国王陛下に謁見します。
「……止まれ。ここより先はウォッシュール王国国王、ジーキライ・スクリーム殿下のおわす、玉座の間だ」
私は旦那様の後ろをついて、国王陛下がいる玉座の間の前までやって来た。
そこで扉の前に立っていた、立派な甲冑を身に着けた胸の大きな女性に声をかけられる。
「クッコルセ・ウォンナキッシュ騎士団長か。わしはアトカル・ファインズ公爵だ。国王陛下に謁見願いたい」
旦那様が彼女の名前を口にし、道を空けるように願い出る。
今私達の目の前にいるのは、王国防衛騎士団団長――クッコルセ・ウォンナキッシュ。
類まれなる稀代の剣豪と言われている女騎士で、その実力は王国最強と名高い。
そんな彼女は旦那様の言葉を聞いても、頑なに道を空けようとしてくれない。
「ファインズ公爵。貴殿の悪評は貴殿自身もご存じだろう? アタイがそんな人間を通すと思うか?」
「わしにはウォッシュール王国公爵として、陛下に謁見する権利がある。クッコルセ団長はそれを無視すると?」
「……貴殿の強引な態度を、アタイが陛下の側近として許すとでも?」
クッコルセ団長は旦那様の話を聞いても、逆に言い返すばかり。
確かに以前の旦那様は悪評が立つような公爵だったが、それにしても頭が固い。
もう少し柔軟に考えられないものだろうか?
人同士は突き放してばかりでは理解し合えない。
歩み寄って意見をすり合わせて考えあってこそ、互いに理解し合える道が探せるもの。
これは<清掃用務員>として当然の考えであるが、交友関係全般に言えることだ。
このクッコルセ団長というお方、胸は大きくて柔らかそうなのに、頭は思考範囲が小さくてどうにも固い。
――リンッ リンッ
「ん? ベルの音ですか? 玉座の間の中からですね」
「ふむ。こちらとしては都合がいい。クッコルセ団長。このベルの意味はあなたにも分かりますな」
「くっ……。仕方あるまい」
突如扉の向こうから聞こえてきたベルの音。
それを聞くと、クッコルセ団長はようやく道を空けて下さった。
それを見て扉の奥へと進む旦那様の後を追い、私も玉座の間へと入っていく。
「旦那様。先程のベルは何か意味が?」
「あれは陛下が入室を許可した際に鳴らすものだ。とりあえず、陛下もわしの話を聞いてはくれるようだ」
旦那様の後ろから話を聞く限り、まずは第一段階クリアのようだ。
しかし、私もクーリア・ジェニスターとして生きてきた中で、国王陛下に会うことなど初めてだ。
噂によると、かなりエネルギッシュなお方と聞いている。
それと同時に、独裁的なお方だとも――
だがそこは<清掃用務員>たる私にも、十分な心構えはできる。
前世で内閣総理大臣を始めとする、様々な人々と清掃業務の中で交流してきたのだ。
恐れることは何もない。
ここは旦那様の従者として、瀟洒に振舞えばよいのだ。
決して不用意な発言はしない
それさえ守れれば、私に落ち度は出てこない。
■
「悪名高きファインズ公爵が吾輩に会いに来るとはな。この国をよこせとでも言いに来たか? ガハハハッ!」
「ムキムキつるっぱげヤクザ……!?」
「クーリア!? 『ヤクザ』って言葉の意味は分からないが、それ絶対に失礼なこと言ってるよね!?」
私は思わず、思ったことをそのまま口にしてしまった。
玉座の前まで来てそこにいたのは、とにかく筋骨隆々で頭ツルツルの男性だった。
顔もコワモテ。この感じは前世で組事務所のお掃除をした時に会った、ヤクザの組長と同じだ。
「……ファインズ公爵。お主は一体、従者にどういう教育をしているのだ?」
「す、すみませぬ! こちらのクーリア・ジェニスターは少々頭のおかしい――いえ、世間知らずな<メイド>でして……」
私が放った無礼な言葉について、旦那様は陛下に頭を下げておられる。
――なんという失態。
私の粗相で旦那様が頭を下げるなど、あってはならないことだ。
ここは私もしっかり謝罪をしよう。
それこそが、コミュニケーションの始まり――
「失礼いたしました。全ては私の失言が原因です。旦那様を責めるのはご容赦ください。ムキムキ陛下」
「『ムキムキ陛下』って何!? お主は吾輩に喧嘩を売りたいのか!? 吾輩にもちゃんとした名前があるからな!? 吾輩の名前は、ジーキライ・スクリームだ!!」
――またしても失態。
私は陛下の筋肉を褒めたつもりだったのだが、あまり印象はよろしくないようだ。
やはり、初対面の相手にはちゃんとしたお名前で呼ばないと、失礼極まりなかったか。
――陛下のお名前や特徴はしっかりメモしておこう。
ウォッシュール王国現国王、ジーキライ・スクリーム。
ココラルお嬢様の通う学園の先輩である、シケアル・スクリーム様のお父様。
特徴は筋肉ムキムキ、頭ツルツル――
「――よし。確かにメモは取れました」
「……これだけ吾輩に失礼を働いておいて、よくその眼前でメモなどとれるな……」
陛下はどこか呆れた顔で私を見ている。
確かに私も、いきなりメモをとるのは失礼だったかもしれない。
次からは先に許可を取るようにしよう。
「……もういい。これ以上この者に構っていては、話が進みそうにない。それで? 吾輩に要件があるのだろう? ファインズ公爵」
「……心遣い感謝します、陛下。実はわしはこのクーリアと共に、"汚れ"というものを調査してまして――」
私の失態はありながらも、旦那様は陛下に話を進めて下さった。
その語り口は、実に簡潔で分かりやすいもの。
必要な要点だけを押さえ、"汚れ"への対策の必要性を述べられている。
流石は旦那様。見事な"報連相"だ。
これなら私が転生者である説明を省いた理由も頷ける。
不要な説明の省きどころ――私が旦那様から学ぶことは多い。
「――成程。つまり、その"汚れ"は心さえも蝕む。そして心を蝕まれれば、これまでのファインズ公爵のように、邪悪とも言える精神に変化してしまう――と」
陛下も旦那様のお話を聞いて、しっかり理解してくださったようだ。
顎に手を当てながら、考えをまとめておられる。
「そしてそのためにも、この城の蔵書室で魔法に関する文献を調べたいのだったな?」
「はい。どうかこのアトカル・ファインズの願いを、聞いては下さいませぬか?」
そして今回最も重要な要望。
蔵書室への入室許可の話になったのだが――
「……ダメだな。認められん」
「ヤクザはケチですね」
「クーリア!? だから言葉を選んでくれない!? その『ヤクザ』って言葉も、絶対いい印象じゃないよね!?」
――いけない。うっかり本音が飛び出てしまった。
せっかく旦那様がこれほど分かりやすく重要性を説いてくださったのに、断られたせいで腹が立ってしまった。
心を鎮めろ、クーリア・ジェニスター。
私の尊敬すお方が無碍にされようとも、私が失態を重ねれば余計に状況は悪化するばかりだ。
「……と、ともかくだ。確かに重大な話かもしれぬが、いきなり信じろと言われて、信じ切れる話でもあるまい。ファインズ公爵の態度の変化だって、その"汚れ"とやらが原因とするのは早計だ」
陛下は少し戸惑った表情を見せながらも、ご自身の考えを述べられる。
成程。その考えももっともだ。
筋肉ムキムキの陛下だが、頭の中は多様な可能性と視野を持っておられる。
見た目こそコワモテだが、存外信用できるお方かもしれない。
「ただ、この話が事実だったとした場合、吾輩もこの国の王として見過ごすことはできぬ。そこで一つ、吾輩の方からお主らを試させてもらう」
さらに陛下は私の方を見ながら言葉を紡いできた。
「クーリア・ジェニスター……だったな。あらゆる"汚れ"に立ち向かえる、<清掃用務員>というスキルを持っていると」
「はい。左様でございます」
「ならばここは一つ、お主にその力を示してもらおう。その結果次第では、蔵書室への入室を許可する」
そして陛下の口から語られるのは、"汚れ"に関する事態とも関係する、私の能力の確認――
「この城の近辺を流れる用水路。そこを見事綺麗に清掃してみせよ」
くっころ系女騎士とムキムキツルツルコワコワ陛下登場。




