私は清掃用務員失格です。
「あら~? クーリアさんが一人で教会に来るなんて~、珍しいですね~」
「…………」
ここは聖ノミトール学園内にある教会。
ファブリ様をココラルお嬢様に託した後、私は一人この教会にやって来た。
他の参拝者もいない。
私は一人で教会の椅子に腰かけ、机に顔を伏せていた。
「な、何かあったのですか~? 私でよければ~、話を聞きますよ~?」
そんな私に声をかけてくれているのは、教会を取り仕切っているシスター・マリアックだ。
私がひどく落ち込んでる様子を見て、優しく声をかけてくれる。
こんなどうしようもない私に対しても、彼女の態度は変わらない。
「……シスター・マリアック。私は懺悔したいことがあります……」
「懺悔ですか~。いいですよ~。それが<シスター>のお仕事ですから~」
シスター・マリアックは暖かくてほがらかな笑顔と声で、私の懺悔を了承してくれた。
それは<シスター>として当然の行いなのだろうが、そんな基本的なことを確実にこなす姿勢は素晴らしい。
そう。何事においても基本が大切なのだ。
それなのに、私は――私は――
「私は……<清掃用務員>失格です……」
「……え、えっと~。んっと~。続きをどうぞ~」
私の懺悔を遮ることなく、シスター・マリアックは続きを聞いてくれた。
「私は……ファブリ・フレグラ様をお掃除しました……」
「は、は~は~……」
「私は……フレグラ様が男性だと思っていました……」
「ふ、ふむふむ~……」
「私は……女性であるフレグラ様を、男性用シャワールームで全裸にしました……」
「え……え~……」
シスター・マリアックは私の話を最後まで聞いてくださった。
だが笑顔こそ崩してこそいないものの、どこかぎこちないものになっている。
それはそうだろう。
人々の命を、生活を、尊厳を守る<清掃用務員>でありながら、私はファブリ様の尊厳を汚してしまったのだ。
"汚れ"を取り除くことが使命である<清掃用務員>が、むしろ"汚して"しまったのだ。
<清掃用務員>として許されざる行為を、私はしてしまったのだ――
「やはり私は……<清掃用務員>失格です……!」
「…………。た、大変だったのですね~……」
顔を押さえながら声を震わせる私にも、ぎこちない言葉になりながらも、シスター・マリアックの優しい言葉は変わらない。
――染みる。本当に心に染みる。
傷口に高濃度のアルコールを塗りたくるぐらい染みる。
「と、とにかく~、落ち込んでばかりいても~、仕方ないですよ~」
懺悔を終えて静かになっていた私に、シスター・マリアックはアドバイスを始めて下さった。
「お仕事での失敗なんて~、誰にだってありますよ~。私だって~、よく転びますし~」
「確かに失敗なんて誰にだってあります。ですが、今回の失敗はあまりに大きすぎます……」
「失敗の大きさじゃないですよ~。大切なのは~、『この失敗を次に活かすこと』です~」
「シ、シスター・マリアック……!」
そうだ。シスター・マリアックの言う通りだ。
大きな失敗も小さな失敗も、それ自体が"失敗"であることは変わりない。
『失敗を次に活かす』――
あまりにショックが大きすぎて、私はそんな当たり前のことさえ忘れていた。
――清掃魂は磨き続けるもの。
失敗は次への糧となる。
ここで落ち込んで立ち止まってしまうことこそ、<清掃用務員>失格だ。
「ありがとうございます、シスター・マリアック。私も<清掃用務員>としての誇りを取り戻して、これからも精進します」
「そ、それはよかったです~」
一度は<清掃用務員>を辞めようとも思ったが、懺悔に来て正解だった。
シスター・マリアックの優しいお心とほがらかな笑顔は、私の心に芽生え始めた"汚れ"を落として下さった。
彼女もまた、<シスター>という職業に誇りを持っている。
私も彼女を見習い、<清掃用務員>として更なる精進を重ねよう。
胸に宿すはシスター・マリアックの誇りと同じく、私の誇り――清掃魂だ。
「クーリアー! ここにいるのですわー!?」
「え、えっと……クーリアさーん。ボクもお話ししたいことがー……」
ちょうど私とシスター・マリアックの話が終わった教会に、私を呼ぶ二人の声が聞こえた。
ココラルお嬢様とファブリ様だ。
ちょうどいいタイミングだ。私もお二方にきちんと謝罪しなくては。
「ココラルお嬢様。私の独断でこのような事態を引き起こしたこと、誠に申し訳ありませんでした」
「分かってくれたのならいいのですわ。クーリアはもう少し落ち着いて行動するべきなのですわ」
「有難きお言葉、痛み入ります」
ココラルお嬢様は少し眉を歪ませながらも、私の失敗を許してくださった。
流石はお嬢様だ。お心が広い。
私が仕えるべき主なだけのことはある。
「そもそも、以前の私は『皇太子殿下と婚約したい』ために、周囲の婚約者候補を虐めてしまっていたのですわ。それを考えれば、ファブリさんが女性だと分かるはずなのですわ」
「……おっしゃる通りでございます」
――言葉も出ない。
よく考えたら分かる話だった。
"汚れ"に心が蝕まれていた時でも、ココラルお嬢様に男子生徒を虐める理由はない。
そうなると、自然と『ファブリ様は女子生徒』という結論に落ち着く。
――本当にもう少し落ち着いて行動しよう。
"動"の清掃魂だけでなく、"静"の清掃魂も必要だ。
「一応クーリアのおかげで、ファブリさんとも仲直りできたのですわ。そこは感謝するのですわ」
「あ、あの……先程はその……ボクを助けて下さったようで、ありがとうございました」
ココラルお嬢様の横で、ファブリ様が私に頭を下げてくださった。
お二方とも仲直りできたようで、私も少し報われた気持ちになれた。
「ファブリ様。私の方こそ申し訳ございませんでした。今回の失敗は<清掃用務員>としてあるまじき失敗です。今後はこのようなことがないよう、注意を払います」
ただ、今回頭を下げるのは私の方だ。
私はファブリ様の尊厳を汚してしまったのだ。
彼女に感謝されたとしても、その事実は覆らない。
それでもファブリ様もココラルお嬢様同様、私のことを許してくださった。
ココラルお嬢様といい、ファブリ様といい、シスター・マリアックといい、私の周りには見習うべき方々が多い。
そんな尊敬でき方々がいるからこそ、私もまた<清掃用務員>として成長できる。
――清掃魂は一人では磨けない。
私の清掃魂は、まだまだこれからだ。
「あ、あの~。私には先程からずっと~、お聞きしたいことが~、あるのですが~……」
私が密かに決意を新たにしていると、シスター・マリアックが言いづらそうな声で話に入って来た。
おそらくは今回の騒動についてだろう。
シスター・マリアックのような気高い精神を持ったお方なら、私達の力になってくれるかもしれない。
こちらの方こそ、意見のすり合わせは願ってもないことだ。
「『セイソウヨウムイン』って~、何ですか~?」
<清掃用務員>たる者、くじけてばかりもいられない。




