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ヒーローだって悩むようです。

国王がヒーローをしてる世界。

「やはり、お主がいる場所に姿を現すんじゃなかった……」


 フクシマン――もとい、ジーキライ・スクリーム陛下は近くにあった岩に腰掛け、両手で顔を押さえながらうずくまっている。

 陛下は筋骨隆々な巨体の持ち主だけあって、その姿からは哀愁と同時に異様さが感じられる。

 後、丁度ツルツルの頭が私の方に向いており、陽の光がこちらに反射してくる。眩しい。


「陛下。落ち込んでいるところ申し訳ございませんが、その恰好やフクシマンに関する事情の説明をお願いできませんか?」

「あ、ああ……そうだな」


 とりあえず、このままでは何も分からない。

 陛下は私の要望を聞くと、顔を上げてその事情を語ってくださった。


「実は今回、吾輩がお主にこの辺りの清掃を依頼したのには訳がある。この地域は食糧事情が以前から厳しかったのだ」

「食糧事情と私のお掃除が、どう関係しているのでしょうか?」

「そもそもこの食糧事情なんだが、大量に発生している虫による被害が原因だったのだ。ファインズ公爵の話を聞く限り、吾輩はその虫の原因が"汚れ"にあるのでは、と考えた」


 成程。陛下が私にこの用水路周辺のお掃除を頼んだことには、そのような事情があったのか。

 確かに"汚れ"があると、そこに虫も集まってくる。

 集まった虫は食物を食べ漁り、より大きな"汚れ"となる負の連鎖が起こる。


「お主が"汚れ"を取り除いてくれたおかげだろう。この周辺にいた悪い虫も、大分いなくなったようだ」

「それはよかったです。私も頑張ってお掃除した甲斐がありました」


 陛下は今も覆面をつけているが、口元と声色から明るさが感じ取れる。

 こういう些細な感謝は<清掃用務員>にとって、とても大きな心の支えだ。

 こちらから望むわけではない。何気ない一言が私には暖かい。




「……ところで、陛下。ずっと気になっていたことがあります」

「……なんだ?」


 食糧事情と"汚れ"に関連する話も大事だが、そもそも私には気になって仕方ないことがある。

 私の問い掛けに応える陛下も、どこかその内容を理解しているように見える。


 私はその疑問を思い切って聞いてみた――




「その衣装は何ですか?」

「……やっぱりそこか」


 ――予想通りの陛下の反応。

 今陛下が着ている黄色の全身タイツに、口元と頭頂部以外を覆う覆面、背中にかけられた大きな赤いマント。


 ――奇抜すぎる。

 一体何の理由があって、こんな奇抜な格好をしているのだろうか?




「この衣装はだな……王家の秘宝なんだ……」

「ええぇ……」


 陛下が口にしたその理由に、私も思わず変な声が漏れる。

 中途半端に開いた口も戻らない。


「先程、民に料理を振舞った時に見せたスキル。あれは<キュイジーヌ>というスキルなのだ。<料理人>の中でも、特にプロフェッショナルに位置する上級スキルだ」

「その<キュイジーヌ>というスキルと、その衣装に何の関係があるのでしょうか?」

「吾輩が今着ている衣装には、スキルの性能を高める効果がある。<キュイジーヌ>のスキルは、この衣装を身に着けているときにしか発揮できぬ。この衣装を着ていないと、吾輩のスキルは<料理人>止まりだ」


 よく分からないが、王家の秘宝というにはそれだけ強大な力を持った衣装なのだろう。

 陛下が<料理人>のスキルを持っていたことにも驚きだが。見た目はヤクザなのに。

 ただ、それ以上によく分からないのは――




「……そのデザインについては、どうかと思います」

「吾輩だって思うよ!? <キュイジーヌ>のスキルを使うために、なんでこんな恥ずかしい格好をしなくちゃいけないのだ!? 何故か頭頂部だけ空いてるし! ホントわけ分からん! 吾輩のご先祖様は一体、何を考えてこんなデザインにしたのだ!?」


 私の疑問にある意味同調するように、陛下はその思いを吐き出された。

 確かにこのデザインはあんまりだと思う。

 これじゃまるで、前世でやっていたゲームの初回特典やお楽しみコンテンツのようなものだ。

 こればかりは陛下に同情せざるを得ない。


「あまりにも恥ずかしいからさぁ! 吾輩も『フクシマン』とか名乗って、身元がバレないようにしてるわけよ!? 勘弁してくれよな! ご先祖様! あの世で会ったら、絶対に文句言ってやるからぁあ!!」

「……心中、お察しします」


 陛下はこれでもかと積もった思いを吐き出されておられる。

 私だって今の<清掃用務員>のスキルを使うために、メイド服を脱ぐことになったら嫌だ。

 陛下のようなダサい衣装を着る必要があったら、もっと嫌だ。


 ――そう考えると、陛下を慰めずにはいられない。


「大丈夫です、陛下。どれだけ奇抜な衣装を身に纏っていようと、民のために動く陛下のお心は立派です」

「お、おお……! そう言ってもらえると、吾輩も報われる……!」


 私の言葉を聞いて、陛下はそのお顔を上げられた。

 私は頑張って笑顔を作り、できうる限り優しく励ましの言葉を送った――




「陛下のお心は、そのツルツル頭のように輝いております」

「最初から気になってたんだけどさぁ! お主は吾輩を怒らせたいのか!? こっちも感謝してるから許すけどさぁ! これ、不敬罪だよ!? 」


 ――迂闊。『励ます』言葉のつもりが、『ハゲ増す』言葉になってしまった。

 そんな私の失言も許して下さるとは、陛下は実にお心が広い。


「アトカルのバカはどういう教育をしてるんだよ……。ホント、ちゃんと教育しろよ……」

「旦那様への悪口だけはご遠慮願います……!」

「お!? おおう……。す、すまない……」


 ただ、そんな陛下から旦那様への悪口が出てくると、私も口を挟まずにはいられない。

 旦那様を始めとするファインズ公爵家は、私が仕えるべき親愛なる方々だ。

 思わず凄味を利かせて陛下に詰め寄ってしまったが、そんな私の態度も陛下は許してくださった。




「……さてと。それでは陛下、私は次のお掃除に向かいます」

「え? もう終わったんじゃないのか?」

「いえ。先程のお掃除は、あくまで用水路近郊の空気のみを対象としたものです。まだ"汚れ"の根源はお掃除できていません」


 なんだかんだで陛下とのお話に時間を割きすぎてしまった。

 私の清掃業務(ミッション)はまだ完全に終わってない。

 人々の体調を考えて空気清浄を優先したが、まだ"汚れ"の元が残っている。

 その場所についても、すでに想像はついている。


「<収納下衣(タンスカート)>。……仕方ありません。本当はゴム長靴が良かったのですが、これで代用しましょう」


 私は<収納下衣(タンスカート)>からブーツを取り出して、履いていたストラップシューズと履き替える。

 これから向かう先は汚染された水で溢れかえっていることは、容易に想像できる。

 この世界にゴム長靴はなかったので、ある程度の防水素材を使ったこのブーツで代用しよう。


「"汚れ"の根源……。それはどこにあるのだ?」

「この用水路の奥――城の下水道にあたる場所ですね」


 陛下にも場所を聞かれたので答えたが、"汚れ"の根源は城の下水道にある。

 そこから用水路へ流れ出た水が、大気中に"汚れ"を振りまいていた。

 本来ならば浄水済みの水が下水道から用水路へ流れるはずだが、とにかく原因はそこにある。


 そして水場のお掃除には、それにあった履物が必要。

 <清掃用務員>たるもの、ここの使い分けも忘れてはいけない。

 本来はメイド服も着替えたいところだが、<収納下衣(タンスカート)>が使えなくなるのは辛い。

 何より、私自身のポテンシャルが下がる。

 帰ったら綺麗に洗濯しよう。




「そ、そうか……。ならば、早急な解決を吾輩からも頼む」

「もちろんでございます。すぐに終わらせますので、よろしければ陛下はここでお待ちいただけませんか?」

「い、いや……。吾輩は先に城に戻る」


 時間を考えれば大したことないのだが、陛下はどこか嫌そうな顔をして王城に戻りたがっている。

 ここで待っていて下されば、こちらとしてもすぐに蔵書室の話に取り掛かれたのだが、いささか無粋だったようだ。

 陛下はこのウォッシュール王国の主。やるべき仕事は多々ある。

 私の都合で待っていてもらおうなど、少々横暴だった――




「吾輩……虫が苦手なのだ……。下水道に"汚れ"の元凶があるならば、虫もいっぱいいるだろう……」

「……承知しました」


 ――どうやら、お仕事の都合ではないようだ。

 どれだけ筋肉ムキムキで頭ツルツルで顔面ヤクザな陛下であっても、苦手なものは当然ある。

 この様子を見る限り、そもそも陛下がこれまで人々に食事を振舞いに現れなかったのは、虫による食材への被害を危惧したからではない――


 ――単純に虫が怖かったからのようだ。


 そんな陛下を残し、私は一人ジャブジャブと用水路に足を踏み入れて先へ進むのであった――

お掃除は終わらない。

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