お掃除の協力をお願いします。
説明は大事である。
「――は、はあ~。一通りは分かりました~。ココラルさんも信じてるみたいですし~、これは私も信じるしかないですね~」
私は<収納下衣>から資料を取り出し、このクーリア・ジェニスターと<清掃用務員>に関するプレゼンテーションを行った。
ココラルお嬢様や旦那様にお見せした資料を改稿し、より分かりやすくした甲斐があった。
「こことは別の世界からの転生……。こんな話があるなんて、ボクも初めて聞きました……!」
シスター・マリアックと同じく、ファブリ様にも一緒にプレゼンテーションを行った。
黒板に資料を張り出し、指示棒代わりにハタキで要点を示しながら、プレゼンテーションした甲斐があった。
それら熱心なプレゼンテーションのおかげで、シスター・マリアックもファブリ様も私の話を信じて理解してくれた。
「それにしても~、<清掃用務員>ですか~。私も初めて聞く職業ですね~」
「ボクも初めて聞きました! ボクを"汚れ"から救ってくれましたし、本当にすごい職業スキルですね!」
「そうなのですわ! わたくしはクーリアの持つ<清掃用務員>のスキルこそ、本当の<勇者>だと思うのですわ!」
シスター・マリアックもファブリ様も、<清掃用務員>のスキルに興味津々なようだ。
それにしても、ココラルお嬢様はまだ<清掃用務員>と<勇者>を一緒に考えておられる。
これは少々傷つく。<清掃用務員>には、<清掃用務員>たるプライドがあるのだ。
もっと資料を精査して、お嬢様にはプレゼンをしなおそう。
「それにしても……ボクにも染みついていた、あの"汚れ"というものは何なのでしょうか……?」
私のプレゼンが一通り終わったところで、ファブリ様が疑問を口にされた。
確かに一番気になるのはその点だ。
ココラルお嬢様を始めとする、多くの人々を苦しめてきた"汚れ"――
それを完全に洗い落とすためにも、まず必要なのは情報だ。
「ファブリ様。何か日頃の生活で、汚れそうなことはありましたか?」
「え? ひ、日頃の生活で? うーん……」
ココラルお嬢様や旦那様は"汚れ"で心を蝕まれていたため、汚れた時の記憶がなかった。
だが、ファブリ様はその<勇者>としての素質故か、正気自体は保たれていた。
ならば彼女からなら、有益な情報を得られるかもしれない。
「どんな些細なことでも構いません。誤ってトイレに頭を突っ込んでしまったり、足を滑らせてトイレにハマったり、トイレの水が溢れてかかったり――」
「な、なんでトイレ限定なんですかー!?」
――これはいけない。
"汚れ"が強大であることから、思わず汚れていそうなトイレ限定で仮説を立ててしまった。
この視野の狭さは私の悪い癖だ。
そのせいでファブリ様が女性だと見抜けず、尊厳を汚す真似をしてしまったのだ。
<清掃用務員>は常に周囲の状況に気を配る職業。
物理面だけでなく、思考面でも視野を広く持つ必要がある。
トイレ以外にも、ドブや台所の油汚れや倉庫の埃や――
「あの~、私思うんですけど~。もしかして~、その"汚れ"というのは~、魔法に近いものかもですね~」
私が他の候補を考えていると、シスター・マリアックが提案してくださった。
「"汚れ"を司るような魔法があるということでしょうか?」
「う~ん……そこまでは分かりませんね~。だけど~、先程の話からすると~、この世界とクーリアさんがいた世界は~、大きく違うわけですから~、可能性としてはありそうですよね~」
――成程。流石はシスター・マリアック。実に広い視野をお持ちのようだ。
この世界は私の前世で生きていた世界とは違う。
お掃除の方法はこの世界でも通用していたので勘違いしがちだが、この世界には魔法という概念がある。
私もクーリア・ジェニスターとして二十五年は生きていたのに、これは失念だった。
「私も魔法に関しては~、全部知ってるわけではないので~、憶測ですね~」
「いえ、大変参考になる意見です。そうなってくると、単純に汚れる要因で考えるのも難しい話ですね……」
シスター・マリアックのおかげで、わずかながらに可能性は見えてきた。
だが、そこから先が見えてこない。
"汚れ"の原因が魔法にあるとするならば、考えられる原因はむしろ増えるばかり。
一体どこを探せばいいのやら――
「そうですわ! 魔法のことならば、お父様に聞いてみるのが一番ですわ!」
私が悩んでいたところに、今度はココラルお嬢様がご提案してくださった。
「お父様は王城で魔法に関するお仕事もしてるのですわ! お父様なら、何か詳しいことを知っているかもしれないのですわ!」
「確かに、旦那様なら何か知っているかもしれません」
旦那様が働く王城には、国中の魔法に関する知識が集まっている。
それに何より、旦那様ご自身も<魔法戦士>として優秀なお方だ。
"汚れ"が落ちてへんてこカイゼル髭でなくなった今の旦那様なら、相談にも乗ってくださるだろう。
では早速旦那様の元へ――
――いえ、それ以前にすることがある。
「では、後で旦那様に確認に行きます。今はココラルお嬢様もファブリ様も、授業にお戻りください」
「そ、そうでしたの!? もうすぐ授業が始まりますの!」
「あ、あわわ!? ココラル様! 急いで教室に行きましょう!」
よし。今度はしっかり優先順位を守れた。
"汚れ"の原因追及も大切だが、今優先すべきはお二方の学業だ。
"汚れ"に関する旦那様への"報連相"も大事だが、今の私はココラルお嬢様の従者としてこの学園にやってきている。
お掃除はお掃除。従者は従者。
お仕事が増えたとはいえ、一緒に考えてしまってはいけない。
たとえ<清掃用務員>としての義務があったとしても、お仕事の切り分けは必要だ。
それ自体もまた、<清掃用務員>としての心構えの一つだ。
「それではこれにて失礼します。シスター・マリアック」
「いえいえ~。クーリアさんのお話には驚きましたが~、私も楽しかったです~」
「私としてもあなたとお話しできて楽しかったですし、大変参考になりました」
急いで教会を出たココラルお嬢様とファブリ様を追う前に、私はシスター・マリアックに挨拶をした。
その際にお話しした言葉は、私の紛れのない本心だ。
――シスター・マリアックのほがらかな物腰は、凝り固まっていた私の心をほぐしてくださった。
その干したての毛布のように包み込む空気は、同性である私でさえも魅了されてしまう。
――やはり、彼女には私の清掃魂と近い形の『人の生活を守る』心意気がある。
彼女とはまた、是非ともお話ししたいものだ。
「それでは~、私もお見送りを~―― あら~!?」
ドテンッ!
立ち上がったシスター・マリアックは、またしても転んでしまった。
――これはやはり、お話し以外でもここに来るようにしよう。
そうしないと、シスター・マリアックが埃まみれになり続けてしまう。
私は<清掃用務員>。
人々を"汚れ"から守り、人々の生活と安全を守る使命を背負った者。
――だから、シスター・マリアックのことも守ろう。




