私はまだまだ未熟です。
「う……う~ん……。……ん? ここは――」
「あら~、クーリアさん~。よかった~。意識が戻りましたね~」
目が覚めると、私はベッドの上に横たわっていた。
見慣れない天井が目に入ったが、辺りを見渡すとここがどこかはよく分かる。
私が先程までお掃除していた学園内の教会――そこにあるシスター・マリアックの部屋だ。
「急に倒れたから~、すごく心配しました~……」
そんな横たわる私の傍には、シスター・マリアックの姿がある。
よく見ると近くの机に水を張ったボールが用意され、私の頭の上に濡れタオルが置かれている。
どうやら私はあの後、彼女に介抱されたようだ。
「ご心配をおかけして、誠に申し訳ございません……。それどころか、私はあなたが着替え中のところに無理矢理押し入ってしまいました……」
シスター・マリアックが介抱してくれたおかげだろう。
私の体はだいぶ軽くなっている。
頭の濡れタオルを取って上半身を上げながら、私は彼女に謝罪した。
素直に許されるとは思っていない。
人の着替え中に許可なく押し入るなど、<清掃用務員>として言語道断の行為。
だから私は謝罪する。
まだ完全には自由の利かない体だが、それでもできうる限り頭を下げる。
私は彼女に嫌われたくない。
<清掃用務員>としての嗜みもあるが、私の個人的な思いもある。
それは以前、私の懺悔を聞いてお言葉をくださった、彼女への感謝の気持ち。
彼女にとっては私の懺悔など『落ちているゴミを拾う』ぐらい当然の行いだったのだろうが、それでも私にとっては『世界中のゴミを拾い集める』ぐらい大きな出来事だった。
――それほどまでに、私にとってシスター・マリアックの存在は偉大だ。
「気にしないでください~。クーリアさんも~、必死だったみたいですから~」
「わ、私を許してくださるのですか……?」
無礼極まる私に対しても、シスター・マリアックはいつものほがらかな笑顔でお答えくださる。
本当にこのお方は心が広い――
「ですが~、一つだけお願いが~、ありますね~」
ただ、シスター・マリアックはその表情をムッとした膨れ顔に変えて、私に一つ忠告してきた。
「クーリアさんは~、頑張りすぎですね~。お掃除が大切なのは分かりますが~、それでも倒れられるのは~、悲しいです~」
その忠告は、私が着替え中に部屋へ押し入ったことに対してではない。
今回私が清掃業務完了と同時に、倒れてしまったことに対してだ。
「私が倒れると……シスター・マリアックは悲しいのですか?」
「当然ですよ~。私はクーリアさんのことを~、お友達だと思っています~。お友達が無理をして倒れるなんて~、悲しいに決まってます~」
――思わず涙が出る程、優しいお言葉だ。
こんな無礼千万な私のことを、シスター・マリアックは『友達』と言ってくださっている。
泣ける。本当に泣ける。
粉石鹸が目に入った時と同じぐらい泣ける。
そんな彼女の優しさを、ただ<シスター>とだけ表現してよいものだろうか?
いや、そんな言葉だけでは足りない。
彼女の存在は、まさに<聖女>――
私にも感じられるその暖かいお心は、まさに聖女魂――
「だから~、これからは~、無理をしないでくださいね~?」
「……真心に満ちたそのお言葉、誠に痛み入ります」
最後にシスター・マリアックはいつものほがらかな笑顔に戻り、私に優しく忠告してくださった。
ココラルお嬢様の令嬢魂にしてもそうだが、シスター・マリアックの聖女魂にしてもそうだ。
私が尊敬する方々の魂は、私の清掃魂よりも清らかで、何より高貴。
――私はまだまだ未熟だ。
体調管理だって、<清掃用務員>ならできて当然のこと。
私ももっと磨かなければいけない。
この胸に宿す私の魂――清掃魂を――
「……はっ!? そ、そういえば、ココラルお嬢様達の授業は!?」
シスター・マリアックのお言葉も聞いて一通り落ち着きを取り戻した私だが、重大なことを忘れていた。
元々はココラルお嬢様とファブリ様が授業に遅れそうになった時に起こった、今回の"汚れ"騒動。
私が気を失ていたこともあり、あれから大分時間も経っている。
この私としたことが並列タスクを忘れるなど、<清掃用務員>としてあるまじき失態――
「あ~、それなら~、大丈夫ですよ~。午前の授業は~、お休みになりました~」
そんな慌てふためく私の姿を見て察したように、シスター・マリアックが状況を教えて下さった。
「授業が休みに……ですか?」
「はい~。ちょっと問題もあったみたいで~、今は全校で自主学習の時間に~、なってます~」
成程。確かに仕方のない話だ。
今回の学園内への"汚れ"の蔓延騒動の後では、さすがに授業どころではない。
これは<清掃用務員>でなくとも、簡単に分かる話だ。
「実は~、勇者科の担任の先生と~、学園長が~、悩まれてるみたいですね~」
「……あのお二方がお悩みに? 何があったのですか?」
「それは分かりません~。でも大きな声では言えないですけど~、今この教会に~、懺悔に来られています~」
シスター・マリアックの言葉から察するに、勇者科の担任の先生と学園長はおそらく、今回学園内で起こった"汚れ"に頭を悩ませているのだろう。
あのお二方も立派な教員だ。
事態を見て悩みながらも、次に動く行動力は素晴らしい。
改めてこの学園に、ココラルお嬢様が通えてよかったと思える。
「では、私が長居するのも失礼でしょう。私はココラルお嬢様の元へ戻ります」
「それなんですけど~、ココラルさんはクーリアさんが倒れたことを聞いて~、『絶対安静をお願いしますわ!』と~、おっしゃってました~」
――なんともお優しき、ココラルお嬢様。
私のような愚か者ことまで心配してくださるとは、まさに令嬢魂。
それでも長居は無用。今からシスター・マリアックも懺悔を聞きに行く必要がある。
「お嬢様のお言葉は受けとりました。ですが、私は別にすることもあります。体調も戻りましたので、これにて失礼します」
「む~……クーリアさんは頑固ですね~……。分かりましたけど~、無理だけはしないでくださいね~」
シスター・マリアックは少し顔を膨らませて不機嫌そうにしながらも、私の気持ちを汲み取ってくださった。
ココラルお嬢様の傍にいる必要がなくなったとはいえ、私の仕事は他にもある。
私は部屋を出ると、静かに教会の外へと向かった。
ここで使うのは、<アサシン>のスニークスキル。
今この教会には、担任の先生と学園長が懺悔に来ている。
私のような部外者はまるでそこに存在しないように、静かに外へ出るべきだ。
――これもまた、"静"の清掃魂。
今回の失敗を糧に、日頃から意識して使っていこう。
「すみません~。お待たせしました~。懺悔をお聞きします~」
そうやって私が静かに教会の外へ出ようとした時、シスター・マリアックが懺悔を聞き始めた。
私も担任の先生や学園長にバレないように出入り口まで来ることはできたが、耳をふさぐことはできない。
ダメだと分かっていながらも、その懺悔の内容が耳に入ってきてしまう――
「シスター・マリアック……。私は自分の教え子の従者に……あろうことか、同じ女性に恋をしてしまいました……」
「あらあら~。勇者科の担任の先生でも~、そういうお悩みがあるのですね~」
「シスター・マリアック……。わひは齢百歳を迎えながら、若き乙女に恋をしてしまったのじゃ……」
「あらあら~。学園長も~、まだまだお熱いですね~」
――うっかり聞こえてしまった、担任の先生と学園長の懺悔。
どうやら"汚れ"の件ではなく、恋愛相談のようだ。
それもまた仕方のないこと。悩みというものはどんな形でもあって当然。
シスター・マリアックなら、お二方の懺悔にも真摯に耳を傾けるだろう。
私にできることは、このまま気付かれずに外へ出ることのみ。
――それにしても、お二方のような優れた教育者の心をも動かす女性。
少し気にはなる。
きっとココラルお嬢様にファブリ様、そしてシスター・マリアックのような、清らかで私の尊敬できる女性なのだろう。
この学園にいる女性のようだし、そんな見ず知らずの素敵な女性のためにも、私はお掃除を頑張った甲斐があった。
そんなやりがいがあるからこそ、<清掃用務員>はやめられない。
「ひとまずはこれにて、清掃業務完了ですね」
<清掃用務員>の道は険しい。




