇の過ごし方』というのは当たり前すぎる話なのかもしれない。
これはきっと、この世界の常識なのだ。
――それでも、私には分からない。
だから恥を忍んで聞くしかない。
私は<清掃用務員>。
どんなことでも、分からないまま終わらせたりはしない。
「お願いします、ココラルお嬢様。私にはどうしても分からないのです。休暇の過ごし方というものが」
「わ、分かったのですわ! 分かったので、そう何度も口にしないでほしいのですわ!」
「ココラル様……。クーリアさんって、いつもこんなに苦しい目にあってるのですか……?」
「そ、そんなことないのですわ! クーリアはとにかく、度が過ぎた不器用なのですわ!」
私の熱意が通じたのか、ココラルお嬢様も理解してくださったようだ。
その際にファブリ様にお嬢様が冷たい目で見られたり、私を不器用扱いされたが、これは心外。
お嬢様が素晴らしい方だからこそ、私は毎日進んでお世話をしているのだ。
<アサシン>と<メイド>と<清掃用務員>スキルのおかげで、手先だって器用だ。
「と、とにかくですの! 休暇というものは、お友達と一緒に過ごすものですの!」
「ご友人と一緒に過ごす……ですか?」
「そうですの! わたくしも今度、ファブリさんと一緒にお買い物をする予定ですの!」
「えへへ~。ココラル様とお買い物だなんて、なんだか緊張しちゃいます」
ココラルお嬢様曰く、ご友人と一緒に過ごすことが休暇の過ごし方のようだ。
それにしても、お嬢様は随分と早くファブリ様と仲良くなったものだ。
これも流石と言わざるを得ない。
"汚れ"が落ちたお嬢様は、これほどまでに社交的な方なのだ。
「それにしても、ご友人ですか……。私にそのような人は――あっ」
アドバイスを頂いて次の問題点である『私には友人がいない』という点にぶつかったが、ここで少し思い当たる節が出てきた。
もしかしたら、"あのお方"なら私と一緒に休暇を過ごしてくださるかもしれない。
「ココラルお嬢様、ファブリ様。ご助言、感謝いたします。私は早速、"ご友人かもしれない"人のところへ行ってきます」
「そうするといいのですわ。クーリアもたまには羽を伸ばすべきですの。……それで、そのお友達とはどなたなのですわ?」
お二方のもとを離れようとする私に、ココラルお嬢様が最後に尋ねられてきた。
もしかしたら、これは私の独りよがりかもしれない。
それでも私は、"あのお方"とならよい休暇を過ごせるような気がした。
私はそのお方のお名前を、ココラルお嬢様達にお伝えした。
「シスター・マリアックです。学園内の教会に行ってきます」




