改めて鍛冶屋さんにお願いします。
「あ、ああ……。確かによく分かった。なんだか、思っていたのと全く違うがなぁ……」
スミスピア様は困惑した表情をしながらも、私の<清掃用務員>としての力を認めて下さったようだ。
戦いでは無力な私だが、お掃除ならば負ける気はない。
これぞ<清掃用務員>の魂の在り方――清掃魂だ。
「スミスピア様。あなた様はこれまで、頭皮と頭髪が絶望的に汚かったのです。奥さんが逃げられた原因も、その汚さで頭から漂う臭いにあったのではないでしょうか?」
「た、確かにカミさんは家を出るときに、『あんた臭すぎるのよ!』とか言ってたなぁ……」
思った通り。スミスピア様の奥さんが逃げ出したのも、やはり頭の臭いが原因だったか。
おそらくご本人は気付かれていなかったのだろう。
だが、こういう体臭に関しては他人の方が敏感だ。
本当はお風呂にも入って全身を洗ってほしいが、とにかく頭の臭いはひどかった。
ひとまずはこれでオッケーとしよう。
「一時はどうなるかと思ったが、とりあえずお前も満足したんだな。スミスピア」
「アトカル……。お前さんのところのメイドさんは、一体何者なんだぁ?」
「……時間がある時に説明する」
横で私がスミスピア様の頭をお掃除していた光景を見ていた旦那様も、全てが終わったことを確認して近寄ってこられた。
スミスピア様とお話をされているようだが、余計な口を挟むのは野暮というものだろう。
このお二方は幼馴染。
<清掃用務員>たる者、空気のように清楚にたたずまうべきだ。
「クーリアの姉ちゃん。急にオレの流儀を押し付けて悪かったな。お前さんのことはよく分かった。オレも<鍛冶屋>として、お前さんの清掃道具とやらを作ってやるよぉ」
そして旦那様とのお話を終えたスミスピア様は、私にしっかりとした表情でお声をかけて下さった。
ともかく、これでよかった。
後は私の新しいモップを作って――
「あっ。すみません。やはりちょっと待ってください」
「……ん?」
モップを作ってもらう前に、私にはどうしてもやりたいことがある。
少しお時間を頂いた私は、<収納下衣>の中から予備の清掃三種の神器を取り出す。
「この家屋もお掃除させていただきます。このように汚れたままでは、まだまだ不衛生です。ゆっくりお話もできません」
「わ、分かった。オレの方からも頼むぜぇ……」
「どうしても掃除したかったんだな……クーリア」
スミスピア様と旦那様はどこか呆気にとられた顔で私を見ているが、幸い止めようとはしなかった。
申し訳ございません。
こればっかりは<清掃用務員>として、気になって仕方ないのです。
■
「い、一瞬でメチャクチャ我が家が綺麗になったぁ……!」
「クーリア……。また腕が上がってないか?」
「感動とお褒めの言葉、感謝の限りです」
私のお掃除は滞りなく終わった。
油汚れから道具の片づけまで、全てが完璧だ。
今の私にとっては、いくら壮絶に汚いこの家屋であっても、五分で清掃業務完了できる。
慢心するわけではないが、私は確実に成長している。
「これだけ綺麗になったら、確かに話もしやすいなぁ。よし、それじゃぁ気を取り直して、本題に入るかぁ」
私達三人は一つのテーブルを囲んでイスに腰掛け、本題に戻った。
クッコルセ団長に立ち向かい、お掃除することができる私の『新しいモップ』――
ようやくそれを作ってもらえる。
「クーリアの姉ちゃん。まずはこの魔法石に、お前さんの"魂"を込めてくれぇ」
そう言ってスミスピア様がまず差し出したのは、無色透明の真ん丸な魔法石だった。
「これは何でしょうか?」
「オレが<鍛冶屋>として腕を振るうために、必要な素材だなぁ。そこに込めたお前さんの"魂"を元に、オレが新しい装備を作るんだぁ」
詳しいことは分からないが、これは私の"魂"がそのまま装備に宿るという解釈でいいのだろう。
流石は"超一流"の<鍛冶屋>だ。手順からしてこだわりを感じられる。
「しかし、どうやって"魂"を込めればいいのでしょうか?」
「簡単なことさぁ。さっきお前さんがオレの頭を洗った時の感覚――あの感覚を思い出しながら、その魔法石を握りしめればいいんだぁ」
成程。それならなんとかなりそうだ。
ここは魔法のある世界。私の前世の世界とは違う。
これもまた、この世界の原理なのだろう。
「それでは、失礼します」
私は渡された魔法石を手に取り、両手で包み込む。
そして目を閉じて意識を集中させる。
ここに込めるのは私の"魂"。
先程スミスピア様の頭をお掃除した時のように、<清掃用務員>としての感覚。
――この魔法石に宿すべきは、私の清掃魂。
キィィィイイ
そうしていると、握った魔法石に反応があるのが私にも分かる。
その感覚が少しずつ収まり、完全に収まったところで私は目を開ける。
「……これでよろしかったでしょうか?」
「あぁ。確かに魔法石に、お前さんの"魂"は宿ったみてぇだなぁ。どれ、オレに渡してくれぇ」
なんとか上手くいったようだ。
私は言われた通り、スミスピア様に持っていた魔法石を手渡した。
「……あ、あれぇ? 魔法石の色が変わってねぇなぁ?」
「本当だな……。無色透明のままだ……」
ただ私が渡した魔法石を見て、スミスピア様どころか旦那様も不思議な表情をされている。
魔法石は最初と同じ無色透明で真ん丸のままだが――
「何か問題でもあるのでしょうか?」
「いやぁ……問題というかだなぁ……。確かに"魂"は宿ったみてぇなんだが、オレもこんな結果は初めてでなぁ……」
「本来この魔法石は、"魂"を宿した者の"色"に変化する特性があるのだ。わしも無色透明のままなんて結果は初めて見た……」
どうやら、魔法石の色に変化がなかったことが不思議なようだ。
だが、スミスピア様や旦那様にも分からないとなると、私にはもっと分からない。
私は魔法に詳しくないのだ。
「まぁ……この無色透明こそが、お前さんの"色"ってことだろうな。悪くはねぇかぁ。何年か前にやった、"漆黒"の魔法石を元に鍛冶をするより、よっぽどやりがいがありそうだぁ」
「なんだ? "漆黒"なんて"色"の持ち主がいたのか?」
「あぁ。流石にオレも怖くなったが、仕事は仕事だ。実際に"魂"の質自体はすさまじかったから、注文通りの剣を仕立てはしたが……アレはなんだか、気分が悪かったなぁ……」
スミスピア様と旦那様を軽い調子で、魔法石についての話をしている。
私にはよく分からないが、魔法石に宿った"色"にも意味があるということだろう。
とりあえず、私の"色"が無色透明ということなのは分かった。
「さぁて、それじゃぁオレも早速、<鍛冶屋>としての仕事にかかるかぁ」
「よろしくお願いしますが、私は『人を傷つける武器』が欲しいのではありません。『お掃除するモップ』が欲しいのです」
「んなこたぁ、もう十分分かってるさぁ。それにお前さんが"魂"を宿した魔法石があれば、オレはお前さんが望む装備を作ることができる」
流石は陛下も認められた<鍛冶屋>だ。
スミスピア様は私から受け取った魔法石を右手で握りしめて、目を閉じ集中される。
私の"魂"を元にすることで、私が望む装備が作られるのか――
「うぐぅおぉぉおお!? な、なんだこれぇぇええ!?」
「ど、どうしたんだ!? スミスピア!?」
「……声が大きいです」
――その時突如、スミスピア様が絶叫された。
あまりの声の大きさに驚いて、心配される旦那様。
とりあえず、両手で耳を塞ぐ私。
まるで発狂でもしたかのように絶叫しているが――
「こんな強烈な"魂"ぃ! 初めて感じたぜぇえ!! ウオォオオ!! 創作意欲が湧いてきたぁああ!!」
そんな発狂とも言える絶叫をしながら、スミスピア様が作業台に向かわれる。
カンカン! ダンダン!
キンキン! ギュンギュン!
「ウオォオオオ!! これはオレの最高傑作になるぞぉおお!!」
そしてそのまま猛スピードで鍛冶を始めるスミスピア様。
――とりあえず、大丈夫だろうか?
今度は先程とは違う形で不安になってきた。
「あの……旦那様。これは一体……?」
「あ、ああ……。おそらくだが、クーリアから受け取った魔法石に込められた"魂"が凄まじすぎて、スミスピアの<鍛冶屋>としての本能を最大まで刺激したのだろう」
不安になって旦那様にも確認してみたが、どうやら私の"魂"――つまり、清掃魂の刺激が強すぎたようだ。
確かにこの世界にはない力であり、前世で"超一流"とまで言われた<清掃用務員>だった私の清掃魂だ。
この世界の人間には、硫酸のように刺激が強すぎたのだろう。
「……大丈夫でしょうか?」
「と、とりあえずは大丈夫……だと思う。スミスピアがここまで燃えるのは初めて見るが、こいつは一度鍛冶を始めると、大体こんな感じだ」
再度旦那様にも確認してみたが、とりあえず今はスミスピア様に託すしかなさそうだ。
「待ってろよぉお! クーリアの姉ちゃん! 明日になればこのオレが、『最高の清掃道具』を作ってやるからよぉお!!」
――そもそも、絶叫しながら鍛冶を続けるスミスピア様の止め方が分からない。
だが、スミスピア様のお気持ちも少しわかる。
強大な力と可能性を見出して、滾って仕方ない<鍛冶屋>の本能。
私が前世の記憶を取り戻した時に見出した、<清掃用務員>の本能に近いものを感じる。
スミスピア様もまた私と同じ、自らの職務に"超一流"の誇りをお持ちだ。
ここは私も信じるしかないだろう。
「……まあ、スミスピアが話に乗ってくれてよかった。この調子だと、こいつは本当に完成するまで鍛冶をやめなさそうだ。今はわしらも離れておくとするか」
「かしこまりました、旦那様」
旦那様もそうおっしゃるので、私も今は大人しくスミスピア様のもとを離れることにした。
後は私の『新たな相棒』の完成をただ祈るばかりだ。
「ウオォオオオ!! 煮えたぎるぅううう!!」
――どうかせめて、清掃道具が完成することを切に願う。
清掃魂、劇薬指定じゃねーか。




