清掃対象:ファブリ・フレグラ
私は手に持ったモップを走らせ、学園内の廊下を磨き抜ける。
ファブリ様はココラルお嬢様に驚いて、学園の奥へと逃げ込んでしまった。
――非常にまずい状況だ。
"汚れ"はファブリ様が通った後に広がり、学園内を汚染している。
こうしてファブリ様の後を追うようにモップ掛けをしているが、"汚れ"の元となっているご本人をお掃除しないと、被害は拡大する一方だ。
「な、なんだあのメイドさんは!? 物凄いスピードでモップ掛けをしてるぞ!?」
「あの人って確か、ファインズ様の従者よね? きっとファインズ様のワガママのせいで、とうとう頭がおかしくなって――」
「待ってほしいのですわ! あれには訳があるのですわ! わたくしが説明するのですわ!」
私の後ろからココラルお嬢様もついて来てくださっているが、どんどんと距離が離れている。
何やら私がモップ掛けした近くにいた生徒達と話をしているようだ。
私に関する話題のようだが、きっとココラルお嬢様にも考えがあるのだろう。
主を――上司を信じること。それもまた<清掃用務員>に必要な心構えだ。
落ち着いて考えるんだ、クーリア・ジェニスター。
ココラルお嬢様が何をしているのかも気になる。
だが、清掃業務の優先順位を考えるんだ――
「『ファブリ様のお掃除』、『ココラルお嬢様への確認』――お嬢様への確認は、現在の最優先事項ではない」
――業務順位整理、完了。
やはりここはココラルお嬢様を信じ、私は私の清掃業務を優先するべきだ。
――今回は前回のようにはいかない。
"報連相"は大事だが、緊急を要する場合はその限りでない。
とっさの判断と応用力。そして何より、私自身のココラルお嬢様への信頼。
これら全てを混ぜ合わせた私の更なる清掃魂で、この清掃業務を完璧に完遂してみる。
――ココラルお嬢様だって、それを何よりも望まれている。
ファブリ様との仲直りのためにも、私は止まるわけにはいかない。
「え? あれって掃除してるんですか?」
「た、確かに綺麗になってますけど……」
「信じてほしいのですわ! わたくしももっと詳しいことは、後で説明するのですわ!」
後ろの方でココラルお嬢様の説明がわずかに聞こえた。
どうやらお掃除に関することを説明していたようだ。
やはり私はこのまま清掃業務を進めることで、何も問題ないようだ。
■
「フゥ……。ようやく追いつきました」
「ひいぃ……!? ボ、ボクに何をする気ですかぁ……!?」
<清掃能力強化>で全力で"汚れ"を落としながら、私はようやくファブリ様に追いついた。
ファブリ様は壁際に座り込み、私を見ながらガクガクと震えている。
「<用務眼>――やはり、そうですか」
そんなファブリ様に対して、私は<用務眼>を発動させる。
思った通り、ファブリ様からは大量の"汚れ"が溢れ出しているのが見える。
このように怯えた反応をするのも、ココラルお嬢様や旦那様の時と同じだ。
このように愛らしい少年の心まで蝕むとは――
やはり人々を苦しめる"汚れ"を、私は見逃すことはできない。
「ファブリ様、ご安心ください。今から私があなたをお救いします。少し大人しくしていてください」
「い、いやぁ……! こ、怖いよぉ……!」
ファブリ様は近寄る私に対して、ひどく怯えている。
だが、暴れるようなことはしない。
これはおそらく、彼の<勇者>としての適性が高いからだろう。
人々の希望の象徴たる<勇者>だからこそ、彼の心はまだ"汚れ"に抗うことができていると考えられる。
――それでもこのまま放置しておくのは危険だ。
"汚れ"は旦那様の時と同じように、ファブリ様自身に染みついている。
<用務眼>で確認出来る限り、服の内側から溢れていることが分かる。
そうなれば、清掃三種の神器も使えない。
ならば――
「ファブリ様。少々失礼します」
「……ふぇ? ――わわっ!?」
私はファブリ様の体を持ち上げ、抱え込む。
体から溢れている以上、相応の場所でお掃除するべきだ。
「ハァ! ハァ! ク、クーリア! ようやく追いついたのですわ!」
「ココラルお嬢様、丁度良いところに来てくださいました。少々お聞きしたい場所があります」
都合のいいことに、お嬢様も私のところに来てくださった。
<アサシン>と<メイド>のスキルを使っても、私はこの学園の構造に疎い。
ここは私の行きたい場所を、お嬢様に確認するべきだ――
「この学園のシャワールームはどこにありますか?」
「……はいぃ? そ、それなら、そこの角を曲がってすぐのところで――」
――確認完了。
私はファブリ様を抱えたまま、一目散にシャワ―ルームへと走った。
体に染みついた"汚れ"を落とすなら、やはりお風呂かシャワールームだ。
お風呂はこの学園にあるか分からないが、シャワールームならあったはずだ。
そこでファブリ様の"汚れ"を落とすのが得策だ。
「ええぇ!? ど、どうしてボクをシャワールームにぃ!?」
「しばらく辛抱してください。すぐに終わらせます」
慌てふためくファブリ様へ簡潔に説明しながら、私はシャワールームへと駆けこんだ。
――ここで一つ、私は覚悟を決めなければいけない。
ファブリ様は少年――つまり、男性だ。
しかし、私は<メイド>――つまり、女性だ。
ファブリ様の尊厳のためにも、私は女の身で男性用シャワールームに入るのだ。
――ここは私が耐えるしかない。
<清掃用務員>として、男子トイレ等の男性用スペースをお掃除したことなど、前世でも多々あった。
恥ずかしがることはない。
ここはファブリ様の性別を優先しよう。
「……え? ええぇ!? クーリア!? そっちは男性用ですわよー!?」
後ろでココラルお嬢様の驚く声がしたが、私も覚悟を決めた。
目指すは――男性用シャワールームだ。
■
「……ん? えええ!? な、なんでメイドさんが男性用シャワールームにぃい!?」
「きゃー!? メイドさんのエッチィイイ!!」
男性用シャワールームに入ると、おそらく朝練でもしていた男子生徒達が一斉に私の方を見てきた。
驚いて声を上げる者。
野太い声で悲鳴を上げる者。
私にだって羞恥心はある。だが、今は耐えるのだ。
「さあ、ファブリ様。服を脱がせます。後は私にお任せください」
「ちょ……待って……! ボ、ボクは……!」
ファブリ様はもう限界とばかりに、声を震わせている。
"汚れ"の汚染が限界にきているようだ。
これは急がなければマズイ。
私は<メイド>スキルの<瞬間脱衣>を使い、ファブリ様の服を脱がした――
――バサッ
「……あ、あれ? な……ない……?」
――その瞬間、私はあるものが"ない"ことに気が付いた。
私の予想通り、"汚れ"は確かにファブリ様の体から溢れ出していた。
"汚れ"を分析すれば、私の持つ洗剤で落とすことが可能なのも予想通りだ。
だが、私が"ある"と思っていたあるものが"ない"のだ――
「あ……ああぁ……」
私によって全裸にされたファブリ様は、恥ずかしそうに顔を赤らめている。
当然の反応だろう。
やってしまった私が言うのもおかしな話だが、彼は――
いや、"彼女"は――
「ファ……ファブリ様……! 女性だったのですか……!?」
「ううぅ……うえぇぇえん!」
――そう、ファブリ様は女の子だったのだ。
ファブリ様は見た目や口調が少年っぽかったので男の子だと思っていたが、"アレ"のない女の子だったのだ。
――私はそんな彼女を、男性用シャワールームで全裸にしてしまったのだ。
「……<仕切り大布>」
私は<収納下衣>から取り出した布で、簡易的な個室スペースを作った。
<メイド>スキルの<仕切り大布>が役に立った。
私はすぐさまファブリ様の体をお掃除した。
ファブリ様は泣いていた。
私は急いでお掃除を終えた。
お掃除を終えたらすぐに服を着せた。
服を着せたら、<仕切り大布>に囲まれたまま、静かに男性用シャワールームを出た。
男子生徒達は何も言わずにいてくれた。
――詳しいことはよく覚えていない。
「ク……クーリア……。やっと出てきてくれたのですね……」
外へ出ると、ココラルお嬢様がお待ちしていた。
その表情は何とも言えないものだった。
やはり、"報連相"は大事だと思った。
「……これにて……清掃業務完了です……」
そう、清掃業務完了はできた。
ただ、私の心は重たかった。
清掃台車を持ち上げるぐらい重かった。
「うわぁぁあん……」
ファブリ様はまだ泣き止まなかった。
「……ココラルお嬢様。ファブリ様をお願いします……」
「ク、クーリア……。どこへ行くですの……?」
私はファブリ様のことをココラルお嬢様に託した。
まだ二人の仲直りが終わったわけではないが、私がいるよりはマシだろう。
ファブリ様を託した後、私は重い足取りである場所へと向かった――
「……教会で懺悔してきます……」
あーあ。やっちまったな~。




