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皇太子殿下がお見えのようです。

「ファブリさん! クーリア! 早く授業に向かうのですわ!」

「ひいぃ! 早くしないと遅刻ですよ~!」


 ココラルお嬢様はファブリ様の手を引き、大慌てで授業に向かっている。

 それにしても、お二方が仲直りできて本当によかった。

 これも"汚れ"がなくなったおかげだ。やはり、お掃除は世界を救う。

 こういった人々の日常を守り、社会の潤滑剤となることこそ私のやりがい。

 このやりがいがあるからこそ、<清掃用務員>はやめられない。


「ココラルお嬢様、ファブリ様。あまり走り過ぎると危ないですよ」


 だが、ここは<清掃用務員>としての基本を振り返ろう。

 この学園内は人の出入りも多い。

 ファインズ公爵邸をお掃除した時は必死だったが、日頃は常に落ち着いて、歩いて移動することが大切だ。

 慌てて走ってしまっては、思わぬアクシデントで転んでしまう。

 ――シスター・マリアックのように。




「……あら? 何やら、人だかりが見えますわ」

「ほ、本当ですね。何やら、盛り上がっているようですけど……?」


 そんな慌てふためくココラルお嬢様とファブリ様の前方に、大勢の人が集まっているのが見えた。

 何やら女子生徒が集まり、黄色い声を上げているのが聞こえる。

 お二方も気になったようで、教室へ向かう足を止めて人だかりの方へと向かう。


 ――これはいけない。

 このままではお二方が授業に遅れてしまう。

 親愛なるお二方の気持ちを否定するのは心苦しいが、ここは私がお止めしなければ。

 <清掃用務員>としての優先順位の把握。<メイド>として仕える者の心構え。

 今の私に必要なのはこの二つ。

 興味を惹かれるのは分かるが、ここは私が注意して――




「シケアル殿下ー! こっちを見てー!」

「キャー! シケアル殿下よー!」


 ――そのために私も人だかりに近づくと、黄色い声の内容がハッキリ聞こえてきた。

 成程。今のクリーンな私の脳内なら、容易く理解できる。

 この人だかりの正体は――




「あー! シケアル皇太子殿下ですわ!」

「そっかぁ。今日はシケアル殿下も登校されてるのですね」


 ――ここウォッシュール王国の皇太子、シケアル・スクリーム殿下だ。

 ココラルお嬢様やファブリ様より二学年上で、この聖ノミトール学園にも通っておられる。

 王族としての公務もあるので毎日登校されているわけではないが、その人気はすさまじい。

 容姿端麗、才色兼備、剣も魔法もすでに"超一流"。

 お嬢様達と同じ勇者科の先輩でもあり、未来有望な最高の<勇者>候補生だ。




「……おや? ファインズ公爵令嬢にファブリじゃないか。僕に会いに来てくれたのかい?」


 そんなシケアル殿下の方も、ココラルお嬢様とファブリ様に気付く。

 そして人だかりを押しのけて、お二方へと近づいてきた。

 シケアル殿下からしてみれば、ココラルお嬢様は公爵家の令嬢だ。

 社交辞令として、ある程度のお付き合いは必要なのだろう。


 だが、気になるのはファブリ様への反応だ。




「ファブリ。何か辛いことはないかい? 誰かにいじめられたりはしてないかい?」


 お二方に近づいてきたシケアル殿下は、まずファブリ様の手を取って声をかけてきた。

 公爵令嬢であるココラルお嬢様でなく、平民出身のファブリ様を優先したのだ。

 どうやら、シケアル殿下はファブリ様に気がある様子だ。


「だ、大丈夫ですよぉ……。ボク、新しいお友達もできましたし……」

「本当かい? 派閥を組んだ誰かさんに、集団でいじめられたりはしてないかい?」


 そんなシケアル殿下の態度に戸惑いながらも、ファブリ様はしっかりそのお心を報告されている。

 対するシケアル殿下の方は、笑みを作りながらココラルお嬢様の方を見て更なる言葉を紡いでおられる。


 ――だが、どうにも不愉快だ。

 笑顔こそ作ってはいるが、その言葉にはココラルお嬢様に対する嫌味が見える。

 私も表情の変化が少ない方なので、人のことを言えた義理ではない。

 ただ、そんな私でもシケアル殿下の笑みには、"悪意"が籠っているのが分かる。


「確かに、ココラル・ファインズ様はファブリ・フレグラさんを虐めてたよな……」

「ええ。それも派閥を組んで、かなり執拗に……」


 シケアル殿下の様子を見て、周囲の生徒達も嫌な話を始めてしまった。


 確かにココラルお嬢様は先日まで、"汚れ"によって心を蝕まれたせいで、ファブリ様を虐めていた。

 『シケアル殿下と婚約したい』とワガママを言っていたのが原因だ。

 だが、それも昨日までの話。

 今はファブリ様とも仲直りし、こうしてお二方で一緒にシケアル殿下の前に現れたのだ。

 事情を知らないとはいえ、あまりに無粋というものだろう。


 私の敬愛するココラルお嬢様に対して、このような態度は許せない。

 たとえ相手が皇太子殿下であっても、私の心が怒りで濁る。

 <清掃用務員>たるもの、常にクールでクリーンに考えなければいけないが、それ以前の話がある。




 ――私はクーリア・ジェニスターという一人の人間。

 ココラルお嬢様に仕える者だ。




「……クーリア。少し下がっていてほしいですの」

「コ……ココラルお嬢様……?」


 そんな私の気持ちを押し込むように、ココラルお嬢様が私の前を腕で遮りながら、シケアル殿下の前へと躍り出た。


「シケアル殿下! 確かに以前、わたくしはファブリ様をいじめていましたわ! ですが! 今一度この場にて、弁明の機会を所望いたします!」

「弁明……だと? ファブリを虐げておいた事実を認めて、今さら何を――」


 シケアル殿下の前に躍り出たココラルお嬢様は、服の袖口から扇子を出す。

 そしてその扇子を広げながらシケアル殿下の言葉を遮り、周囲の人間を始めとする全員に対して、声高らかに宣言され始めた――




「ご覧あそばせ! わたくしのスキル! <公爵令嬢>の力をですわ!」

お嬢様だって、やる時はやる。

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