清掃対象:スミスピア・ガンランス
清掃用務員 VS 鍛冶屋
「さぁ構えなぁ、メイドの姉ちゃん。オレが直々に、その実力を試してやるよぉ」
スミスピア様に連れられ、私は家屋の外へと出てきた。
そして現在、私は槍を構えたスミスピア様と向かい合っている。
「お、おい……スミスピア。クーリアは戦うようなことはしないんだ。お前の流儀は勘弁してやってくれないか?」
「黙ってろよぉ、アトカル。オレぁ、どうせ装備を作るなら、どんな相手であってもそいつの力ってやつを、戦って知っておきたいんだぁ……!」
「だ、だからそれが無茶なんだって……」
旦那様は離れたところでオドオドされながら、スミスピア様に意見を申されている。
だが、スミスピア様はやめるつもりはないようだ。
――私は確かに元<アサシン>だが、十年前に現役をやめている。
今の私は第一に<清掃用務員>、第二に<メイド>。
単純な戦いの腕前だけ見れば、大きく弱体化している。
――ハッキリ言って、勝ち目がない。
「緊張する必要はねぇさぁ。勝ち負けを競うんじゃねぇ。オレはただお前さんが『どんな人間』かを、戦って確かめてぇのさぁ……!」
私の困惑を感じ取ったのか、スミスピア様がその胸の内を語られた。
――成程。勝ち負けが重要ではないのか。
スミスピア様の望みは『私の人間性を知る』こと。
それならば、無理に勝つ必要はない。
――いや、『戦う必要』すらない。
「かしこまりました。それでは私の作法、どうかご覧ください」
頭の中の考えがまとまり、クリーンになった私は両手をお腹のあたりで揃える。
そして目を閉じながら、スミスピア様に対して深くお辞儀――
<メイド>としての基本動作。
今の私にとって、最もふさわしい作法だ。
「……いや、武器は手にしないのかぁ?」
「……?」
「いやいや……。そんな『言葉の意味が分かりません』みたいな顔をされてもだなぁ……」
スミスピア様にも言われたが、私にはやはり言われた意味が分からない。
私は言われた通りに『私の人間性』を見せようとしただけだ。
――言われた通りにしたのに、意見が食い違っている。
ここはもう一度確認を取ろう。
「スミスピア様。私はどうすればよろしいのでしょうか?」
「いや、オレと戦えばいいんだからなぁ? むしろこの状況で、どうして素手のまま挨拶して終わりになるんだぁ?」
――成程。『戦うこと』は前提条件として存在するということか。
だが、今の私は<清掃用務員>。及び<メイド>。
戦う術など持ち合わせていない。
それでも戦わないといけないのならば、一体どうすればよいものか――
「……あっ。すみません。少しお時間を頂きます。……<用務眼>」
「な、なんだぁ……?」
ここに来た時から、私はこの家屋とその周辺のあまりの汚さにムズムズしていた。
今までと同じ"汚れ"とは違うが、それでも何かそれに近いものをスミスピア様からも感じる。
私は<用務眼>を発動させ、スミスピア様をよく観察する――
「……やはり、汚いですね」
「……あのさぁ。これから戦う相手に向かって、罵倒にしてもひどくないかぁ?」
私の予想通り、スミスピア様は"ある場所"が特に汚れている。
肝心のスミスピア様はどこか唖然として気付かれていないようだが、これは重大案件だ。
もしかすると、『奥さんに逃げられた原因』にもこれが含まれているのかもしれない。
「お待たせしました。とりあえず、今は私もこのままで構いません。早速始めましょう」
「……本当に分からん奴だなぁ。まあいい。だが、素手でオレに勝てると思ってるのかぁ?」
私の準備完了の声を聞くと、スミスピア様は持っている槍を激しく、しかして鮮やかに振り回す。
それによって巻き起こる砂塵。離れていても感じられる、ひと振りごとの鋭い風。
――今の動きだけでも、スミスピア様が『本物の実力者』であることが伺える。
「なぁ、姉ちゃん。『剣術三倍段』って言葉は知ってるかぁ?」
「『剣術三倍段』ですか? 確か、『剣で槍を持った相手を倒すには、三倍の技量を必要とする』という話ですよね?」
スミスピア様の質問については私も知っている。
これでも<アサシン>として"一流"だった身だ。
武器格闘全般には覚えがある。
「そうだぁ。剣でさえ、リーチで勝る槍を持った相手を倒すのに三倍の技量を必要とする。だからよぉ――」
私の答えを聞いたスミスピア様は、語り掛けながら地面を踏みしめてくる――
――ダンッ!
「素手でこのオレにぃ! 勝てるわけねぇだろぉがぁ!!」
そして槍を右手で体に沿わせながら、私に突進してきた。
速い。さっきまで酔っぱらってたとは思えない身のこなしだ。
ヒュンッ!
「ほぉう、避けたか。だが……甘ぇなぁあ!!」
「――ッ!?」
その突進から放たれた横なぎをしゃがんで躱すが、スミスピア様はすぐさま槍の軌道を変えて私へ追撃してくる――
――クルンッ
「チィ!? 思ったより身軽みてぇだなぁ……!」
「お褒めにあずかり、光栄です」
――それを何とかバク転で躱して距離を置く。
――想像通り、スミスピア様は強い。
一瞬のやり取りだったが、槍の扱いに関してもスミスピア様は"超一流"だ。
私に<アサシン>としての回避スキルがなければ、今の一瞬でやられていただろう。
「避けるばかりでよぉ! 素手のままでよぉ! 槍を持ったオレに勝てるのかぁあ!?」
私に休む暇も与えまいと、スミスピア様は再度突進してくる。
今度は突きの構えだ。
確かに『単純に戦って勝つ』ことはできない。
私は<清掃用務員>。
絶対に攻撃はしない。人を傷つけることはしない。
それでも私には何も問題ない。
先程スミスピア様は『剣術三倍段』の話を私にされて、素手の私には厳しいとも申された。
――だが、そもそも私がすることは戦いではない。
――タンッ
「なぁ!? オレが突き出した槍を……"踏み台"にしたぁ!?」
私に襲い掛かって来たスミスピア様の槍に、私は足をかけて飛び上がる。
そのまま空中で体を反転させ、スミスピア様の頭上で逆立ちする形で宙を舞う。
そこから――
「<石鹸水召喚>! <洗風大掃>!」
「ぎょええええ!? オレの頭に何をしてるんだぁああ!?」
――自らの体を高速回転させながら、頭髪洗浄。
両手に<石鹸水召喚>を纏わせ、<洗風大掃>でスミスピア様の頭を頭皮までしっかり洗う。
私自身は<洗風大掃>の風を利用し、プロペラのように体を空中に固定する。
<用務眼>でも確認したのだが、スミスピア様は"ある場所"が凄まじく汚い。
不摂生で不衛生な生活が祟ったのだろう。とにかく臭うぐらい汚いのだ。
――スミスピア様は、頭髪と頭皮が絶望的なまでに汚い。
「や、やめろぉお!? あぁあああ!? なんだこれぇええ!?」
スミスピア様はただただ驚きの声を上げている。
私が頭を洗ったことによる、爽快感が現れ始めたようだ。
完全に頭のお掃除を終えるためにも、私はひたすら頭上で回り続ける。
「少々手強いですね。重曹も混ぜましょうか」
「変なものを加えるなぁああ!?」
頭皮部分の汚れがひどかったので、回りながら重曹も混ぜ合わせて、清掃力を高める。
そうやって、どんどんと頭皮も綺麗にしていく。
最初にスミスピア様は『剣術三倍段』の話をされたが、あれは私には意味のない話だ。
そもそもあの話は"戦い"で意味のある話であり、私がやっていることは"お掃除"。
よって、私の戦いにおける技量などゼロだ。
――ゼロに何を掛けてもゼロなので、全くもって意味がない。
「では、仕上げと参りましょう」
「もうやめてくれぇええ!!」
私は仕上げとしてクエン酸スプレーを取り出し、スミスピア様の頭にかける。
旦那様のカイゼル髭の時と同じように、キューティクルもしっかり閉じる。
仕上げは完璧に。<清掃用務員>だって妥協はしない。
――シュシュリィィイイン!
「ぎょえ~~~~!?」
最後に清潔な水でクエン酸も洗い流してフィニッシュ。
全てが終わると、私は<洗風大掃>をやめて地面へと降り立つ。
「いかがでしょうか? スミスピア様」
「いかがも何もだなぁ――あ、あれ? なんだ……この頭の爽快感は……?」
頭のお掃除を終えたことで、スミスピア様はかなりスッキリとした顔をされている。
これで私も少しはスッキリした。
どんな形であっても、汚れているものをそのままにはしておけない。
それがこの私。
<清掃用務員>、クーリア・ジェニスターだ。
「これにて、清掃業務完了です。私の<清掃用務員>としての力、おわかりりいただけたでしょうか?」
※真似しないでください。




