お嬢様は謝罪をしたいようです。
「シスター・マリアック……また転んでますの」
「ええ。また転んでいますね」
ココラルお嬢様も私も転んだシスター・マリアックを見て、特に何事もなかったように平然としている。
彼女が転ぶことなど、日常茶飯事だ。
以前一日に確認できただけでも、十回は転んでいた。
おそらく、本当は三十回ぐらい転んでいるだろう。
ただ、見慣れた光景とはいえ心配だ。
ああ何度も転んでいては、服が砂まみれになってしまう。
いくらかはたいて落としてはいるが、教会に砂が入り込んで汚れてしまうのは避けられないだろう。
「……また今度、私がお掃除に行きましょう」
シスター・マリアックのドジっ子ぶりでは、教会のお掃除さえもままならない。
あれだけドジを踏んでおきながら教会のお仕事はこなしているのは凄いが、私がお掃除を買って出れば、彼女の負担も減るはずだ。
「あ、あの……ココラル様? 本当にもう、いじめはしないのですか……?」
「でも今やめても、私達は許してもらえそうにないのですが……」
シスター・マリアックが立ち去ったのを見ると、そのほがらかな空気に入りづらかったのか、お嬢様の取り巻き達が恐る恐る尋ねてきた。
「ええ! もういじめなんてしませんことよ! 第一、ちゃんと許してもらえるかどうか考える前に、まずは謝罪に行きますのよ!」
取り巻き達の抱える不安に対しても、ココラルお嬢様は動じない。
素晴らしい。
お嬢様のお心は本来こんなにも清潔なのだ。
『己の不備を認めれば、まずは相手に謝罪する』。
<清掃用務員>ではないお嬢様だが、自然とその心得を身に着けておられる。
私もお嬢様の従者として、誠に誇りである。
「さあ! 早速迷惑をかけた皆様に謝罪を―― あら?」
意気込みながら謝罪に向かおうとするココラルお嬢様だったが、前方の少し遠くにいる生徒を見て、一度足を止められた。
「ひ……ひいぃ……!?」
「あれは……ファブリさんですの!」
お嬢様も確認した前方の人物――
柱の陰に隠れながらこちらを見ているのは、ファブリ・フレグラ様だ。
お嬢様と同じく勇者科の生徒で、同級生の少年。
彼は田舎の平民出身だが、<勇者>としての適性検査ではトップの成績を残している。
現在も成績はトップであり、まさに次代の<勇者>の最有力候補だ。
――だが、ここで問題が生じる。
かつての心が"汚れ"に蝕まれていたお嬢様は、ファブリ様を毛嫌いしていたのだ。
<勇者>として、ご自身より先を行かれているファブリ様がよほど気に食わなかったのか、そのいじめの度合いは他よりもレベルが高かった。
だからファブリ様は――
「ファブリさんー! お話ししたいことがありますのー!」
「ひいぃ!? い、嫌です! ボク、怖い!」
――ココラルお嬢様をひどく恐れている。
駆け寄るお嬢様を見て怖がってしまい、ファブリ様は慌てて逃げ出してしまった。
「ああ! に、逃げられてしまったのですの……」
「ココラルお嬢様。謝罪したいお気持ちは立派ですが、焦る必要はありません」
ファブリ様が走って逃げる様子を見て、ココラルお嬢様は落ち込んでしまう。
いくら心が蝕まれていた時の出来事とはいえ、関係修復には時間が必要だ。
お嬢様の歩み寄る気持ちも大切だが、相手の気持ちも尊重しなければいけない。
ここでこそ、<清掃用務員>である私の出番だ。
前世でも私は様々な場所で清掃業務をこなしてきた。
その時には様々な人間とのコミュニケーション能力も求められてきた。
介護施設の入居者、テーマパークのお客様、メイド喫茶に来る萌えの探究者、内閣総理大臣、構成員三万人を従えるヤクザの組長等々――
そんな経験を持つ私がお嬢様に協力して、ファブリ様との仲を取り持つのが一番だ。
「少々お待ちください。今、ファブリ様がどこに行かれたのかを確認します」
私は<アサシン>と<メイド>のスキルを活用して、学園内の様子を探索する。
ファインズ公爵邸のように慣れた場所ではないので時間はかかるが、それでもファブリ様の居場所ぐらいはなんとか突き止められるはずだ。
目を閉じ、右手を耳に当て、私は懸命に学園中をサーチする――
「……あっ。いけませんね。一緒に<用務眼>まで発動してしまいました」
――ここで思わぬちょっとした失敗。
まだ完全に制御しきれていないのか、私は学園中をサーチしながら<用務眼>まで発動させてしまった。
ただ、能力そのものに多少は慣れてきたのか、私は学園中のサーチ能力に、<用務眼>の力を上乗せして使うことができた。
これなら私の視界の外の"汚れ"も探知できる。
どうやらまた一つ、私は<清掃用務員>としてのレベルを上げたようだ。
「……おっと、いけません。今はファブリ様を探すのが先決でした」
どうにも新しい能力を手に入れると、私はそれに気を取られてしまう。
これはいけない。<清掃用務員>たる者、物事の優先順位を間違えてはいけないというのに。
私は気持ちを切り替えて、学園内のサーチに戻ろうとした――
「――むっ!? これはまさか……"汚れ"!?」
――ファブリ様の探索に戻ろうとした私の脳内に、"汚れ"の反応が感知された。
直接確認していないので断定はできないが、これはおそらくココラルお嬢様達に染みついていたのと同じもの。
しかもその"汚れ"は、伸びるように広がっている。
それはまるで、誰かが"歩いた後"を辿るような――
「この"汚れ"の道……。一体どこから続いて―― ッ!? ま、まさか!?」
"汚れ"が気になって仕方なかった私は、ファブリ様の探索も忘れて"汚れ"の後を追う。
今はココラルお嬢様の仲直りを優先すべきだったのだが、結果として"汚れ"を追ったのは正解だった。
そう、"汚れ"の発信源となっているのは――
「ファブリ様に……"汚れ"が染みついています……!」
「ええ!? ファブリさんが"汚れ"にですの!?」
――ファブリ・フレグラ様だ。
私の報告を聞いて、ココラルお嬢様も驚いている。
それもそうだろう。
先程のファブリ様の反応を見る限り、お嬢様のように心を蝕まれてはいない。
もしかしたら、彼の高い<勇者>の適性が"汚れ"から心を守っているのかもしれない。
――だが、それでも危険なことに変わりはない。
予定変更。急な対応もまた、<清掃用務員>の嗜み。
そして、ここからは私の<清掃用務員>としての出番――
「<収納下衣>。ココラルお嬢様、ここは私にお任せを」
私はロングスカートの中からモップを取り出し、体の横に添える。
モップを使わない時の基本の構え――清掃魂の高まりを感じる――
「これより、ファブリ・フレグラ様をお掃除します」




